7話 天才、食堂へ行く
『なるほど、そういえば、食堂の場所を教えておらんかったのう。うっかりミスで、知力1000000の大天才たる君を、飢え死にさせてしまうところじゃったわい。待っていなさい。今、ワシのナビ妖精を案内に向かわせるからのう』
学園長に教えてもらって食堂についた。
すごく広い。
椅子とテーブルが、いっぱい並んでいる。
花壇のまわりにソファが並んでいる場所も、あった。
お店もいっぱいある。
でも、営業してるお店は、一つだけみたいだ。
ユータは頭がいいから、『なるほど、新学期前だからまだ人がいないんだな』と判断できた。普通の知力では、とてもできない、賢い想像だ。
食べてる人もぜんぜんいないから、ユータはすぐに、マルギットを見つけることができた。
遠目にもわかる、賢そうなメガネに、賢そうな白衣に、よく見れば賢そうにも見える、頭の上でぐるぐる巻いた、貝みたいな髪型だ。
あとなにより、オーラが、なんか、エロい。
マルギットは、お茶を飲みながら、なにか読んでいるみたいだった。
薄っぺらい板のようなものを見ながら、たまにめくる動作をしているので、きっと文字か絵が描いてあるのだ。なんにも描いてない板をじっとながめているだけでは、ないらしい。
ユータのいた村では、お茶を飲みながら読み物をしたら『行儀が悪い』とずいぶん怒られたものだけれど……
行儀の悪いことをしていても、マルギットは絵になるので、きっと誰も怒らないだろう。
見た目の印象は、とても大事なのだ。
「マルギット先生!」
ユータは叫んだ。
誰もいない、無人のテーブルだけがいっぱい並んだ食堂で、その声はやけに響く。
「あら、シラギくん?」
マルギットも、すぐに気付いた。
あたりには他に男性が誰もいないから、自分にかけられた男性の声の主は、この場で唯一の男性たるユータであると、そういう推理を、一瞬でしたらしい。
さすが、学園三位の知能の持ち主だと、自分で言うだけのことはある。
ユータが近付くまで、マルギットは首をかしげて待っていた。
なんの用事があるのか、ちっとも想像できていないという様子だ。
「あの、マルギット先生、ナナの服はどこですか?」
「ナナ? …………ああ! そういえば、そうだったわ」
マルギットはユータに背負われたナナを見る。
ナナは、ユータの背中で、身を乗りだした。
「あなたがマル先生ね! あなた、頭悪いわね!」
「あら、あなたは、頭がいいようね。初めて会話する相手の名前を、半分も言えるだなんて、なかなかないわ。さすが、ここの生徒ね。きっと教員のデータをあらかじめ覚えようとがんばったのね。えらいわ」
マルギットは大人の対応をした。
ナナは子供らしく満足したように笑った。
「これで手下が二人に増えたわ!」
「ところであなた、ずいぶん攻めたファッションをしているけれど、都会から来たの?」
「違うわ! マル先生に服を盗まれたのよ!」
「私が服を盗んだ? なぜ?」
「あなた、女の子の脱ぎたての服を持ってないと、ご飯がすすまない人なんでしょう?」
「まあ、世の中にはそんな人がいるの? 怖いわね……」
「あなたよ!」
「私は、違うわ。……ああ、あなた、ナナさんね? 思い出したわ。いいえ、覚えていたっていうことにしましょう。生徒のデータだものね。まだ覚え切れていないけれど、あなたのデータは覚えたということにしたわ。今、なんだか見なきゃいけない気がして、『ナナ』っていう名前の生徒のデータを見ていたの。『賢さ』は『データを正確に把握すること』だからね」
「……む、難しいこといっぱい言うじゃない……さすが先生ね……」
「この学校では、三番目に頭がいいからね」
「二番と一番は誰よ?」
「二番はもちろん、学園長先生よ。一番は――おっと、秘密っていうことになってたわね。シラギくん、あなたは今、知力いくつっていうことにしていたのかしら? ……ああ、30? そうだったわね。そういうわけでナナさん、私は今、二番目よ」
「二番が二人いるの?」
「……頭が混乱してきたわ。私は二番だけれど、二番じゃなくて……ううん、やっぱりこういう複雑なデータを覚えるのは、時間がかかるわ」
「だったらあなたを『二番』にして、一番の上に『ゼロ番』がいることにしたら、混乱しないんじゃないかしら?」
「まあ! それはすごい発想だわ! あなた、頭がずいぶんいいのね!」
「私は一番だからね!」
「いえ、一番は学園長先生よ」
「でも一番なの!」
そばで聞いている者がいたら、頭が混乱しそうなほど、知性あふれる会話だった。
しばらく二人は『一番』について協議していたが……
「へくちっ!」
ナナがくしゃみをした。
くしゃみっていうのは、けっこう、大きな声になる。
だから、会話中でも、くしゃみをすると、いったん会話が途切れるのが、一般的だ。
「そういえば、あなたの服を返さなければいけないわね」
マルギットが、ぽん、と手を叩いた。
これまで黙って会話を聞いていたユータが口を開く。
「あの、マルギット先生、どうしてナナの服を隠したりしたんですか?」
「隠してないわ。大事に保管したのよ。簡単に見つからないように……」
「どうして……?」
「この時期は、毎年、『アレ』が出るの。『アレ』がそのへんに脱ぎ散らかされた服を見ると、奪っていくのよ」
「えええ……なんですかその危険な存在は……変質者かなにか?」
「シラギくん、あなたは知力1000000……じゃなくて30もあるけれど、知力が高いからって、いっしょうけんめい働いている人を、ばかにしてはいけないわ。仕事でやっているのに、変質者扱いは、かわいそうよ」
「その『ソレ』は、仕事で服を奪っていくんですか……?」
「そうよ。まあ、人じゃないんだけれど……魔物でもなくって……神さまに近い存在なのよ」
脱ぎ散らかされた服をうばっていく神さまに近い存在が、この時期になると毎年学園内を徘徊しているらしい。
ユータは話を整理してそのように理解したが、ちょっと理解しきれなかった。
「つまりなんなんですか?」
「データによると、そいつは――ああっ!?」
マルギットが、あまり知的ではない叫び声をあげた。
メガネをかけて白衣まで着ているのに、こうまで取り乱すだなんて、いじわるな人に見られたら、一生いじられてしまう。
だからユータは、マルギットの見てるところに、なにか彼女が大声を出す原因があるのだろうと、知力1000000をもって推理した。
振り返って、マルギットの見ているものの正体をたしかめる。
そこにいたのは、ヒトガタのなにかだった。
ずいぶん綺麗な女の人みたいにも、見える。
でも、背中に、虫みたいな、薄くて綺麗な羽根が生えているので、そこらへん、あんまり人っぽくない。
あと、ちょっと浮きながら移動している。
人だったら、『浮くより歩く方が楽だし早い』という判断ができる程度の知能はあるはずなので、やっぱり、人じゃないのかもしれない。
そんなことより、おっぱいばかり、見てしまう。
大きいし、体のラインが浮きでるような、薄い服を着ているし、見ているユータは男の子なんだから、仕方ない。
きらきら輝くエフェクトが周囲に飛び交っているせいで、伝説に出てくる女神さまみたいにも、見えた。
「……気を付けて、二人とも。あいつは、あいつの基準で『脱ぎ散らかされている』と判断した服を、奪っていくの。普通に着てても、『脱ぎ散らかされてる』って、あいつの基準で判断されたら、むしりとられるわ。目を逸らしちゃ、だめよ」
目を逸らすなと言われたので、発言したマルギットの顔を見ることはできなかった。
でも、ずいぶん緊張しているのが、声だけでわかる。
「あいつは、なんなんですか?」
見た目はずいぶん綺麗な、ちょっと物理的に浮いている、おっぱいの大きい、女の人。
祈るように手を胸の前で組みながら、獲物を狙う獣みたいに、一定の距離をおいて、こちらをジッと見ている、そいつは――
「あいつは、『購買部』なの」
「……ええと……こ、購買部?」
「そうよ。かつてまだ、神さまが、この世界にいっぱいいた時――神さまだけが持てるお金と引き替えに、神さまがデザインした服を売る役割を持っていたのよ」
「……」
「でも、この世界は、ずいぶん前に、神さまの手を離れてしまったから、それから新しいデザインの服を仕入れられなくって、新学期前とか、夏の直前とか、キリのいい時期に、新しい服を求めて学園内をさまよう存在――」
「……」
「――そう、データにはあるわ」
「つまりなんなんですか?」
「『服を仕入れ、売る』という機能を持った、聖遺物なのよ。そう、データにはあるわ」
「どうにかできないんですか?」
「どうにかする方法は、データにはないわ」
「……」
つまり、シーズンごとにランダムで服を剥いでくる聖遺物とかいう危険存在らしい。
そして防ぐ手段はない。
購買部は動かない。
ただ、綺麗な顔で、ユータたちを見ているだけだ。
だから、ユータたちも、森でモンスターと出会った人みたいに、視線を逸らせず、動くこともできなかった。
しばし、緊張感のある沈黙があって――
購買部が、その美しい鳶色の瞳を、ユータに――ユータの背負った、ナナに向けた。
「――新たなデザインの衣装を発見しました」
耳ざわりのいい、落ち着いた声だった。
見た目も、声も、欠点というものがない。
「――カラー、ホワイト。デザイン、貫頭衣。レア度判定――――希少性高めと判断されます。対象の衣類をSSレアと決定。入学式衣装ガチャの目玉として購買部に並べることを決定します。確保のち、複製、染色による水増し。確保のち、複製、染色による水増し」
「あいつ、なにを言っているんですか?」
視線を逸らさぬまま、ユータは問いかける。
マルギットは――
「たぶん、神さまの言葉だと思うけれど……でもねシラギくん、『なにを言っているか』よりも知っておかなければならないデータがあるの」
「なんでしょう?」
「あいつが、ああいう、わけのわからない神代の言語を話し始めた時は――こちらに襲いかかってくる前兆だって、データにはあるわ」
マルギットがそう言った瞬間だった。
カッと目を見開いた購買部が、ちょっと浮いたまま、祈るように手を組んだ状態で、ものすごい速度でユータたちに襲いかかってきたのだ!