16話『モンスター襲来』準備
「『モンスター襲来』は、魔力プラントを狙ってたくさんのモンスターが来るんだ」
おふとんをしいて、三人で、話してる。
もう暗いから明かりをつけたかったけど、Fクラス宿舎にそんなのないから、ミカヅキの使い魔ががんばって光ってた。
けっこう、まぶしい。
でも、仕切りのないFクラス宿舎全部を明るくするには、あんまり足りなくて、不便だ。
三人は、枕を寄せ合うようにして、寝転がったまま、顔を寄せている。
ミカヅキが、タブレットに『絵』を描いて、『モンスター襲来』の様子をわかりやすく伝えようとがんばっていた。
さすがSクラスの三年生だ。自分より頭の悪い人への、気遣いが、できる。
「こう、魔力エネルギープラントの施設があって……三つの大きな丸が、プラント施設だな。で、私たちは、この、魔力エネルギープラント施設に、上の方……ああ、空じゃなくって、この絵の上の方だぞ。上の方から来るモンスターが、施設に攻撃するのを、止めるんだ」
「けっこう広そうですけど、本当に一人でもできるんですか?」
「うむ。なんか、できる。モンスターは、前から来るんだけど、右側だったり左側だったりは、いつも同じなんだ」
「……ええと……」
「左、右、真ん中に、魔力エネルギープラント施設があるだろう」
「はい。この三つ描かれた大きな丸が、施設なんですよね」
「うむ。モンスターは、最初、右から襲いに来るんだ。だから、最初は右のプラント施設を守ればいい」
「いつも、決まって右からなんですか?」
「そうだな。二年間ソロでプラント防衛をやってるけど、いつも、右からだ」
「つまり、パターンがあるということ……?」
「いや。最初は絶対右からだけど、次は左と真ん中か、左と右だから……」
「『次』っていうのは?」
「ん? 一回モンスターが来るだろ? そしたら、ちょっと空き時間があるんだ。たぶんモンスターも疲れるんだろう」
「……ええと」
「で、こっちがこうで……」
ミカヅキの説明を、知力1000000でまとめると――
・『モンスター襲来』とは、三つある魔力プラント施設を破壊しようとするモンスターを止めるための戦いである。
・モンスターは波状攻撃を仕掛けてくる。第一ウェーブと第二ウェーブのあいだには、わずかなインターバルが存在し、他のウェーブ間も同様である。
・また、ウェーブは全部で六回あり、第六ウェーブで敵のボスを倒すと、モンスターたちはプラントを襲うことをあきらめて撤退する。
・モンスターがどのプラントに向けて攻めてくるかには、法則性がある。
例……第一ウェーブは右側のプラントに向けてくるが、第二ウェーブは『左&真ん中』と『左&右』のパターンがあり、どちらが選択されるかは実際に戦わないとわからない。
「うむ、そんな感じだ。ゆうたくん、君は人の話を聞くのがじょうずだな」
「それほどでも……」
「でも、パターンとかは、このSクラス三年生で、知力80の私にだって、よくわからない。君たちでは、覚えておくのは、無理だろう……」
「でも先輩は、きちんと把握してソロ攻略してるんですよね?」
「体が覚えてるんだ」
「なるほど」
「だから、逆に仲間がいると、動き方がよくわからなくなって、頭がこんがらがる。君たちに『見てるだけでいい』と言ったのは、そういうのもあるんだ」
「なるほど。先輩が二年間ソロ討伐を続けた結果、ウェーブが七回以上だったりとかいう例外は一度もないんですね?」
「ゆうたくん、その聞きかたは、よくないぞ」
「え、どうしてでしょう?」
「『ないんですね?』と聞かれると、なんか、すごく不安になる。ないと思うけど、なんかそんな、後戻りできないみたいな感じの質問はやだな……」
「……すいません。えっと……変わったこととかあった?」
「ないな」
「そうですか。……ところで、聞きたいことがあったんですけど」
「なんだ?」
「先輩がソロで『モンスター襲来』に対応しているあいだ、他の生徒はなにをしてるんですか?」
「……? 『モンスター襲来』のあいだなんだから、『モンスター襲来』をやってるんだろう?」
「いえ、でも、先輩が一人で対応してるじゃないですか」
「うむ」
「だったら別に、他の人まで行く必要ないですよね? それとも、魔力エネルギープラントってそんなにたくさんあるんですか? そうだとしたら、今回、僕らだけで挑んでも、あんまり意味がないかもしれないっていうか……」
「…………なんだ? つまり、どういうことなのだ?」
「いえ、ですから、普段は生徒が全員いる状態で『モンスター襲来』に対応するじゃないですか」
「うむ」
「でも、先輩は一人で何度も『モンスター襲来』に対応してるっていう話じゃないですか」
「うむ」
「だから、先輩が一人で対応してるあいだ、他のみなさんはどこのプラントを防衛してるのかって思いまして」
「……どこのもなにも、君、世界地図を見たことないのか?」
「ないです」
「そうか。なんとだな、魔力エネルギープラントは、世界に一箇所しかない貴重な施設なのだ。そんな重要施設を学生のうちから守らなければならないなんて、やはりこの学園は将来を期待された人が多いんだな」
「……え、じゃあ、なぜ先輩がソロでやる必要が? 他の人たちに任せて、他のことをしているわけにはいかなかったんですか?」
「他のこととは言うが、『モンスター襲来』のあいだは、モンスター襲来をやるのが普通だ。みんな、やってる。私はうまく他のパーティーに混ざれなかったが、私がソロでプラント防衛をしてるあいだにも、みんなは仲良くプラント防衛をしているのだ」
「……魔力エネルギープラントは世界に一箇所なんですよね?」
「……ゆうたくん」
「……はい」
「つまり、君は、私と一緒に行くのがイヤなのか?」
「イヤじゃないですけど……場合によっては、他のプラントにも防衛に行かなきゃと思っただけで……」
「他のプラントなんかないんだってば! プラントは世界に一箇所なの! だから私と一緒に行くんだよ!」
「いや、しかし、それだと普段の学園生活で、学生が総出で守っているプラントはいったいどこなのかという疑問が……」
「ああ、プラントの位置が心配なのか。安心してくれ。地図のずっと上の方だけれど、転送魔法陣なら一瞬でたどり着くぞ」
「いえ、あの、そうではなくってですね……」
「ゆうたくん」
「……はい」
「すまない。作戦の説明で、頭を使わせすぎたようだ。君、おかしなことを言っているぞ」
「え、おかしいですか?」
「うむ。気付いていないのかもしれないが……もう寝た方が、いいだろう。見なさい、ナナを。彼女は話についていくのをあきらめて、もう寝ている」
ミカヅキが指さした先には、謎のぬいぐるみを抱いて寝息を立てているナナがいた。
きっといい夢を見てるんだろう。
「どうにか話についていこうという君の態度は、すっごい、立派。だけど……うん、これは私もいけなかった。私はSクラスで君はFクラスだ。君があんまりにも頭よさそうなしゃべり方をするもので忘れていたけれど、私の話は、君には難しかったかもしれない」
「……なるほど。たしかに僕はどこかで、先輩の話を聞き逃していたのかもしれないですね」
「うむ。だがな、君が無理をしてでも私の話を聞いてくれたこと、私はけっこう嬉しいんだ。あんまりにも嬉しいから、情けなくにやけてしまっていないか?」
「いえ、無表情です」
「そうか……まあ、あまり感情が顔に出ないからな。だけれど、寝てもいいぞ。私は普段、壁に向けてしか話をできないが……寝ている君でも、壁よりはいい話し相手だ」
「ええと」
「説明途中で寝てしまったら、私が傷つくかと思って、がんばって起きていたんだろう?」
「まあ、そういう側面もないではないですけど……」
「でも大丈夫だ。『目の前にあるのが壁じゃなくて人だ』という事実だけでも、私は、とても嬉しい。なにせ、人には温度がある……空気を伝わって、君たちが恒温動物だという事実を、私は感じているんだ……おっと、難しい言い回しだったかな」
「そうですね。ちょっとよくわからなかったです」
「ははは。まあ、いいさ。とにかく、嬉しいということだ。……そろそろ、眠ろうか。夜通し話をしてもいいんだけれど、考えてみれば、君たちはもう、実質フレンドだからな。今日でお別れというわけじゃない」
「そうですね」
「私はちょっと仲良くなった相手でも、なぜか『怖い人かと思ったらいい人だったけど最終的にやっぱり怖い人だった』と言って離れていくのだが……」
「なるほど」
「こうして枕を並べて眠ったら、それはもう大親友みたいな感じだから、大丈夫だと思う。……しかしいいな、Fクラス宿舎は……仕切りがなくて……みんな、仲良くなれそうだ」
「Sクラス宿舎は違うんですか?」
「うむ。Sクラスは、一人一室だ。壁があって、隣の人の体温が伝わってこない……寂しい。でも、Fクラスはいいな。私のはき出した息を、君が吸って、君のはき出した息を、私が吸っている感じがする」
「すいません、意味がわからないです」
「そうか。ちょっと詩的な物言いをしてしまったかな……ともかく、眠りなさい。子守歌とか歌おうか? 実はな、子守歌を歌うのが、好きなんだ。おかあさんを思い出す。子供のころはよかった……いつでも誰かのぬくもりがそばにあって……おかあさん……おかあさん……」
「なるほど」
「うん、むしろ子守歌は歌ってほしいな。ゆうたくん、君、歌えるか?」
「すいません、歌はあんまり知らなくて」
「そうか……じゃあ、今度一緒に楽曲ショップに言って子守歌を買おうな?」
「はい」
「……ふふふ。なんだか嬉しいなあ。ああ、やばい、泣きそう。なんか、泣きそう。私も一年Fクラス入りたい……三年Sクラス宿舎で一人きりの部屋で寝るの、もうやだ……お友達できたのに、せっかくできたのに、三年生に戻りたくない……」
「先輩、気をたしかに」
「先輩はやだ。ミカヅキって呼んで」
「ミカヅキさん、安心してください。きっと三年生になっても友達できますよ」
「できないよ! 今まで二年間、できなかったもの!」
「……僕も、『お前の話は意味がわからない』って言われて、友達とか、全然できなかったんです」
「……たしかに、君の話は意味がわからないことが、けっこうあるな」
「はい。……それでも、ナナとか、マルギット先生とか、学園長先生は、仲良くしてくれて……こんな僕にも、仲良しな人たちができたんです。だからきっと、美人なミカヅキさんにも、仲良しな人ができますよ」
「だからできなかったんだってば。……うん、でも、君はいいやつだな。私を気遣ってくれているんだろう。不器用で、意味はよくわからないけど、いいやつだ」
「……」
「いいやつだな……よし、明日、がんばるぞ。私の格好いい姿見せるから、君たちも私のこと頼れる人だと思ってくれ」
「はい」
「……じゃあ、お休み。お昼か、夕方か、夜のどこかで、『モンスター襲来』行かなきゃいけないからな。休もう」
「はい」
ミカヅキが光らせていた使い魔の明かりを消した。
あたりはまっくらになる。
「うん、決めたぞ」
ミカヅキがそうつぶやいたのを最後に――
周囲は、静寂に包まれた。