6話 天才、なだめる
「なに!? ここなに!? 裸!? わたし、裸!? なんで!? 出して! 出してよお!」
データ派のマルギットの言う通りだった。
ポッドの中で目覚めたナナは、ひどくおびえて、取り乱した。
なるほど、とユータは知的に状況を把握する。
ポッドっていうのは、まあるいけど、ちょっと細長い印象がある、金属の容れ物だ。
中はよくわからない紫がかった液体で満たされているのが、ポッドの外から見える。
ポッドの上半分が、透明になっているのだ。
中で異常が起きた時に、外にいる人がわかるように、そうなっていると、データ派のマルギットは言っていた。
でも、治療が終わるまで、中からも外からも開かないように、丈夫にロックされている。
だから、中の異常が外からわかってもあんまり意味がないと、頭の悪い人は思うかもしれない。
でも、ユータは知力1000000なので、『中の異常が見えた方が、なにかあった時、外の人が心の準備をできる』ということに、気付けた。
心の準備は、大事だ。
ナナはそんな風に、密閉された容器の中で、液体に漬けられている。
呼吸はできるみたいだし、しゃべってる声も、ちょっとエコーしているけど、よく聞こえる。
あたりにはたくさんの、中身のない同じようなポッドが並んでいる。
マルギットによれば、けが人が多い時期になると、あちこちで、中に閉じ込められた生徒が『怖いよ、開けてよ』とポッドを叩きまくるらしい。
今はナナしか利用していないので、比較的静かということになるだろう。
「ナナ、落ち着いて」
ユータはマルギットから『あの子が取り乱したらなだめてあげて』と言われているので、役割を果たそうと思った。
こういう時、女の子の裸の上半身を前にまごまごして、役割を忘れてしまうのが、普通の人かもしれないが……
ユータはあんまり平べったい体に興味がないので、きちんと、役割を思い出せた。
賢い。
「ナナ、君は、倒れて、今は、治療中なんだ」
「嘘よ! だってこれ、アレでしょう? あの、悪いことした時とか、大人に閉じ込められるアレでしょ!?」
「大丈夫だよ。そこにいたら、君の体の悪いのが治るって、マルギット先生も言ってたし」
「そのマル……がわたしを閉じ込めたのね!」
「そうだよ」
間違いではないので、ユータは認めた。
ナナは、がぁん! と強くポッドを両方の拳で叩いた。
「きっと、大人がわたしの賢さをねたんだのね……」
「違うよ」
「だって、なんにも悪いことしてないのに、閉じ込められたのよ! きっと、邪悪な誰かが、わたしを危ない人扱いして、こうしたに決まっているわ」
「違うよ。治療のためだよ」
「閉じ込めることが、どうして治療になるのよ!」
「この『回復用ポッド』は、そういうものなんだよ」
「ねえ、あなた……えっと……ユ……ユ……」
「がんばって」
「ユー……ユー! あなた、おどされて、そう言っているだけなんじゃないの?」
「違うよ?」
「ほんとうに? あなたの後ろで、大人が、武器とか持って立ってたりしないの?」
「誰もいないよ」
「わたしを閉じ込めたやつも?」
「マルギット先生は、晩ご飯を食べに行ったよ」
「ご飯!」
その時、ナナのお腹が、『きゅーきゅるきゅる』という音を立てた。
賢いユータは、すぐに察する。
「ナナ、お腹が空いているみたいだね」
「そういえば、ぺこぺこだわ。今にも倒れそうなぐらい」
「さっき倒れたんだよ。だから、マルギット先生に相談して、今、治療中なんだよ」
「……? ねえ、あなたの口ぶりだと、その『先生』が、わたしを治療するためにこの狭い場所に閉じ込めたみたいに聞こえるんだけれど」
「そうだよ」
「マルちゃんはいい人なの?」
「いい人かはわからないけど、医務室の先生だよ。ナナが倒れたから、相談したら、治療のためにポッドに入れてくれたんだ」
「ちょっと待ってて。今、状況を整理するわ」
ナナはしばらくうつむいて、考えこんだ。
それから、難しい顔をして――
「よくわかんない……」
「……」
「でも、あなたがおどされてるんじゃなくって、よかったわ。だって、あなたはわたしの手下だものね。ご主人様のわたしのせいで、あなたが危険な目にあってるのは、わたし、たえられないわ。だって、手下は守るものなのに、わたしのせいで手下が危ないなんて、おかしいものね」
「僕は大丈夫だよ」
「ほんとうね? 痛いことされたら、わたしに言うのよ。仕返ししてあげるんだから」
「ありがとう。でも、ほんとうに、大丈夫なんだよ」
会話をしていると、『ぷしゅう』という音を立てながら、ポッドの前面が横にスライドした。
いつの間にか紫色の液体はなくなっていて、全裸のナナがそこに立っているだけだった。
「そういえば、わたし、なんで裸にされてるの?」
「必要なことだったみたいだよ」
「……わたし、このポッドってやつ、嫌いかもしれないわ。なんで裸なのよ。恥ずかしいでしょう」
「あ、でも、大丈夫だよ。君の服を脱がせてポッドに入れたのは、マルギット先生なんだ。マルギット先生は女性だし、僕は君が服を脱ぐところは見てないよ」
「そうなの? なら、大丈夫かもしれないわね。ところで、わたしの服は?」
「……君を脱がせたマルギット先生が、どこかに置いたんだと思うよ」
「その『どこか』は『どこ』なの?」
「わからない」
近くにはない。
ポッドの横には脱衣かごみたいなものもあったけれど、そこにはなかった。
「マル先生とかいう人が、ご飯に持っていったのかしら」
「ご飯に、君の服を持っていくの? ちょっと理由がわからないけど……」
「世の中、理由がわからないことは、いくらでもあるわ。わたし、寝る時にぬいぐるみを抱くけれど、ぬいぐるみ抱かない派からすれば、きっと理由がわからないと思うもの」
「そうだね」
「そのマル先生が『女の子の服を持っていないとご飯がすすまない人』である可能性も、頭がいいなら、考慮すべきだわ」
「そうだね」
「でも、このままだと、知らない人に裸を見られちゃうし、寒いし、困ったわね……」
「…………」
ここで頭のいいユータは『そういえば僕が裸を見てしまっている』と気付いた。
でも、それを言ったらナナがかわいそうだったので、黙っておいた。
知力1000000の判断だった。
「あ、思いついたわ。あっちの方にいっぱいベッドがあるでしょう?」
「あるね。医務室だし」
「ベッドがあるということは――シーツがあるはずだわ」
「そうだね」
「服が見つかるまで、シーツでうまいことやるのよ」
「なるほど」
「どう? 見事な発想力だと思わない? わたし、一番でしょう?」
「うん。見事だ」
「じゃあ、シーツを着るから、見ないでね」
「わかったよ」
ユータは目を閉じた。
どうやらそのあいだに、てきとうなシーツを引っぺがして、ナナは着替えたようだった。
「いいわよ」
「……シーツ、切っちゃったの?」
ナナはシーツのまんなかあたりに穴を空けて、そこから頭を出していた。
賢いユータは、ああいう衣装が『貫頭衣』と呼ばれるものであることを知っている。
「うまく結ぼうと思ったんだけど、わたし、布とか結ぶの、あんまり上手じゃないの」
「そうなんだ」
「それで、これからの方針を発表するわね」
「うん」
「マル先生をさがすわ。そして、わたしの服を返してもらうの」
「そうだね。それがいい」
『普通に医務室内をさがしてみる』という手段は、言うまでもなく、取り得ないようだった。
室内をさがしまわるより、服を隠した本人に隠し場所を聞く方が効率的であると、国家の頭脳エリートに分類される彼らは判断したのだ。
慧眼である。
「でも、わたし、マル先生がどこにいるのかわからないから、とにかく心当たりを回ってみましょう」
「わかったよ」
「あら、手下の自覚があって偉いわね。いちいち『ついてきなさい』って言う手間がなくって助かるわ」
「まあ、君の服のゆくえまで気が回らなかった僕も悪いかなって、思うしね。てっきり近くの脱衣かごか、そうでなくってもわかりやすい場所にたたんで置いてあると思ってたから……」
「つまり、なんなの?」
「付き合うよ」
「そうね。そうしなさい。じゃあ、まずは、わたしをおんぶして」
「なんで?」
「靴もないの。裸足でお外を歩き回るなんて、足の裏が汚れちゃうでしょう?」
「なるほど」
「それに、犯人のマル先生は『ご飯』に行ったんでしょう? ということは、ご飯が出てくる場所をさがす可能性が高いわ。ご飯が出てくる場所に、汚れた足の裏で踏みこんだら、怒られちゃうじゃない。なるべく綺麗にしておきたいし、やっぱり、おんぶしてもらうしかないわ」
「たしかに」
「……ふふ。あなた、これだけ長い話を、きちんと理解したのね。やっぱり、わたしが見てきた人の中でも、かなり、頭がいいわ」
「そんなことないよ」
「けんそんしなくて、いいのよ。……あなたぐらい頭がよかったら、『手下』じゃなくって、お友達になれるかもしれないわね」
「……そうなると、いいな」
「ええ。でも、あなたがわたしと対等でも、わたしが一番よ」
「わかったよ」
「じゃあ、ユー、おんぶして」
ユータはナナに従った。
こうして、服を取り返すためのちょっとした冒険が始まる。