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31話 床とはなにか? 2

『アリーナ』と呼ばれるのはドーム状の広い建物で、内部では魔法を使っていいことになってる。

 他の場所はダメだ。


 もしユータがこのルールを知っていれば、『新学期最初に担任と化したマルギット先生が天井を吹っ飛ばしたのはいいの?』と疑問を抱いただろう。

 今は終わってしまったことなので、よかったのか、悪かったのか、その真偽は定かにできない。

 突っこみも疑問も、抱くべき時に抱けないと、あとでモヤモヤすることになる――ユータはそのように学んだ。


 アリーナはものすごい悲鳴がものすごい。


 たしかに床がはがれてそこらを飛び回っていた。

 でも、まあ、床だと言われれば床なんだろうけれど、飛び回るものを床と呼ぶのはユータにとって納得できるものじゃないし、飛んでる時点で『床』よりも『タイル』と呼びたくなるのがユータの感性だ。


 タイルが飛んでいる。

 高速回転しながら、アリーナの中をぐるぐるしている。


 何人かの生徒たちが魔法や剣で応戦しているけれど、さすが『魔法を使っていい空間』のタイルは強い。

 魔法を弾く。


 そして『暴れてもいい空間』のタイルだけに、丈夫だ。

 剣が通らない。


 結果としてタイルに突撃を喰らった生徒たちは、青白い光に飛ばされ、どこかに転送されていった。

 どこに行ったかはわからないが、このあと行方不明になられると後味が悪いなあとユータはアリーナ入口でのんびり思った。



「やっぱり床が犯人なんだわ……」



 なぜか一緒についてきたナナは、震えながらそう言っていた。

 ユータは現場を見てようやく状況がわかったので、使い魔で学園長に連絡した。



「学園長先生、これ、僕はどうしたらいいんでしょうか?」

『ホッホッホ。シラギくん、それは、ワシに聞くことではないぞ』

「いえ、でも……」

『君が、ワシに指示を出すんじゃ。なにせ、君は賢いからのう。さて、ワシはどうしたらいい?』

「……まず、原因はわかっているんですか?」

『うむ。誰かがな、間違えてアリーナの難易度を上げてしまったようなのじゃよ』

「難易度?」

『アリーナは生徒が己を鍛えるためのものじゃ。そこでは、訓練がおこなえる。生徒たちは適性難易度で訓練をしていたようなのじゃが……誰かがな、難易度を上げてしまったのじゃよ』

「上がった難易度を下げれば解決するんですか?」

『いや。一回クリアせんと、下がらんぞ』

「……『クリア』っていうのは?」

『床が飛んでいるじゃろ?』

「タイルですね。床は悪くありません」

『ふむ、そうか。では、賢い君の言う通り、タイルとしよう。タイルが飛んでいるじゃろ? それをすべて破壊すれば、クリアなんじゃな』

「でもアレ、魔法とか剣とか弾いてますけど」

『防御力が高いんじゃ。必要なのはテクニックより威力じゃな』

「僕の魔法でどうにかなりそうですか?」

『たぶん、ならんじゃろう』

「どうして?」

『そこは剣術とかを鍛える場所じゃ。まあ、生徒たちは、好き放題魔法をぶっ放す遊びがお気に入りのようじゃが……基本的に、魔法はアリーナ内側の壁や床にはきかん』

「手詰まりじゃないですか」

『そこで、君の知力じゃよ』



 知力は万能ではないと痛感させられる。

 しかし、このままでは床が悪いものとしてみんなの記憶に刻み込まれてしまう。

 飛び回っているアレ、実際はタイルだと思うのだけれど、みんな『床』という認識だろうし。

 床とともに育ち、今も長い時間床を踏んでいるユータは、床の名誉を守りたいと思った。



「と、とりあえず剣で挑んでみます。えっと、ちなみにですけど、アリーナでやられて消えた人は、どこに出るんですか?」

『……アリーナでやられて消えた?』

「アリーナで攻撃を受けるじゃないですか」

『うむ』

「それで、すごい攻撃を受けると、消えるじゃないですか」

『……ああ! その子らはな、HPがゼロになって、リタイアし、スタート地点に戻されたんじゃよ』

「スタート地点?」

『アリーナ入口じゃな』

「……全員スタート地点に戻されたらどうなりますか?」

『訓練は終わりじゃろうな』

「……」



 ユータは今も逃げ惑い、あるいは抵抗する生徒たちを見た。

 思いついたことがる。

 さすが知力1000000だ。


 でも、抵抗があった。

 賢くない人は、賢い人を、冷徹で人間味がないかのように思うことが多いけれど、賢い人にだって、人間味ぐらい、あるのだ。

 ナナみたいに、髪の毛を感情に合わせて動かすような違った生物でない限り、賢かろうが、賢くなかろうが、人間には、人間味があるものだ。


 ユータは迷った。

 このままだと、床が悪者だ。

 しかし、床は悪くない。

 温かいものなのだ。


 みんな、普段から当たり前に足もとにあるから、うまく認識できないけれど――

 床がなければ、夜とか、足が寒いだろう。


 床の肩を持っている、と言われた。

 そうかもしれない。

 もしユータが生まれた時、床が存在しなかったら――赤ん坊ユータはきっと、硬い地面に落ちて命を失っていたかもしれないのだ。


 もしくは床がなくて、足もとが全部どこまでも続くような穴だったら?

 人類は滅びていることだろう。


 そうだ、床に救われた命がここにある。

 ならば今度は、自分が床を救う番なのだろう。



「ナナ」



 呼びかける。

 ナナはガクガク震えて飛び回る床を見ていた。



「な、なに……? ユーも恐いの? いいわよ、わたし、親分だものね。わたしは恐くないわ……わたしに任せなさい」

「ナナ、少し、目を閉じていてくれないか?」

「……いいけど、な、なにをするの? 目を閉じてるあいだに、わたし、床に襲われない?」

「床は人を襲わない。アレはタイルだよ」

「でも床じゃない!」

「ナナ。目を閉じて」

「なんで!? この状況でなんで目を閉じる必要があるの!?」



 説得がめんどうだったので、ユータは左手でナナの目をふさいだ。

 そして右手で、ナナに魔法を撃った。

 青白い光に包まれ、『HPがゼロになった』ナナが消えていく。



「……全員やって、僕も、やられなきゃ」



 死なないとわかっていても、人を攻撃するのはけっこうやなものだ。

 でも、さっさと全員リタイアさせないと、床の評判はどんどん落ち続ける。


 いやでも、やらなきゃいけないことが、ある。

 ユータは一つ大人になった気持ちだった。

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