20話『メインヒロイン』
「うーむ、困ったのう……」
学園長はうなっていた。
だって、すごい、困る。
『モンスター襲来』は、どうにかなった。
さすが、知力1000000の、シラギ・ユータだ。まかせてよかった。
プラントは壊れちゃったとか言われたけど、別になんともないし、まあ、壊れちゃったとしても、来週には直るし、べつにいいって、思う。
だけど、困る。
「シラギくん……その子は、魔力プラントで拾ってきたのかね?」
学園長の立派な部屋には、ユータと、真っ白い女の子がいた。
女の子は最初、全裸だったけど、全裸はよくないので、服を、着せてある。
たくさんあるから、学園の制服の、ブレザーだ。
「はい。なんか、いたもので……」
ユータは困ったように笑っている。
ふかふかのソファに座ってるんだけど、そのユータの腕には、白い女の子が、からみつくように、腕を、からみつくようだった。
からみついているので、嬉しいけど、困る。
この部屋にいる人は、みんな困ってる。
困ってなさそうなのは、きょとんとしてユータを見つめる、真っ白い女の子だけかも?
「うーむ……その子っぽい見た目の子は、うちの生徒にはおらんのじゃ……生徒じゃない子を、勝手に連れて来たら、誘拐じゃぞ」
「でも、魔力プラントに落ちてたんです……信じてください。さらってません」
「君の言うことならば、信じる。信じるが、信じるのと、困るのは、また別じゃ」
「はい……」
「うーむ……どうしよ、ほんと……ワシ、困る…………よし、決めたぞい」
「学園長先生、この子をどうするおつもりですか?」
「君に任す」
「……ええと」
「ワシでは、どうしたらいいか、わからん。でも、君なら、だいじょうぶじゃろ。君は、知力が1000000もあるのじゃから、きっとなんとかできる。君に頼らない手はない、ということじゃな」
学園長は確信していた。
だって、今回の『モンスター襲来』だって、ユータにまかせたら、いけたし。
たぶん、なんかあっても、ユータなら、いける。
学園長は、頭がいい。
だから、『ユータに任せる』という、自分の判断に、すっごい自信があったのだ。
「なにかあれば、ワシも、がっつり力を貸すぞい。でも、なにをしたらいいか、ぜんぜん、わからん。だから、なにをするかは、君が、決めてくれ」
「……わかりました、そういうことなら……」
「うむ」
ユータも承諾してくれたし、もう、だいじょうぶだ。
だって知力1000000だもの。
賢ければ不可能はないって、学園長は賢いから、知ってるのだ。
「それにしても、なにか、うーむ……」
「どうしました、学園長先生……」
「いやな、君の腕にべったりくっついておる、その子を見て、なにか、思い出しそうなんじゃが……」
「この子のこと、わかるんですか? ……最初に倒れてる時には、口をきいてくれたんですけど、今はぜんぜん、しゃべってくれなくって、名前もわからないんです」
しゃべってくれないのだ。
でも、ユータのことが嫌いだから、しゃべってくれないわけじゃ、ないっぽい。
嫌いな人の腕に、べったりとくっついたりしない――知力1000000もあると、人の心のことだって、すごくわかるのだ。
知力って、すごい。
「うーむ、うーむ……あ、そうじゃ。思い出せんなら、検索すればいいんじゃな」
「検索?」
「うむ。君にはまだ渡しておらんが、使い魔には、検索機能もあるんじゃ。なんか思い出せないような言葉でも、聞けば、教えてくれる」
「使い魔ってすごいですね」
「うむ。君も、もうじきもらえるぞい。……さて、では、コホン。あーあー、使い魔よ。『落ちてた女の子を拾ったらものすごく懐かれたけど、こういう子をなんと言う?』」
ウィンウィンと、学園長の鳥型使い魔から音がする。
そして――
『――検索の結果、「メインヒロイン」という単語がヒットしました』
「おお、それじゃ、それじゃ」
「学園長先生、メインヒロインってなんですか?」
「うむ。思い出したがの、はるか昔、ワシらがまだ『NPC』と呼ばれ、神さまに奉仕するだけの種族だった時代のことじゃ……神さまにもっとも愛されたNPCは、『メインヒロイン』と呼ばれたんじゃな」
「神代の話ですか……学園長先生は、神代のことにもお詳しいんですね」
「うむ。まあ、知力100と少しあるし、なにより、年季が入っておるからのう」
「なるほど」
「メインヒロインは、空から降ってきたり、地面に落ちていたりして、拾った相手に、ひどく懐く性質がある……というようなことを、古代文献で読んだ気がするのう。まさに、今君に懐いておる、その子のようにのう」
「でも、僕は神さまじゃありませんよ」
「メインヒロインは相手を選ばんのじゃろう。拾ってくれた相手になら、誰にでも懐く……そういう公平性があるのやもしれぬ」
「なるほど」
「ちょうどよい。名前もわからんし、しばらくは『メインヒロインちゃん』と呼ぶことにするかのう」
「でも、学園長先生、あんまり名前が長いと、覚えてもらえません。名前を覚えてもらえないと友達ができなくって、彼女がかわいそうです」
「ふむ。では、どうするね?」
「『メイ』でどうでしょう? そのぐらいの文字数なら、僕のクラスメイトでも、覚えられるみたいですし」
「なるほど、さすがじゃな。では、その子は『メイ』として、君のクラスに入れるように、手続きしておこう。ワシの知能がな、『同じクラスの方がめんどうがみやすい』と、素晴らしい答えを導き出したんじゃ」
「なるほど。さすがです、学園長先生」
「ほっほっほ。君に褒められると、嬉しいのう」
学園長は嬉しそうに白いヒゲをなでた。
やっぱり、頭のいい人の褒め言葉は、心に響くのだ。
ユータはメイの方を見る。
赤くって、大きい目が、じっとユータを見ていた。
「君はこれから、『メイ』だよ」
「…………め」
「……」
「め、い。……ワタシ、メイ」
「学園長先生、しゃべりましたよ!」
「ほっほう! これは、すごい! 知力が、10はありそうじゃな!」
世の中、まともにしゃべれない人も多いから、名前っぽい単語を言われて、すぐに自分につけられた名前だってわかるのは、けっこう、すごいのだ。
あるいは、天才のそばにいるから頭がよくなったのかもしれない――学園長は頭がいいので、そんな妄想をした。
「では、シラギくん、メイちゃん、いよいよ始まる学園生活、がんばりたまえよ」
学園長は白いヒゲをなでて笑う。
ユータは嬉しそうにはにかんでうなずき――
メイも、まねするように、こくんとうなずいた。




