2話 天才、所属する
大きな部屋にはたくさんの大人たちが集まっていた。
学園中の教師たちが、全員いるのだ。
教師たちの見つめる先には、二つの椅子が向かい合わせに並んでいた。
そのうち一つには、立派な白いヒゲを生やした老紳士――学園長が座っている。
学園長の目の前に座っているのは、少年だ。
これがびっくりするほど普通の少年だ。
『ブレザー』と呼ばれる、神が好んで身につけたらしい古代服を着た彼には、頭のよさそうなオーラ的なアレがぜんぜんない。
だから、集まった教師たちは、あまりの普通さにざわめいていた。
「なんだあの、街ですれ違ったら見逃しそうな、普通の少年は……」
「『知性』を感じる顔立ちでは、ないですねえ」
「たしか、ずいぶんな田舎の出身だったとか」
「データによると――身分は、農家出身の平民。出身は、大陸東の孤島。親も祖父も、そのまた親も、特に変わったところのない農夫だったとか」
メガネをかけた女性教師がそう言うと、周囲から声が漏れた。
だってそうだろう。『データ』とかいきなり出してくるなんて、かなり、知的だ。
日常生活を送ってて、『データによると』なんて言う機会、なかなかない。
そんな状況にあったデータが頭の中に入っているというのは、とってもすごいのだ。
この学園は世界最高と名高い『知的エリートの学校』であるが――
それでも、メガネをかけているだけあって、あの女性教師の『知力』は高いのだ。
そもそも、メガネとは自信の表れだ。
メガネをかけていると『頭がいい』とみんな思うのだから、頭の悪い人がメガネをかけたら、周囲から『頭悪いくせにメガネかけてる』とバカにされてしまう。
つまり、視力が弱いだけではメガネをかけることは、できない。
『せけんてい』があるのだ。
だから、メガネをかけている教師は、それだけで『人からバカにされることのない、本当の知性を身につけている』と言えるだろう。
「みなのもの、静かに」
あまりに世界最高の頭脳を持つ教師たちが、『天才少年』の心証を損ねるようなことを堂々とヒソヒソ話しているので――
学園長が、慌てたように、会話を止めた。
目の前の少年が本当に知力1000000であるならば、将来は国の大事な役割を任される可能性が非常に高い。機嫌を損ねるのは、うまくない。
そういった将来性についてのことを考えられるあたり、さすが、学園長ともなると、頭のできが、教師たちと比較しても、ほんと、すごい。
「すまないね、ええと、シラギ・ユータくん」
「いえ」
その落ち着いた返答に、静まりかえった周囲がまた、ざわめき出す。
それもそのはずだ。
シラギ・ユータはまだ十五歳になったばかりの少年であるはずだった。
それが『別に』でもなく『なにがだよ?』でもなく、『いえ』と、相手を気遣うように、冷静で丁寧な返事をしたのである。
教師たちは、自分が十五歳だったころを思い出さずにはいられなかった。
自分たちが十五歳のころは、もっとやんちゃで、バカだったのだ。
よくよく考えれば、これだけの数の大人たちに取り囲まれながら、あの落ち着き払った態度はただものではない。
もちろん、それだけで少年の天才性を認めるのは、すでに『自分たちは国家有数の知力を誇るエリートである』という意識に凝り固まった大人たちには難しかったが……
知力1000000。
『あれだけステータスが高いなら、逆にバカかもしれない』という大人たちの期待――
――立場を脅かされるかもしれないという恐怖にもとづく、根拠のない期待は、どうやら間違いのようだと、誰もが認めつつあった。
周囲を囲む教師たちの、ユータに対する見る目が変わったのが、わかる。
学園長は「オホン」と咳払いをして、もったいぶったように切り出した。
「シラギ・ユータくん。ステータス検査官によると、君の知力は1000000という、逆にバカみたいに見える数値なのじゃが……これについて、どう思うね?」
「どう思う、とは?」
ユータは首をかしげた。
学園長は、冷や汗を垂らす。
――試されている、と感じた。
知力1000000ともなれば、質問をされた瞬間に、質問の意図を察するぐらい、かんたんなはずだ。だって、頭が、いいから。
だというのに、問い返してくる。
だいいち、『質問に質問で返す』という、親に怒られそうなことを、このたくさんの教師に囲まれた密室で行うのは、やはり、ただものではない。
学園長は『降参』することにした。
白いヒゲの生えた口に、笑みを浮かべる。
「すまなかったね、試すような質問をしてしまって……」
「いえ。ただ、質問の意図があいまいに感じたもので……察することができず、申し訳ありません」
「君は、ほんとうに、びっくりするほど、頭がいいようだ」
「たしかに、僕のステータスを検査したところ、知力は1000000でしたが……普通に考えて、機材の故障ではないでしょうか? 世の中の平均は20前後と聞きますし、この学園だって、50ぐらいが平均だって、聞きますよ」
「いいや、機材の故障はない。我が学園にとって、入学審査はとても大事じゃからのう。みんな、気合いが入っておる。気合いが入っているのに、機材の故障なんて、そんなことは、ないじゃろう。……君は頭がいいが、少々、気を回しすぎるところがあるようじゃの」
「いえ、しかし、気合いが入っていても失敗することはあるような……そもそも僕は、『ステータス』というもので、人をはかるのは、どうかと思っているのですが……」
その発言に、三度、周囲がざわめいた。
これには学園長も困った顔をする。
「いかん、いかんぞ、シラギくん。その発言は、君の信仰心を疑われる」
「しかし……」
「まあ、聞きなさい。君にいちいちこんなことを説明するのは、こちらの頭の悪さが透けてしまうかもしれないが……『ステータス』というのは、この世界を神さまが創造なさった時に、すべての生物に割り振った、『神さまの決めた数値』なのじゃ」
「はあ」
「神さまの決めたことは、絶対じゃ。だから、この世界では、なにをするにも、まずはステータスを見て、決定するじゃろう?」
「そうですけど……でも」
「まあまあ、聞きなさい。……君は若いから、『ステータス』という『人の能力を数値化したもの』ですべてが決まってしまうことを、嘆くかもしれないが……世界は今まで、そうやって動かされてきたんじゃ。そうして、そこそこ、うまくいっとる」
「……」
「うまくいっとるものに、異を唱えたら、大人が、イヤな気分になるじゃろう? なんせ今、世界を動かしてそこそこうまくやっとるのは、大人なんじゃからな」
「はあ」
「大人の機嫌は、損ねん方が、よいぞ」
「それについて、昔から疑問があったのですが……」
「なんじゃね?」
「この世界はステータスの高さで役割が決まりますよね?」
「そうじゃな」
「でも、子供の中には、大人よりステータスが高い人だっていますよね」
「そうじゃな」
「なのになぜ『ステータスの高い子供』より、『ステータスの低い大人』が偉いことがありうるんでしょうか?」
「……?」
『国家の頭脳』とも言える、学園の教師陣が、一様に首をかしげた。
みな、困惑した顔をしている。
「シラギくん、すまんが、君がなにを言っているのかが、よくわからんのじゃが」
「いえ、ですから、『ステータスの高さ』で物事が決まるという話なのに、ステータスより年齢が重要視されているような現状は、いったいどういうことなのかな、と」
「ステータスは重要じゃぞ?」
「はい、ですからたずねているのですが……」
「うむむ…………シラギくん」
「はい」
「君はどうやら、頭がよすぎるようじゃな」
「……そうなのでしょうか?」
「自分ではわからんのかもしれんが……なにせ、君の知力は1000000じゃからな。……なるほどなるほど。君と話せてよかった。いち早く、君の抱える問題に、気付くことができた」
「僕の抱える問題、ですか?」
「左様。君は――頭がよすぎる。頭のいいワシらでも、君の質問が意味わからんぐらい……」
「……はあ」
「頭の悪いものの気持ちも、学ぶべきじゃな。――みなのもの! シラギ・ユータを『Fランク』とし、『Fクラス』に迎え入れる!」
周囲の教師から、四度目のざわめきが起こる。
これまでで一番大きなざわめきだった。
「学園長先生!」
大きな声を発したのは、メガネをかけて白衣を身にまとった女教師だった。
理知的でエロい雰囲気の彼女は、慌てた様子で、身を乗りだした。
「シラギくんは、知力1000000です! 知力1000000を、学園最低のFランクだなんて、おかしいと思います! 聞いたはずですよ、彼がなにか頭のよさそうな、難しいことをスラスラしゃべるのを……! 実際に、あんなに意味のわからないことをまくしたてて、頭よさそうに見える人は、そうはいません!」
「マルギット先生、それを言うならば、どのクラスでも、おかしい。知力1000000の彼からすれば、Sクラスだって、適格ではないぞ。さらに上の、彼専用のクラスを作らねば……」
「そういうことではありません!」
たしかにそういうことではない、と周囲もうなずいた。
でも、具体的にどういうことなのか言える者は、『国家の頭脳』と呼ばれる彼らの中にだって、一人もいやしなかった。
すっごく難しいのだ。
あたりは静まりかえった。
学園長は、席から立ち上がって、教師たちを見回す。
「マルギット先生……いや、みな、聞いてくれ。たしかに、この学園にいるみんなは、教師である諸君らをふくめて、みんな、頭がいい」
――……
「しかし、バカなのじゃ」
――…………
「この世界は、みな、バカしかおらんのじゃ。……もちろん、『知力1000000』の彼からすれば、じゃがのう」
――……
「つまり、これから彼が付き合っていくのは、すべて『彼よりバカ』ということになる。そんな中、今みたいに、『国家の頭脳』たる我らにさえ答えられぬ質問ばかりするようでは、どうなるね?」
――……
「賢明な諸君らこそ、世間からこのような扱いを受けてきたと思うが……人というのはな、『自分より頭のいい相手は嫌い』なものじゃ」
――……
「ゆえに、我らが彼に教えられるのは、魔物の群勢と戦うための戦略でもなければ、魔法の知識でもない。『バカとの付き合い方』こそ、我らが彼に教えられる、唯一のことじゃと、ワシは思う」
――……
みんな静かになった。
反論は、ない。
そのことを確認して――
学園長は、シラギ・ユータの方を見る。
「……そういうわけじゃ、シラギくん。君からすれば、不本意かもしれんが……君は、ステータスを偽り、学園最低の『Fランク』として、『Fクラス』に――一番バカなクラスに入ってもらおうと思う。そうじゃな、君の知力は、本当は『1000000』じゃが……Fクラスならば、『30』あたりが妥当じゃろう」
「はあ」
「FクラスのFランク生徒たちは学園で一番バカとはいえ、この学園に入学するだけの知力はある。つまり、言葉はわかるので、会話らしきことはできるはずじゃ。そこで君には『バカとの付き合い方』を学んでほしい。きっと将来、バカとの会話術は役に立つはずじゃ」
「なるほど」
「このぐらいが、知力100……いや、120たるワシの考え得る、最善の手じゃが……君にはなにか、他のアイディアがあるかのう?」
「いえ」
「ふむ、そうか。知力1000000の君に他のアイディアがないなら、ワシの考えは正しいということじゃろう」
学園長はちょっと誇らしげな顔でヒゲをなでた。
知力1000000から反論されなかったことが、嬉しかったのだ。
人は、頭がいいと思われると嬉しいものである。
「それではあらためて……ようこそ、『世界最高の知力が集う学舎』、オーリック魔法学園へ!」