第4話 魔術師
晴れやかな青空。
遠くには、人間の拳のような形でもくもくと膨らんだ入道雲が見える。直射日光は肌をジリジリと焼くが、気温がそう高いわけでもないようだ。
日本の気候が当てはまるのであれば、初夏になるのだろうか。
それと大きく違うのは湿度だろう。カラッしているので、多少太陽が照りつけても汗が吹き出るということはない。
「ジュリちゃんって隣の家の、ジェイナのお姉さん的……って、なるほどな。そりゃそうだ」
村を出立した、タケオ、ジェイナ、そしてジュリの三人。
タケオは大きめのバックパックを担いでいる。ちなみに上半身は裸のままだ。彼らは王国までの道中、補給のために、ブルーリバーという町を目指していた。
「ハドバールだけでは、ジェイナを守りきれない。そう思った国王様の計らい……。ずっと二人を見張ってた。」
ジュリは黒を基調とした軽装で、マントを着用し、短めの杖を持っている。目付きが悪いので、見つめられると睨まれたような感覚がしてしまうほどだ。
「いや、それならなんで俺らがゴブリンと遭遇したとき助けてくれなかったんだよ?」
タケオは当然の疑問をジュリにぶつける。あのときは間違いなくジェイナの命に危険が迫っていた。
「それは、ごめん。まさかあれだけのゴブリンを連れたジェネラルに戦闘を仕掛けると思わなかった」
タケオは我ながら危険な選択をしたなと悔いているだけにこれ以上追及できない。
「でも、タケオ様が前に出てくださったからこそ、村には微塵の被害もなかったのですよ?タケオ様のせいみたいに言うのはよくないわ、ジュリ」
ぷりぷりと頬を膨らませながら反論するのがジェイナ。その一言でタケオは随分と救われた気持ちになった。
「いや、だが俺もジェイナちゃんを危険に晒してしまったのは事実だよ。今後は絶対そういうことがないように、万全を期すぜ」
「タケオ様……ありがとうございます」
ジェイナはどちらかというと顔に出やすいタイプなのだろう。赤い頬がさらに赤くなっている。
「ジェイナ様、不潔」
「なっ、ふ、不潔!?ジュリったら!」
わたわたと慌てるようにジュリに迫っていくジェイナ。それに無表情なようでいて、楽しそうに口が緩んでいるジュリ。
本当に二人は仲がいいのだろう。
「そういえば話を戻すようだが、ジュリは王国魔術師なんだろ?どんなことができるんだ?」
ジュリが村長ハドバールとともにジェイナを護衛するために派遣された王国の魔術師であったことをつい先ほど知ったタケオは、興味津々で問いかける。
自分が使える魔法は比較的地味なので、なおさらだ。
「ジュリが得意なのは幻惑魔法と破壊魔法。特に幻惑魔法は達人級を使える」
えっへんと胸を張るジュリだが、ジェイナに比べると、その脹らみは小さくかわいらしいサイズ。
タケオは彼女を無表情だと思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。
「幻惑魔法か、一体どんな魔法があるんだ?」
「幻惑魔法は敵を撹乱するのが得意。敵を興奮させて、相討ちさせたり」
「意外と物騒な魔法だな。だが、数が少ない俺たちが集団に囲まれたときは便利そうだ」
「意外。タケオはには理解できないと思った。あほだから」
ひげ面のマッチョなドワーフが考える素振りをみせると、どうやらボーっとしていると思われるようだ。
「急に呼び捨てなうえにあほってよお……。まあいーや、頼りにしてるぜ、ジュリ」
コクりと頷くジュリは、まさしく専門家といった雰囲気だ。その表情は、ジェイナとはまた違った魅力がある。
「もう後2時間ほど歩けばブルーリバーですよ、タケオ様」
話を遮るように話かけてくるジェイナ。
「もう一度、町での動きを確認しておくか」
現在タケオ達はセントラル王国の領内にいる。
王国はいくつかの町と異民族の自治領によって構成されており、ブルーリバーは王国貴族が統治する町だそうだ。
帝国に比べて王国は多様な異種族に寛容ではあるが、特に以前戦争をした経験のあるオークやエルフに敵対的な感情を持つ者も少なくないらしい。
そこで、王国魔術師であるジュリが、護衛のためタケオとジェイナを雇っているという体にして、目立つのを避けようという結論が出たのだ。
ドワーフのタケオはまだしも、やはりジェイナがハーフオークだというのは目立ちすぎるらしい。
「念のため、ジュリが認識阻害の魔法をジェイナにかける。これでフードを被れば、幻惑魔法に明るくない人間は見破れない」
「幻惑魔法はそんな使い方もできるのか、凄いな!」
「こんなもの序の口」
そういいながら、ジュリの口元は緩んでいる。
「タケオ様、まずは目立たないように町に入り、ミドラブル伯爵を訪ねましょう」
またもや会話に割って入るジェイナ。
少し妙な彼女の態度にタケオは首をかしげるが、ふと気になったことをなげかけることにした。
「伯爵に会うのはいいけどよ、こっちの身分を証明するもんは何か持ってるのか?」
「はい。私は一応、王族の証である紋章をもっています。これも国王様のはからいです」
そういって、ジェイナは印籠を取り出す。見事な紋所が刻まれていて、これを見せるだけで平民が頭を下げざるを得ないような代物だ。
「ただ、お恥ずかしながら私の存在は世にあまりに知られていませんし、おそらくこれを行使しても盗賊と勘違いされるのが関の山ですので……」
そう言いながら笑うジェイナの表情は、やはり儚げだ。
「しかし王様はなかなか太っ腹だな!やっぱ孫は可愛いってことなのかね」
「国王様は素晴らしく、慈悲深きお方……」
ジュリはタケオの言葉を肯定する。
「国王様は私に対しても本当に慈悲深いお方です。国を追われたときも、無事このように生き延びることができたのは、国王様のお力添えあってのことでした」
漠然と権力者にはロクな奴がいないと思っていたタケオにとっては、少し意外な話だった。権力者が独善的に振る舞った結果滅んでいく国なんてのは星の数ほどあるだろう。
「しかし、そんな素敵な王様がいて、なんで追放なんだ?」
「正確には、追放された、というより出ていかなければ命を狙われるといった状況でした。やはり父上を敵対視していた者も多く、その後継者が出てくることを恐れていたのでしょう」
(なるほどな。王様がいくらジェイナちゃんを可愛がろうが、周りがそれを邪魔したってことか)
政治的なパワーバランスに変化が起きるとき、命が消費されることは珍しいことではない。
タケオはそうわかっていても、やはり身近な人間の不幸だと思うと同情を隠せなかった。
「もう、タケオ様は私の身の上話をすると下ばかり見つめて!確かに明るい過去とはいいがたいですが、それを乗り越えたから今の私があります。そして国王様に受けたご恩を返せるときがきました!これはきっと三大神のお導きなのですよ!」
三大神とは、太陽神サン、月光神ルーナ、大地神アースを指らしい。主に人間は太陽神を信仰しているが、あまり熱心でない人間からすれば、恩恵をくれるなら誰だっていいと思っているようだ。
「ジェイナ様、静かに。タケオ」
雄弁と語るジェイナを止めたのはジュリだった。
「おう。4、5匹か。囲まれてるな」
辺りには獣の気配。かなり大きい。
「グレーウルフですね、この辺ではよく出没します」
グレーウルフは体長140cmほどの大型狼だ。獣としては賢く、集団で人間を襲う。
「それじゃジュリちゃん、お手並み拝見といこうか!まずは引き付ける!こっち来やがれ!挑発」
大きな声とともにタケオはグレーウルフたちを挑発した。グレーフルフ達は様子見をやめ、一斉にタケオに襲い掛かる。
獰猛な牙がタケオに到達しようとした瞬間、ジュリが動いた。
「森の調和!」
ジュリが杖を振るのと同時に、緑の霧がタケオと狼達を包む。
すると、先ほどまで肉を欲してダラダラと唾を垂らしていた狼たちが、飼い犬のようにタケオをペロペロしていた。
「おう、やめろお前らくすぐったい!」
楽しげに戯れるタケオを見ながらジュリはまたしても、えっへんと胸を張る。
「一部のモンスターや獣に効く鎮静効果のある魔法。戦う必要がないときは、戦わない。それが冒険の基本」
「その考え、大好きだぜ!って、だからよせって!ガッハッハ」
無邪気にはしゃぐタケオをを心配そうに見つめるジェイナ。
「あの、タケオ様、そろそろ離れたほうがよろしいのでは?」
「こんなに可愛いのに、なんで離れ……イッデェエ!」
頭をわしゃわしゃしてやっていた狼が、急にタケオの股に噛みついた。先ほどまでかわいらしいワンコのようだった他の狼達も突如として獰猛な目つきにかわる。
「ちなみに、沈静魔法は使った魔力によって効果時間が決まる。今のはだいたい30秒くらい」
「ジュリ!おまえこのやろう!」
「ジュリはジュリ。お前、じゃない」
「いいから助けやがれ!」
そう叫びながら、タケオはシャベルを持ち、薙刀のように大きく振った。正気を取り戻したばかりの狼たちは避けきれずに吹き飛ばされる。
力量の差を見せつけられたグレーウルフたちは、そのまま森の中へと消えていった。
タケオに噛みついたオオカミも、タケオの腰巻を牙に引っ掛けたまま、仲間を追いかけるように走り去っていく。
「やはり狼は賢い」
「賢いな、じゃねえよ!魔法の効果が切れるの先に言って!」
「タケオ様、大丈夫……、キャッ!」
腰巻をオオカミに取られて全裸となったタケオをみてジェイナは悲鳴を漏らす。
顔を手で覆っているが、なぜか指の隙間は大きく開いている。
「タケオ、最低」
「いや、お前のせいだろ!今の俺何にも悪くなかったじゃん!」
「はやくなにか履いて」
ジュリも視線を逸らしながらタケオを罵倒する。
しかし、ブルーリバーにいけば身体にあった下着や服があるだろうと踏んでいたタケオに手持ちの代用品はない。
その瞬間、タケオの頭に降りる悪魔的閃き。
「ジュリちゃん」
「何?早く履いて」
「俺の下半身に、認識阻害かけてくんない?」
「滅べ」
この後タケオはむちゃくちゃ破壊魔法を連打された。
☆
三人組の奇妙なパーティーは町の入り口に到着した。
一人は黒髪の魔術師。
一人はフードを被った戦士風の女性。
一人は安全ヘルメットにシャベルを担いだ全裸のマッチョマンだった。
辛うじて大事な部分を葉っぱで隠している。その上に、認識阻害の魔法がかかっているため、モザイクがかって見えた。
「なんか踊りたくなるんだよな、この恰好。ヤッタ!って感じで」
「だまれドワーフ、衛兵に突き出すぞ」
「すいません」
黒髪の少女、ジュリから辛辣なツッコミを受けるドワーフのタケオ。あまり喋らないよう指示されているジェイナはフードを被っている。
「いくぞ」
ブルーリバーはそれほど大きな町ではないが、当然入るには衛兵からの簡単な取り調べがある。覚悟を決めて比較的こじんまりとした門の前に三人は立った。
「とまれ!見るからに魔術師のようだが、後ろの二人は?」
「私が雇っている、用心棒。何か問題でも?」
懐疑的な目でこちらを見つめる衛兵。
(こちらは万全の準備をしているからな、隙なんてないぜ!)
「そこのドワーフ!」
「な、なにか?」
「いい身体をしているな」
ナチュラルなボディタッチ。
(え、なに?これ新手の取り調べなの?)
「ドワーフは人間では得難い肉体を持つとは聞いていたがこれほどまでとはな」
「あ、ありがとう」
「どうだ、今夜酒でも?ドワーフは無類の酒好きだと聞くぞ」
「え、ああ、えーと」
「まあそういうな、奢ってやる。色々と語り合おう。な?」
タケオの美しく発達した広背筋を撫でる衛兵。
「私を護衛してもらう契約。ドワーフは貸せない」
「ッチ、わかった。通れ!」
(いま舌打ちした!?舌打ちしたよね!?)
いままで経験したことのない恐怖感に苛まれたまま、タケオはブルーリバーに入っていった。
一日遅れて申し訳ありません!短編執筆中です。
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