表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/37

3話 天才、宿舎に案内される

「ここが『Fクラス』に所属する子たち専用の宿舎じゃな。今日から君には、ここで暮らしてもらう」



 学園長の示した先には、オンボロの一階建て木造建築があった。

 壁に穴が空いていたり、周囲にゴミが散らかっていたりする。


 もちろん、学園全体がこんな様子なのではない。

 ここは『国のエリート』を育てる全寮制の学校なので、予算は潤沢に使われている。


 真っ白な石畳で舗装された道――

 宿舎の集まった区画から、校舎のある区画まで綺麗に並べられた花壇――

 広場には噴水もあった。

 建物自体だって、だいたいが石造りで、ぴかぴかしている。


 だからこの、ゴミだめみたいなところに『ぽつん』と建っている『Fクラスの宿舎』だけが、異常なのだ。

 爽やかな昼の日差しを受けているのに、瘴気みたいなものでよどんで見える。



「あの、学園長先生、質問よろしいでしょうか?」



 ユータが問いかける。

 学園長は、ちょっと身構えた。

 ユータの質問は、学園長の知力ステータスをもってさえ、ちょっと難しいものが多いのだ。

 さすが知力1000000である。



「なんじゃね、シラギくん。お手柔らかに頼むよ」

「この学園は、『国家の知的エリートを育てる学校』ですよね?」

「そうじゃな」

「この学園に集められる生徒は、最高のSクラスから、最低のFクラスまで、『国中から選りすぐられたエリートたち』なんですよね?」

「……すまんなシラギくん、もちっとゆっくりしゃべってもらえんかのう? ワシの知力は100と少しあるが、なにぶん、年寄りでのう。君の言葉をかみ砕くまで、ちょっと、かかるのじゃよ」

「……ええと……この学園の生徒は、みんな頭がいいんですよね?」

「うむ。そうじゃな」

「その『頭のいい生徒』であるはずのFクラスを、いくら学園内での順位が低いとはいえ、ここまで差別的に扱う必要はあるんですか?」

「…………さべつてき?」

「だって、こんなオンボロなの、Fクラスの宿舎だけじゃないですか。他の建物は、なんか、ピカピカしてましたよ」

「うむ。毎日、掃除をがんばっとるからの。しかし、Fクラスだって、掃除をがんばっとるはずじゃ。ピカピカでないからといって、Fクラスのみんなを責めてはならんぞ。がんばりだけではどうしようもないことも、あるからのう」

「そうではなく……」



 ユータが自分の額を人差し指で小突くような動作をした。

 たぶん、考え事をしているのだろう。

 なるほど、知力1000000は考え事をする時こんな動作をするのか、ワシも次からやろう――学園長はひそかにそう決めた。



「学園長先生、なぜ、Fクラスはこんな、『がんばりだけではどうしようもない状況』になっているのでしょうか?」

「いや、がんばれば、Fクラスから抜けることは、できるぞ。ステータスは、生き方や鍛え方によって、いくらでも伸びるからのう。伸びたら、上のランクになり、上のクラスに行ける」

「そうではなく……『Fクラスから抜ける』とかではなくって、Fクラス自体の現状についてうかがっているのですけれど」

「むむむむ……」



 学園長はうなるしかできなかった。

 どうにも、論旨をつかめていないようなのは、学園長だって、賢いから、わかる。

 でも、ユータがなにを言おうとしているのかが、全然わからない。



「すまんがシラギくん、君の知力は、ワシの一万倍……いや、九千何倍かあるのじゃ。己で言うのもどうかと思うのじゃが、君からすれば、ワシは『バカ』ということになる」

「いえ、その……」

「まあまあまあ、聞きなさい。ワシは君の知力が本来1000000あることを知っておるし、この国で一番……いや、君の次に知力のステータスが高く、『至高の賢者』というあだ名で呼ばれておる。じゃから、君が『なにか頭のいいことを言っている』のは、わかる」

「はあ……」

「しかし、君の知力ステータスを知らなければ、今の君の一連の発言は、『なにかおかしなこと言ってる人がいる』としか思われんのじゃぞ」

「……そうですね。はい。おっしゃるとおりです」

「そうじゃ。わけのわからないことを、早口でまくしたてられても、たいていの人は『こいつは、きちがいなんだろう』としか、思わぬものじゃ」

「……なるほど」

「Fクラスで、君はステータスを偽って過ごすこととなるのじゃ。知力30程度と思われている状況で、君が今のような発言をしたならば、きっとクラスのみんなは『なんか気持ち悪い』としか思わんじゃろう」

「……そうかもしれません」

「それにじゃ。君のステータスを知っている教師たちの中でさえ、素直に君の賢さを認めぬものがおる。ステータスを測る機材と、測った者の失敗を疑っているものも、おるのじゃ。気を付けて付き合わねばならんぞ。今みたいな早口で難しいことばっかり言うのは、よくない」

「まあ、ステータスが間違いなんじゃないかとは、僕も思いますけど……」

「いいや、入学審査は、みな、がんばって準備しとるんじゃ。失敗はない」

「『がんばりだけではどうしようもないこともある』と、先ほどおっしゃっていたではないですか」

「それはそれ、これはこれじゃ」

「……」



 ユータは全然納得していない顔だった。

 学園長はため息をつく。


 学園長も、頭のいい人生を送ってきたから、わかるが――

 頭がいいと、『理論で説明できないことはあり得ない』と思いがちなのだ。


 世の中、そうでもない。

 人の世界はもっと非合理的で、理不尽で、理屈通りにはいかぬものだ。

 やはり、彼には『経験』が不足している――学園長は改めて、そう思った。



「シラギくん、Fクラスに所属したあと、ワシは、君を特別扱いはせんぞ」

「それは別にかまいませんけど……」

「君は己の力だけで、Fクラスに居場所を見つけ、バカたちと――君から見ればバカな同年代の少年少女と、うまくやらねばならん」

「……はい」

「なにか困ったことがあれば、いつでも言いなさい。ワシが力になろう。特別にな」

「……あの、『特別扱いはしない』のでは?」

「こっそりとなら、いいじゃろう」

「……はあ」

「ワシは君を、実の孫のように思っておるからのう」

「え……なぜ……?」

「君は賢い子じゃからな」



 バカな子ほどかわいくないものだ。

 子供は賢い方がいい。


 学園長はその優れた知力で、今までさんざんバカの相手ばかりしてきたので、なるべくバカとはかかわりたくないと強く思っていた。

 だから、賢い子とは可能な限り仲良くしたいのだ。

 なので孫扱いだ。

『仲良くしたいから孫扱い』という『どうしてそうなるのかわからない、一見して連続性を欠くように見える論理』に、学園長の高い知性がうかがえる。



「……なんだかよくわかりませんが、格別のご配慮、痛み入ります」

「うむ……気にすることは、ないぞ。それでは、ここからは、君一人で進むのじゃ。学生寮の中までワシがついていっては、特別扱いがみんなにバレてしまうからのう」

「はあ……」

「困った時は、『ウィスパー』の魔法で、ワシの頭に直接語りかけなさい。君との回線(チャンネル)はいつでもつないでおくからのう。まだ魔法は習っておらんじゃろうが、通信魔法の使い方は、入学案内に書いてあったじゃろ?」

「あ、はい。通信魔法だけなら、覚えました。重ね重ね、お気遣いありがとうございます……」

「まだ入学式前じゃから、Fクラス全員が宿舎にいるわけではなかろうが……お友達ができるといいのう」

「はい」



 ユータは強くうなずく。

 学園長は、思わず微笑んだ。


 だって、知力1000000の彼がなにを考えているのか、今まで全然わからなかったけれど――

 その力強い首肯には、ようやく『友達がほしい』という、彼の本心が見えた気がしたから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ