第2話 青い炎
『焔を纏いし者』
ジェイナを中心に燃え上がる青色の炎。凄まじい熱量にタケオの髭がチリチリと焼ける。その凄まじさはさることながら、青く燃えている様は神秘的ですらあった。
タケオを追い詰めていた豚ゴブリンも突然の出来事に戸惑っているようだ。
「ジェイナちゃん!」
纏わりついていたゴブリン達を燃やしつくした炎は徐々に収まっていく。
中央には横たわるジェイナ。あれだけの炎にも関わらず、灰になったのは革の鎧だけで、美しい赤色の肌には傷一つ付いていないようだ。
あれだけの力を見せつけられた豚ゴブリンにとっての最大の脅威はいまやジェイナとなった。弱っている今しかないと言わんばかりに倒れたジェイナに突進する。
しかしそれは叶わなかった。タケオはシャベルで豚ゴブリンの脚を取り転倒させる。
「らぁ!」
力を振り絞りタケオは馬乗りになって、シャベルを豚ゴブリンの顔面に突き刺した。シャベルは頭蓋を容易に潰し、豚ゴブリンは泡となって消えた。
それを確認したタケオは、豚ゴブリンから落ちた腕輪を乱暴に拾いあげて、肩で息をしながらジェイナのほうに懸命に駆け寄る。
「ジェイナ、大丈夫か、オイ!」
息はあるようだ。
気を失っているというよりは、疲労から眠りについたといったような表情。すごく穏やかに見える。
ようやく身体が思い通りに動くようになってきたが、担ごうにもジェイナの鎧は燃えてしまっていて、その美しい赤肌が露になっている。このまま連れて帰るわけにもいかないだろう。
少し思考を巡らせたあと、タケオが出した結論は自分の腰に巻いた衣類を着せてやることだった。
シャベルをバックパックに差し込み、ジェイナを両腕に抱えて、不自然に前傾姿勢になった全裸ヘルメットのタケオは村への小道を辿っていった。
★
ドン、と大きな音を立てて村長ハドバールの家の戸を開けたのは、隣の家の黒髪の少女だった。
「村長、ジェイナが!とにかくすぐ来て!」
村長のハドバールとジュリが村の中央広場にたどり着くと、村人達が誰かを取り囲んでいる。
「何事だ、皆!」
そう言いながら村人達の間を割って入ると、布切れを着せられたジェイナを抱える全裸のドワーフ、タケオがいた。
「タケオ様、これは一体…」
タケオは説明しようと口を開きかけるが、横槍が入る。
「このドワーフが村の外れからこそこそと現れたのだ!ジェイナさ……ジェイナを手込めにしようとしていたのは火を見るよりも明らかだろう!こいつはやはり英雄などではない!」
村人の中心にいたのは神父のミサルガ。全裸のタケオをみて、村人達を集めたようだ。
「まてまて、タケオ様にも主張があるようだ。一度黙って聴こうではないか」
村人達はこのハドバールの一声で戸惑いながらも構えていた農具をおろした。彼らも半信半疑でいたらしい。
「やっと話を訊いてくれるのか。助かるぜ、村長」
発言権を得た全裸メットのタケオは、たまたまゴブリンの群れに遭遇したこと、豚のような巨大なゴブリンを倒したこと、その戦闘中にジェイナが倒れたことを説明した。
その証拠として、豚ゴブリンが落とした見事な腕輪を見せる。
「なんと、そのようなことが……。恐らくその豚のようなゴブリンというのは、ゴブリン将軍という、ゴブリンのリーダー格の中でも最上位種です。流石タケオ様だ」
これを聞いた村人達は感嘆の声をあげ、脅威がなくなったことに安堵の顔を見せる。
「これで疑いは晴れたか?なら、はやいとこパンツをくれ…」
「はい。神父ミサルガ、あなたもこれでよろしいですか?」
まだ納得がいかないという表情で、そそくさと協会に戻っていくミサルガ。それを見届けた村長は小声でタケオに、少し話があります、と伝えてから、村人達に言った。
「みんな、タケオ様がゴブリンを倒してくださった!これで暫くは平和に過ごせるだろう!」
口々に全裸のタケオに礼を述べたあと村人達は家へと帰っていった。ジェイナを抱えたタケオ達も村長の家に戻る。
二階のベッドにジェイナを寝かせた後、タケオはリビングで待っていたハドバールに声をかけた。
「よく寝ている。多分心配ないだろう。で、そこのお嬢さんは?」
ハドバールの隣には一人の女性。無造作な短い黒髪の持ち主で、妙に隙がない。ジェイナに比べると、体つきや顔つきは幼い印象を受ける。
この村では珍しく、アジアンビューティーといった面持ちだ。
「紹介します、彼女はジュリ。ジェイナにとっては姉のような存在です。」
「ジュリだ。お初に御目にかかります。その、まずは何か着て」
ペコリとお辞儀をするジュリの顔は赤く染まっているが、口調は偉そうだ。
「ああ、失礼しましたタケオ様。こちらをどうぞ。」
そう言ってハドバールは毛皮をタケオに手渡した。
タケオは軽く礼を言いながら腰にそれを巻く。原始人のような容姿を、さらにそれらしく飾る腰巻きはタケオによく似合っていた。
「改めて、タケオだ。よろしく。なあ村長、話の続きが……」
タケオはちらっとジュリをみる。
「彼女は家族同然。同席させてください。して、彼女の身になにが?」
有無を言わさないという雰囲気に若干押されたタケオは、少し咳払いしてから答えた。
「そう聞いてくるってことは、多少なりとも心当たりがあるんだな?」
村長はタケオからの言葉を予測していたようで、淀みなく頭を下げる。
「全てを話していなかったことに関しては謝罪します。ただ、隠そうとしたかったわけではなく、言う必要のないことだと思っていましたので」
タケオは手のひらを村長に向けて、ひらひらと振った。
「いや、別に責めてる訳じゃない。ジェイナが無事ならそれでいい」
「ありがとうございます」
申し訳なさそうにハドバールが再び頭を下げる。同じように、ありがとう、と呟いてジュリも頭を下げた。
「よしてくれ、当然のことだ。さて、ジェイナに起こったことだが、さっきみんなの前では詳しく言わなかった。もしかしたら普通でないことが彼女に起きていたのではないかと思ってな」
少しだけ目が開いたが、すぐに冷静さを取り戻して村長は口を開いた。
「お気遣い、痛み入ります」
「礼はいい」
そういって、タケオは少し考えた後、切り出した。
「ジェイナがゴブリンに追い詰められたとき、サラマンダー、と叫んだかと思ったら、青い炎が彼女から噴き出していたんだ。凄まじさ勢いだったが、すぐに彼女は倒れた」
「青い炎。それはドラゴンの力」
ジュリは呟くようにそう言った。かなり深刻な面持ちである。村長は驚愕を隠せないといった様子で、絶句している。
「ドラゴンっていうと、でっかいトカゲのことだろ?」
タケオの能天気な質問に我に返った村長が軽くうなずいた。
「ええ、そう形容することもできるでしょうが、実際には非常に凶悪な存在です。約500年前に滅びたとされています。伝説によれば、あるドラゴンの吐く息は、全てを焼き尽くす青い炎だったと」
「つまりハーフオークであることが原因で、ジェイナが得た特殊な力ってことか」
「本人に自覚はないでしょう。ですが、ドラゴンの力を宿したという話を聴いたことはありません」
出る杭は打たれる、ではないが、強大な力は否応なく争いの火種になりかねない。二人が不安に思うのも当然だろう。
「ジェイナには助けてもらった恩があるからな、もう暫くここに滞在させてくれ。今日は不覚を取っちまったが、次は必ず守る」
「心強いお言葉、ありがとうございます。日も暮れて参りました。話はこのくらいにして、タケオ様も休まれては?」
実際、タケオの肉体は案外と疲労を感じてはいなかった。
しかし、この世界に来てから起きたことを頭のなかで整理する時間が欲しいと思ったタケオは提案を快く受け入れ、寝室に案内してもらった。
寝室には木造の机と椅子、そしてベッドというシンプルな家具だけが置いてある。
ご自由にどうぞ、と村長は自室に戻っていった。
今日はタケオにとって反省点多い1日だった。そもそもタケオの座右の銘は安全第一。女の子の前だからといって調子に乗ったのがいけなかった。
このドワーフの肉体のポテンシャルを目の当たりにして、高揚していたのも事実だ。つい最近まで普通の人間だったタケオが、夢に見たヒーローのように強い。
タケオは力なき正義は無力だと知っている。だが今は無力ではない。タケオは今、ヒーローになれるのだ。
再び沸き上がってくる高揚感を抑えつつベッドに横たわってみる。
木製のベッドは縦には足りているが、横には少しが足りないため寝返りを打てそうにない。普通の人間サイズなのだから無理もないか、と諦めて、タケオは安全ヘルメットを外した。
するとヘルメットの中からヒラヒラと一枚の紙が出てきた。古めかしい羊皮紙だ。
「そういえば、爺さん達がこっちに着いたら使えとかいってたな!こんなところにあったのか」
折られた羊皮紙を開いてみると、魔方陣のような模様の真ん中に手形が描かれていた。その手形に右手をかざすと、模様は溢れんばかりの光と共にくるくると回転した。
タケオは驚く暇もなく、その光に飲み込まれたのだった。
■
眼を開けると、そこは夜の草原だった。
辺りを見回しても、地平線が見えるだけだ。夜空を見上げると星が目映く輝いている。
『新しい身体を気に入ったようだな』
いくつもの声が重なって聞こえる。タケオには聞き覚えがあった。
「よう爺さん。いや、爺さん達か。確かに気に入ってるぜ」
『ドワーフには強靭な肉体と高い魔法耐性がある。別種族を転生させるには、元の肉体に適合性が無ければならない。お前はその点で、ドワーフに転生させやすかった』
そう語るのは白髪の老人。相変わらずの容姿だ。
「しかし、あのシャベルとメットはなんだよ? 俺らしいものを、とは言ったが、あれじゃなきゃだめなのか?」
『気に入らなかったか?すまないが物理的な祝福をすることはもう出来ない。ヘルメットには精神汚染や恐慌状態を抑える力を、シャベルには不壊の属性を与えておいたのだが』
一応彼らからすればかなりの優れものらしい。
タケオにはシャベルの他に剣や盾を渡されて使いこなす自信はないし、ゴブリンとの戦闘であまり焦らなかったのがヘルメットのお陰だと思うと、外すに外せない。
シャベルだって絶対に壊れないという保証があるのは大きい。
「しかし、俺はもうあんたらに会えないのかと思ってたぜ」
『これを最後にお前と会うことは無いだろう。こちらに来る前よりも、何が必要か理解できた今、説明したほうが分かりやすいだろうと考えたまでだ』
不気味なほど、無表情な爺さんは優しい口調で語る。
「実際その通りだ。で、ここは何処なんだ?」
『ここはお前の心象風景を具現化した世界、お前の心の中だ。ここに意識を移動させることで、お前は自分の能力を正しく知ることができる。しかし、お前の心が乱れている時は使えないので注意するのだ』
「具体的には何ができるんだ?」
それを聞いた老人は、右手を空にかざした。
すると、無数にあった星達が、剣の形をした星座を残してぼんやりと消えていく。
右手を振ると、今度は盾、お次は炎、といった具合に星座が形を変えていく。
『星座はお前の能力と使用できる技術を教えてくれる。お前の経験次第で輝きを増し、種類も増えるだろう。今お前が使える星座は、剣、盾、炎を象った破壊、岩を象った変性。知識と経験を蓄えれば、肉体はそれに見合った働きをしてくれる』
「星座ね。よくわからんが、色々学んで強くなれってことだろ?」
『そうだ。会得した知識と経験は肉体に定着し、扱えるようになる。まずは、私から祝福を与えよう』
老人が大きくて広げ天を仰いだ瞬間、知識が走馬灯のようにタケオの頭に飛びこんできた。
これは本来であれば時間をかけてモノにする、所謂「身体で覚える」という行為を一瞬で完了してしまっているのだろうとタケオは直感的する。
『上手く知識を蓄えられたようだな。それは今後お前の助けとなるだろう。そして人は希に、蓄えられた知識に応じて特殊な能力を得ることができる。普通の人間は無意識の中でしか能力を得られないため、上手く扱えなかったり、そもそも持っていることに気付けないのま。』
「その能力ってのが、あんたからの最高のプレゼントってわけだ」
『……そう、我々からの最後の祝福となる』
タケオの頭に新しい知識が蓄えられる。
≪「アダマンタイトハート」:身心はダイヤモンドよりも傷つけにくく、ルビーよりも硬い。衣服を身につける必要すらないのだ。≫
『英雄の星座の能力の1つだ。有効に使ってくれ』
そう言うと、表情を崩さないまま、老人はすぅーっと消えていく。
「待て!まだなんで俺が全裸でこっちに来たのか聞けてな……」
タケオが最後まで言い終わることなく、再び意識が途切れた。
できうる限り毎日更新!
色々な方からのご指摘でかなり改稿しています。
少しでも読みやすくなる工夫をしますので、是非お声がけください。展開が気に入っていただければブックマーク、感想お願いします!