19話 介入
虚無の大地と化した魔力エネルギープラントに、彼は未だ残されていた。
先ほどまでけたたましく鳴り響いていた不安を煽るような音楽は消え失せ、生命の姿はどこにも見られない。
荒涼とした砂煙の吹く場所に、彼は一人で立つ。
「……どうやって帰るんだろう」
彼の胸中を満たす不安は甚だしいものがあった。
帰り方がわからない。誰も教えてくれなかったし、聞く必要性を思いつくこともかなわなかった。
彼はこういう時に、己の不見識を思い知る。
『知力』はたしかに指標の一つとして役に立たないわけではなかろう。
だけれど、1000000だろうと、20や10に劣ることもあると、彼は経験から知っている。
……少なくとも、世間の大多数を占める『普通の人』と『普通に仲良く生きていくこと』は、彼が1000000の知力でいかほど考えようともわからぬことであった。
今も、そう。
頭がいいと他者は言うけれど、それはあくまで数字上の話。
彼は『数字では語れない賢さ』があるということを、ほとんど確信していた。
「……どうしよう」
わからない。
考えても浮かばない。
ある程度までは思いつくけれど、ある部分から上に行かない。ほんとうのほんとうに大事なことを悩んでいる時、思考はいつも天井のようなところにぶつかって、靄がかかり、次第にかすみ、なにを考えていたかわからなくなっていく。
結果、不安と恐怖だけがわだかまる。
不安と恐怖は焦燥となり、『今のままではいけない』という確信だけが、彼の中に根付いていく。
でも――どうしたらいいか、わからない。
「後ろ……そうだ、後ろに、転送魔法陣があったんだ」
ようやく彼は思い出す。
そうだ、ここに来るために用いた手段ならば、帰還にも使えるであろう。
……少なくとも、砂埃立つ廃墟にぼうっと立ち続けるよりは、気持的にも肉体的にも、いくらもマシであろう。
だから彼は、振り返ろうとする。
……でも、なぜだろう。
転送魔法陣へと進む前に、モンスターの来た方向へ行くべきであるかのような、衝動があった。
「……僕は、どうしてこんなことを思いついたんだろう」
わからない。
けれど彼は、直感に従うことにした。
彼は己の知力を疑っている。
だから、きっと、知力よりは直感の方が、『正しい行き先』を示してくれるのではないかと、そう思考したのだ。
吹き荒れる砂をふくんだ風の中を歩いていく。
不思議と目や口、鼻などに砂が入ることはない。
まるで見せかけだけのような、砂嵐。
悪い視界の中を行っても、なにが見えるわけでもない。
果てなどないのではないかと疑ってしまうほど、変わらぬ景色が見えるだけだ。
だけれど、彼は進んで、進んで、なぜか、突き動かされるように進んで、そして――
「……誰か、いる?」
なにかを、見つけた。
地面になにかが、ある。
それは倒れた人のようにも見えたし、地に伏すモンスターのようにも見えた。あるいは落ちている剣かなにかという判断もできただろう。
でも、彼は、人が倒れている、と思った。
駆け寄る。
そして、予想通り、人が倒れているのを、見つける。
真っ白い、女の子だ。
服は着ていない。
長すぎる髪だけが白い肌を隠していて、妙ななまめかしさがある。
「ねえ、君、大丈夫?」
彼はためらいながらも、倒れている少女の肩に手を置いた。
少女は――目を開ける。
真っ赤な、大きい瞳で、彼を見る。
「…………あなたは」
「僕?」
「…………」
フッと少女が目を閉じた。
その時、彼と少女の体が、青白い光に包まれる。
「転送が始まったんだ……」
ミカヅキの様子を思い出し、彼はそう判断した。
そして――倒れていた少女の、手を握る。
不安だったから。
そうしないと、彼女はどこか、自分と別な場所に送られてしまいそうで――
――なぜだかそれは、いけないことのような気がしたから。