第5話 ブルーリバー
難なく。
難なくブルーリバーの町に入ったタケオ一行は、まずは武器防具屋に向かった。ブルーリバーは大きな町ではないため、武具の販売、修理、そして服飾品などを一括に取り扱っている店が一軒あるだけだ。
タケオ達が店に入ると、大柄な男がカウンターで退屈そうにうたた寝していた。店はなかなかに広い。剣、盾、弓矢、斧などの武器から、革鎧、鉄鎧、などの武骨な防具。小綺麗なチュニックや簡素なドレスなどの商品も目を引く。タケオ達に気付いた店員は気だるそうに声をかけた。
「らっしゃい。なにをご所望で?」
「パンツだ。パンツをくれ」
まずはこれ。いつまでも認識阻害の魔法で股間にモザイクをかけているわけにはいかないだろう。
「こんなんでどうだ?」
この世界のパンツは股を隠すものではあるが、現代の感覚を持つタケオからすると少し丈が長い。ちょっとしたズボンのようですらある。
店主が持ってきたパンツもそれに準じるもので、脚の短いタケオがそれを履くと、どうみても土木作業員が履いているニッカポッカだ。すそを紐で固定できるが、余った分の布が地面すれすれまで垂れてしまう。
「なんか、更にそれっぽくなっちまったな」
「タケオ様、素敵ですよ!」
ジェイナは褒めてくれるが、着ている服のせいで異世界気分が味わえないのはもったいない気がしてしまう。
「わりいな、ウチはドワーフ用の防具や服は売ってねぇのよ。これで我慢しといてくれ。5ゴールドでいいよ」
町の衛兵もドワーフを珍しいと言っていたし、結局王国にいくまでマトモな服にはありつけそうもない。
取り敢えずそのパンツを金を払って受けとる。
「もし、鎧が欲しいならオーダーメイドって手もあるが?」
「おお、そりゃいいな!」
しかしよく考えればタケオに手持ちが殆んどない。
ドラゴンを撃退した例として村長から300ゴールド貰ったが、ここで使ってしまっていいものか、という不安がタケオの頭を巡る。
それに補給のために寄った町で何日も足止めを食らいたくはない。
「ちなみに何日くらいで、値段はどのくらいだ?」
「そりゃモノによるけどよ、例えばこの鉄鎧なら400ゴールドで1週間は欲しい。革でもいーんなら、200ゴールドで3日程度ってとこだな」
悩ましいところだ。防御を向上させるにはやはり鉄。
だが行動が阻害されてしまうのは、タケオのスタイルを考慮すれば頂けない。革鎧をつくってもらいたいが、3日も町に張りつくのはあまり好ましくないだろう。
「タケオ、町には3日ほど滞在する予定。鎧が出来上がるのを待てる」
そこで背中を押してくれたのがジュリだった。
このまま上裸でも大きな不自由はないが、利便性という意味でもやはりあったほうがいいだろう。
革鎧にはシンプルな防御性能もあるが、軽い傷から肌を守ったり、なによりシャベルなどの武器を携帯するときに便利だ。
「ありがとう、ジュリ! んじゃ革鎧をひとつオーダーメイドで!」
「毎度あり! サービスでポーションホルダーも付けといてやる」
この世界には瞬時に傷を回復してくれる薬がいくつか有るらしい。血は戻らないので、万能では無いようだが。
「戦闘中不意な負傷を受けたときに、ポーションで体勢を立て直すのも重要なんです」
ジェイナがにこやかに説明してくれる。
「頼んだぜ、マスター!」
武器屋の主人は手をふって答えた。それを確認したタケオと2人は店を出た。
辺りはまだ明るく、町も活気に溢れている。
「ジュリ、次はどうするんだ?」
「次は宿屋。泊まれる場所を探す。2つあるけど、どっちがいい?」
ブルーリバーにある2つの宿屋は、値段は殆んど変わらないが、両方に名物があるらしい。
そのうちの一つ、ドランクマンは酒と料理が旨い。その名の通り、酔っぱらいの聖地だ。
もう一つはファニーチェ。飯はそこそこだが、部屋の清潔感や家具類の質の良さが魅力で、長期滞在者には此方のほうがオススメなのだそうだ。
「やっぱ飯だろ!ドランクマンにいこうぜ」
「ですよね、タケオ様! 冷えたエールに、美味しい食事! たまりません」
意外と乗ってきたのがジェイナ。ジェイナはそれこそファニーチェのような小綺麗な宿を好むと思っていたのだが、タケオの推理は外れた。
「ファニーチェがいい。ご飯なんて、お腹を満たせればいい」
負けずと主張するジュリ。だがもう遅いぞ、と言わんばかりにジェイナとタケオの足は酒が美味しいドランクマンへと向かっていた。
「ジェイナ様まで……」
ぶつぶつと呟くジュリを意図的に無視した二人は勢いよくドランクマンの扉を開けた。中にはまだ夜にもなっていないというのに、かなり多くの客がいる。
その過半数は酔っぱらいというなんとも幸せな空間だ。
建物としては三階構造らしく、1階にバー&レストラン。2階と地下に宿泊用の部屋があるようだ。少し古いめかしい大きなカウンターの奥では、メイド服を着た女の子達が給仕に追われている。常連のようななれなれしさでタケオは声かけた。
「よおマスター!部屋を借りたいんだが!」
カウンターの真ん中で、髪が薄い中年の男がコップを拭いている。
「部屋だね、晩飯付きで一泊お一人15ゴールドだ。あんた一人かい?」
「いや、後ろの二人もだ」
「こりゃ参った。部屋はひとつしか空いてないんだよ。悪いな」
旨い酒と食事とやらを期待していただけに、タケオにとって非常に残念なお知らせだ。さすがに女子二人と同じ部屋でワンナイト過ごすわけにもいかないだろう。
「大丈夫です! 3人! 1部屋で!」
「ちょ、ジェイナちゃん!? そりゃだめだろ!」
「タケオ、最低」
「いやジュリちゃん、これは俺のせいじゃないよね!?」
一通り議論にもならないような口論をした末、結局三人で一つの部屋に泊まることにした。1つのベッドに女子二人が寝て、タケオは床に寝ればいいという画期的なアイデアが採用されたためである。
「取り敢えず部屋に案内するよ。……夜は大きな物音は控えてくれよ」
店主から身に覚えのないことに釘を刺された後、案内された二階の部屋はそれなりに広々としている。
「ふぅ、フードって蒸れますね」
銀色の髪がさらりと揺れ、ジェイナは素顔を晒した。よう焼くがリラックス出来たようだ。町中ではばれないように魔法まで使っているのだから、緊張もしていたのだろう。
「ジェイナ様、さっきのは目立ちすぎ。反省して」
「むぅ、ごめんなさーい」
ジュリから叱られて子供のように拗ねるジェイナ。
普段の容姿も言動も比較的大人びているので、そのギャップがまた可愛い。
「それにしても意外だったぜ。ジェイナちゃんがあれほど旨い飯と酒に目がなかったなんて」
「それは!……その、えーと、なんでもないです!タケオ様のすかぽんたん!」
すかぽんたん、なんてここ最近聞いたことがないなと、タケオはクスクス笑ってしまった。
「タケオ最低」
「ジュリ、お前はさっきからそれしか言ってねぇよな!?」
拗ねるジェイナに、ゴミを見るような目のジュリ。タケオは二人をなんとか宥めようとする。
「いや、あの何が悪いかわかんねーんだけど、取り敢えず俺が悪いってことで……」
グー。腹の虫が鳴く音。その主はやはりタケオだった。
「ってことで。旨い飯でもたべない?」
「「賛成!」」
二人はその間の抜けた音にクスッと笑って、タケオの提案を受けいれた。機嫌を取り戻し、何を食べようかと二人が話はじめる。
タケオは人生で初めて腹の虫に感謝をして、2人の会話に入っていった。
「さっき入った時みたんですけど、やっぱ魚料理を食べましょう! ブルーリバーのお魚は新鮮ですよ!」
「ジュリは、断固として肉」
既にメインをどうするかというところまで頭が回っている。みんな腹ペコだったらしい。
「魚が旨いっていうのはいいな!」
「はい!ブルーリバーという町の名前の由来は、町に沿って流れている同じ名前の川からきているのです。そこから獲れるお魚は美味しくて新鮮なんですよ」
タケオ達が入ってきた反対の方角に川があるのだが、今のところはまだしっかりと見てはいない。
「取り敢えず今は飯だな!」
川への興味を頭の片隅においやって、3人は一階のバーへと足を運ぶ。夕方とはいえ非常に賑やかで、空いている席を探すのがやっとだ。
なんとか腰を落ち着ける席をみつけたタケオ達の元に、ウェイトレスがやってきた。
「こんばんわーにゃ!」
テーブルに素敵な笑顔とともに近づいてきた彼女の耳はあるべき場所にない。
というか、ふわふわと触り心地の良さそう耳が普通より大分上についている。それも人間の丸い耳と違って、獣のそれだ。
「ご注文は何にしますかにゃ?」
目をぱちくりとさせているタケオの様子をみて、ジュリが説明してくれる。
「彼女は猫人族、タケオは会うのはじめて?」
「猫人族なんて、味気ない呼び方しないでにゃ! キャッツって言ってくれると嬉しいにゃ。そして私の名前はタマモ。よろしくにゃん!」
「かわいい……めちゃくそ可愛いぞオイ!」
そう、タケオは重度のネコラブ属性を持っていた。実は犬もめちゃくちゃ好きだが、ネコもラブだ。
この愛を比べることそのものが愚行だとはタケオの言葉。
「そんな、照れるにゃん♥️」
そんな風に美しいカーキーの毛並みにおおわれた身体をくねくねさせているタマモという猫人族は、かなり猫らしい特徴を残している。
全身は短めの毛で覆われており、鼻なんか猫そのもの。少し大きめの目がくりくりとしていて可愛い。
身長はタケオと同じくらいで、人間よりは少し低い印象だ。
人間らしい部分といえば、オレンジ色の髪の毛があるところくらいだろうか?
「ちょっと、タケオ様! 早いところ食事を頼みましょう? ね? ね?」
もの凄い勢いで近づいてくるジェイナの勢いに押されて、タケオはメニューを見てみる。
肉料理コース、魚料理コース、本日のオススメ。この3つしかメニューがなく、あとは酒の種類がズラリとならんでいる、なかなか大雑把なメニューだ。
「俺は魚で!」
「流石ドワーフの旦那はお目が高いにゃ」
「わ、わたしも! わたしも魚料理です!」
「オークの彼女さんも、魚ですにゃー」
彼女と言われて何故か満面の笑みを浮かべるジェイナ。結構気分屋なところがあるのだろうか。
「……私は肉」
「はい、ありがとうございますにゃ! 飲み物はいかがしますかにゃ?」
「適当オススメをたのむ」
「それじゃ一番人気のブルーリバーを持ってくるにゃ! この町の名前がついた特別な一杯にゃ。それじゃーごゆっくりにゃ!」
尻尾をフリフリさせながらカウンターに注文を届けにいくタマモ。動きのひとつひとつが可愛すぎて身もだえそうになるのをタケオは必死に抑えていた。
だが、ジュリだけはなぜか張りつめたような表情をしている。
「どした、ジュリ」
タケオは小声で尋ねる。
「さっきの猫、ジェイナがオークなのに気付いていた。魔法が掛かってるから簡単には分からないはず。ただ者じゃないかも」
ジェイナの迂闊な行為もあったとはいえ、王国内でオークはあまりよく思われていないはずだが、
それをわかっていて流すということは、特に問題にするつもりまないということだろうとタケオを考えた。
「まあ大丈夫さ。俺がいる」
「タケオ様……!」
「タケオ、最低」
「ほんとそれしかねぇな!」
タケオが理不尽な罵倒を受けているうちに、はやくもタマモが料理を運んでくる
「おまたせにゃー!お魚2つに、お肉1つ!ブルーリバーも是非ご賞味あれ!にゃ!それじゃごゆっくりにゃー」
金色のくりくりとした目を輝かせながら、「ごゆっくりにゃー」とタマモは他の客の注文を取りに行った。
タケオ達の目は既に食事に釘付けだ。
「こりゃ旨そうだ!昔、狩りするゲームでこんなの食べてたなー!憧れってやつだぜ」
大皿に体長30cm近い魚がお頭ごとドカンと乗っている。その下敷きになっているのが炒めた飯で、周りには色とりどりの野菜がトッピングされていた。
魚に食らいつくと、その旨みを引き立たせるように絶妙な塩味が口に広がって、飯を食べずにはいられない。
炒めた飯も少し油が多めだが、これまた旨かった。
一通りガッついた後、一気に食べ過ぎて詰まりそうになった喉にブルーリバーという酒を流し込む。
「カッー!」
噂に違わぬ旨さに大満足のタケオ。ブルーリバーはジントニックのような味わいだった。
食っては飲み、食っては飲み。
夜が深まる頃に、タケオは意識を失っていた。
遅くなってすみません!
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