9話 少年、罰を受ける
購買部は消えてなくなった。
ついでに学園も半壊した。
「入学式までに、どうにか、直ってくれるといいのう」
学園長室の、立派な椅子の上。
学園長は、窓の外で『施設管理妖精』たちが必死に土木工事をしているのを見ながら、笑った。
普通、自分の管理する学園を半壊させられたんだから、怒るところだろう。
でも学園長は、機嫌がよさそうだった。
頭のいい人の頭の中は、普通の人から見れば、よくわからないものなのだ。
「すいません、学園長先生……なんだか、ものすごく、強い魔法が出ちゃったんです」
学園長の前では、ユータがしゅんとしていた。
出ちゃったものはしかたないが、責任を感じているようだった。
「なに、気にすることはないぞい。それよりも、君の魔法威力に早めに気付けて、よかったとワシは思っておるんじゃ。他の生徒のいる場所であんな威力の魔法を撃たれては、やばかったからのう」
「でも……」
「学園の設備は、妖精どもが、勝手に直すし、心配しなくとも、よい。いや、ほんとよかったのう。困らされていた購買部も壊れてくれたしのう。あやつ、女の子だけでなく、男の子も脱がすから、困っておったところじゃ」
「でも、購買部は大事なものだったんでしょう? 聖遺物とかいう……」
「神さまは我々の世界をお見捨てになった」
「……」
「我々は、我々のみで、生きていかねばならん。……そもそも購買部で服を買うには、神さまの通貨が必要じゃからのう。あやつに服を持って行かれて、困るばかりじゃった。君は自分のしたことを、誇ってよいぞ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「ワシは、思ったことをそのまま言っておるだけじゃよ。知力1000000の君に、ワシなんかが気を遣ったところで、全部見通されてしまうだけじゃろうからの」
学園長は笑った。
ユータも、ようやく、ちょっとだけ笑った。
「……学園長先生、やっぱり僕は、『知力』の数値だけが、賢さじゃないと思うんです」
「前にも言ったが、その言葉は、信仰心を疑われる。ステータスは、神さまの割り振った数値じゃからのう。それを疑っているようなことを言えば、とやかく言うものも、いる」
「……はい」
「だから、こっそり、ワシや、信頼できる相手の前でだけ、そういう本音を、言うといい。この世界をお見捨てになった神さまを、まだ信仰してる者も、少なくないからのう」
「……はい」
「それで、賢い君の意見を、聞こうか」
「僕はやっぱり、賢くないですよ」
「ふむ?」
「……この学園に入って、ナナやマルギット先生と会ってからも、ずっと、どうやって友達になってもらおうか、考えてたんです。とりあえずいい子にして、悩みを聞いたり、困ってれば手伝ったりして……そういうことを」
「……」
「でも、『友達のためにがんばっていいかな?』って聞いた時、二人とも、『がんばって』って言ってくれて……だから僕はきっと、無意味なことを、色々考えすぎてたんだと思います。考えなくていいことを考えるのは、賢くないと、思いました」
「『賢さ』は、人それぞれじゃ」
「……」
「マルギット先生のように、すぐ『データ』をスラスラしゃべるのも、すごく頭よさそうじゃし、君のように、難しいことを思いついて、疑問を投げかけるのだって、賢く見える。それとは別に、うまく言えない、『生きる知恵』みたいな賢さだって、あるじゃろう」
「……はい」
「古い話をしよう――ワシら人類の祖先は、『NPC』と呼ばれ、神さまに奉仕する種族だと言われていたことは、知っておるか?」
「なんとなく」
「この世のすべては神さまが整え、産みだし、我らの祖先は、ただ与えられた役割をこなせばよかった。……『考えて』『生きる』必要がなかったのじゃ」
「……」
「そんな中で、最初に『考える』ことを覚えたものは、周囲のものからすれば、異質な存在だったじゃろう。理解されず、差別されたかもしれん」
「……」
「けれど今、『考える』ものが、世の中にはいっぱいおる。……君の悩みはきっと、そういうものではないかと、ワシは思っておるよ」
「……僕にはよくわからない、難しい話です」
「ワシにもわからん。ワシは頭がよさそうに思えるような話しぶりが好きなだけで、実は、たいして意味をこめてはおらんのじゃ」
「……」
「けれど、君がワシの話からなにかを感じ、なにかを考えるきっかけとしてくれたならば、中身のない話を、さも中身があるぶって話したかいがあるというものじゃ。……そういう賢さもある」
「なるほど」
ユータは深くうなずいた。
学園長は額を人差し指でコンコンと小突き――
「さて、ワシは全然気にしておらんが、いちおう、『せけんてい』もあるので、学園を半壊させた君への処分を言い渡さねばならん」
「……はい」
「友達をたくさん作りなさい」
「…………処分、ですか? それが?」
「知力1000000の君に、なにをさせても、処分にならなかろう。なにをしても、うまいことやりそうじゃ。しかし、友達作りは苦手だと、君自身が言っておる」
「……」
「苦手なことをするのは、つらく、苦しかろう。知力120程度のワシでは、このぐらいしか思いつかんが、知力1000000の君には、他になにか思いつくことがあるかね?」
「……いえ」
「ならば、君への処分は決まった」
学園長は白いヒゲを揺らして笑う。
それから。
「天才よ――いや、少年よ。青春をすごしなさい。思う存分。バカみたいに、のう」
きっと、深い意味はないのだろう。
けれど、彼はそこに、なにか大事な意味を、見出せそうな気がした。
だから『それでいいや』と思った。