37話 学園生活に大切なこと
「そうか、そうか。行方不明の彼女は見つかったのか。よかったのう」
学園長室に通されたユータは、メイと二人で色々なことを報告していた。
かつて、メイ発見時にこの部屋にいた時、メイはユータにぴったりと抱きついていた。
今は適切な距離をとって、二人並んでソファに座っている。
「検索しなおしたら、ワシのほうも彼女を発見できたぞい。たしかに、今年入学しておる。さっきは見つからなかったようじゃが……ま、使い魔にもミスはあるのじゃろう」
「それはたぶんストーリー側からの介入があったのだと思われる。わたしが『行方不明』になって『主人公に捜索される』というイベントがあったから」
「…………なにやら頭のよさそうな言い回しをする子じゃのう」
「……」
メイは微妙な表情を浮かべていた。
学園長との会話は――というかだいたいの人との会話は、それぞれに独特なタイミングが存在する。
慣れるまで時間がかかるのだ。
「それにしても、さすが、シラギくんじゃのう。知力1000000の少年じゃ。使い魔でさえ見つけ出せなかったこの子を、あっさり見つけてしまうとは……恐るべき知力――あっ」
学園長がちらりとメイを見る。
その顔には『やべえ、やっちゃった』という感じがものすごい。
そうだ、知力1000000なことは秘密だったのだ。
ユータの知力は、人には30ぐらいと言うことになっている。
「ワシとしたことが、リスクヘッジを忘れておった……使い魔にもミスはある。当然、ワシにもミスはある……ワシの知力ならばその程度のことはわかっておったのに、やってしもうた」
「彼の『知力1000000』の件だけれど、それもたぶん、なんらかの介入というかエラーがあって――」
「君、ええと、名前は、なんじゃったかな?」
「……メイでいいわ」
「メイくん。君、ちょっと、早口すぎると怒られたことはないかのう?」
「……」
「いいかい、君にそんなつもりがあるかは、わからんが……早口でいっぱい言われると、人は馬鹿にされているように感じるものじゃ。他者に、特に知力が低い者や、ワシのような年寄り相手に話す時には、ゆっくり話さねば、ならんぞ」
「……わかりました」
「うむ、うむ。それで、なんの話をしようとしたんじゃ?」
「……なんでもありません」
「そうか。そうか。まあとにかくじゃ。君もずいぶん知力が高そうな印象を受けるが、この学園で学んでいく以上は、馬鹿との付き合い方を学ばねばならんぞ。なにせ、世界は馬鹿ばかりなのじゃからな」
「…………」
「知恵者は独走してはならん」
「……」
「世界を進めるのは賢き者かもしれんが、世界を維持するのはその他大勢の、普通の者なのじゃよ。普通の者に理解されぬ賢者は、進んだあとの世界で生きてはいけぬ。わかるかのう?」
「……なんとなく」
「そうか、そうか。ワシもなんとなく話しておる。こういうのは、それっぽい『おお……賢そうなことを言っている』という感じがあれば、それでよいのじゃ」
「……」
「君は生きていく」
「……はい」
「うむ。それは、一人では成しえぬことじゃ。……ああ、いや。君たちにはもっと詳細に説明してもよかろう。人は一人で生きていける。しかし、一人きりの人生は苦しい」
「……」
「食堂とかで料理を食べられるほうが、自分で作るより簡単じゃろう? 材料だって、自分で育てるより、育ててもらったものを食べるほうが、簡単じゃ。一人で生きていくというのは、生きるためだけに力を費やさねばならんということじゃ」
「……そういうレベルの話なんですか?」
「どういうレベルかのう?」
「……てっきり『友達を作れ』とか言われるものかと」
「おお、友達か。ワシにはよくわからん。ワシは頭がよすぎて、友達などおらんかったからのう」
「……」
「それでも今、生きておる。そこはまあ、各自好きにしたらよい。君が友達を必要だと感じたら作ればよいし、不要だと思えば、いなくとも生きていける。ただ、自給自足は疲れるから一人で生きるのはきついぞというだけの話じゃな」
「……」
「まあ、ワシのテキトーなそれっぽい話で、君がなんらかの教訓を得たならば、それはよいことじゃ。ワシもおごそかっぽく話したかいがある。……ともあれ、『周囲』を大事に、歩調を合わせて生きることじゃな。楽に生きたければ、それが一番じゃ」
「……」
「楽に生きれば、好きなことに費やす時間も多くとれるじゃろう。人生の楽しみは、そういうもんだということじゃな。そのために、君は周囲との上手な付き合い方を学ばねばならん。学園という組織の役割は、たぶんそれだけじゃ」
「……勉強は?」
「あんなのついででよい。教えている側もよくわかっておらん」
「……」
「興味があれば勝手にその道に進むじゃろう。学園の役割が『人付き合いを覚える』こと以外にあるとすれば、それは『色々な知識を浅く紹介されて、自分の行く末を決める』ぐらいのもんじゃな」
「……」
「まあ、ともあれ――ワシは君を生徒として迎え入れよう。おそらく異存のある者もおるまい。君は頭よさそうじゃからな」
「知力測定なんかはしないのですか?」
「あれは年度のはじめにおこなうものじゃ。今するものではない」
「……編入とかどうしてたんですか?」
「ない」
「……」
「しかし君は、編入ではないぞ。なにせ、今年度入学したと記録にあるからのう。そして過去のワシが君をFクラスと判断したということは、君には、Fクラスに入れるぐらいの知力はあるということじゃろう」
学園長は白いヒゲをなでつつ、満足そうにうなずいた。
頭のいい人は、たとえ過去に自分がなぜその判断をしたか覚えていなくとも、自分の決定には自信を持っているものなのだ。
「というわけで、ようこそ、オーリック魔法学園へ。我が園は君の青春を適度に補助しよう」
「……」
「あんまりアレコレ世話をやかれすぎてもつまらんじゃろう? 自分で考え、自分で楽しみなさい。それが、神様の奉仕種族から一歩だけ進化したワシらの生き方じゃ」
メイはしばし無言だった。
でも、ユータのほうを見て――
「生きていくって大変ね」
ため息をつきながら。
でも、ちょっとだけ笑って、言った。