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27話 一番の子、ミステリーに出会う

 左を見ろ。

 右を見ろ。

 上を見ろ。

 下を見ろ。

 床です。



「これはミステリーだわ」



 これからご飯に行こうっていう夕方に、いきなりそんなこと言われても、困る。

 シラギ・ユータの知力は1000000もあったけれど、今はお腹も空いているし、そもそも『そろそろご飯行かない?』と誘おうとしていたところだったし、人の考えていることが全部わかるわけじゃないのだ。


 わからないことは、たくさんある。

 たとえば、目の前の、ナナのツインテールが、触ってもないのに上下にぴこぴこ動くのとか、意味わかんない。


 でもユータは知力が1000000もあるので、『推理』っていうことが、できる。

 たぶん、目の前にいるちっちゃい子のツインテールが、感情に合わせてるみたいにぴっこぴっこぴょんぴょん動くのは、人種が違うからなんだろうなあと、思っている。


 だって、ちっちゃいから。

 同じ学園に通う、同じFクラスの一年生で、宿舎では毎日すぐ隣で寝ている。


 同じ一年生ってことは、同じ年齢の可能性が高い。

 ユータは、同い年の異性と毎日枕をならべていたら、ドキドキしたりするものだと、予想していた。


 でも、そうはならなかった。

 Fクラス宿舎は仕切りとかないから、基本的にみんな好きな場所に毛布を敷いて好きに寝てるんだけれど、ナナの寝相が悪くて転がってきたり、寝てる時に毛布をはがしたり、パジャマをはだけたりしても、全然ドキドキしない。

『お腹冷えるよ』と思うだけだ。


 ユータは自分を年頃の男の子だと思っている。

 そしてナナは、年齢だけなら自分と同じ、年頃の女の子のはずだ。


 だっていうのにこうまでドキドキしないのは、たぶん、ナナが生物として違うものだからだろうと、ユータは知力1000000で推理したのだ。



「これはミステリーだわ!」



 ナナは、反応がないからだと思うけど、ちょっと声を大きくした。

 まわりにいた同じクラスの生徒たちがちらりとナナを見たけど、人が突然大声をあげるのは珍しくもないので、みんなそれぞれ会話に戻っていく。


 でも、Fクラスの空気じゃなかったら、『なんだ、突然大声を出して』とかナナが怒られる可能性もあったのだ。

 ユータは考えごとをするとまわりのこととかどうでもよくなる感じだったので、気を付けなきゃいけないなあと思った。



「なにがミステリーなの?」

「あのラクガキ見てよ!」



 ナナは、Fクラス宿舎の壁を指さした。

 けっこう高い位置に、ラクガキがしてある。


『左を見ろ』。


 普通、気付かない。

 ちっちゃくて、いつでも人を見上げているナナの首の角度だから発見できたんだろう。



「ラクガキがどうしたの?」

「いいから、ラクガキの言う通りに左を見てみて」



 しばらく首を左に動かすと、けっこう距離をあけて、『上を見ろ』ってあって、そのさらに左に『右を見ろ』という文字があった。たぶん書いた人は『右を見ろ』のあとに『上を見ろ』をさせたかったんだと思う。

 ユータは知力1000000だから、ここで『見たよ。右を見ろって書いてあった』と答えたら、また『ラクガキの言う通りにして』と言われるのが予想できた。


 だから、先にラクガキにある通り、右を見た。

 そしたら次は『上を見ろ』ってあったから、天井を見たら、『下を見ろ』ってあった。

 下を見た。

 床に、『床です』と書いてあった。



「床だね」

「そう、床なのよ。おかしいと思わない?」



 ナナに言われたので、ユータは自分が立っている床を見てみた。

 床だ。

 体重移動をしただけでギシギシいう薄っぺらい木製の床だ。

 地面に足がつかないようにはなってるし、床の役割は果たしていると思う。不自然なほどじゃない。


 だけれどナナは『おかしいと思わない?』と聞いてきた。

 なにかあるのかもしれない。

 ユータは知力1000000だったけれど、自分がなんでもかんでもわかっているだなんて思っていないのだ。ナナは『なんでも自分が一番』を名乗る親分だし、自分とは性別も身長も体重も考え方も、なにより生物として違う。

 だから自分のわからない視点からものを考えているんだろうとユータは思い、ちょっと考えてみることにした。


 まず、床とはなんだろう?

 ユータはこれまで、床について大して考えたことがなかった。

 だって、見下ろせばそこにある。

 生まれた時から足もとにあるのだから、いちいち『床』というテーマで思考することなんか、ない。


 でも、よく考えてみたら、床ってすっごい不思議な存在だ。

 だって地面との違いがよくわからない。


 ユータのいる学園では、床だろうが地面だろうが、どっちも靴を履いたまま踏むのが普通だ。

 だって靴を脱いだり履いたりするのは、とっても難しい。

 室内に入るたびに靴を脱がなきゃいけないっていうのは要求知力がすごく高くて、そんな環境で暮らしていたら、頭がおかしくなってしまう。


 そうだ、今、無意識に『床は内、地面は外』というように考えていた。

 ということは、床と地面の違いの秘密は、足の下ではなくって、頭の上にあるのかもしれない。

 つまり天井。

 頭上に天井があったなら、それは床であって、地面じゃないのだ。


 でも違和感がある。

 たとえば砂場の上に屋根だけ作って『はい、この下は床です』って言われたら、すごくモヤモヤする気がするのだ。

 床は、なんていうか、『床!』ってしててほしい。


 じゃあ『床! ってする』ってなんだろう?

 ユータは今までの人生で床とどうやって付き合ってきたのかを思い出し始める。


 彼が床と最初に付き合い始めたのは、物心ついたころ――

 故郷の村で過ごした、幼い日々のことだ。

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