12話 天才、提案する
「ちょっと、ユー! 人が来ないわ!」
ユータがFクラス宿舎に帰ると、さっそく話しかけられた。
Fクラス宿舎は、『部屋』とか『仕切り』とか、そういうまどろっこしいものはない広いだけの空間なので、人の出入りはどこにいたって、すぐわかるのだ。
ユータはここで、しばらく、今話しかけてきた人と、同居生活をしている。
壁も部屋もないものだから、着替えの時とか困るけれど、ユータは紳士なので、相手が女の子だからって、着替えを見たりはしない。
それに、女の子は、そんなにおっぱいが大きくないのだ。
このへんは各人の趣味趣向によるところなのだが、ユータとしては、おっぱいの大きくない子の着替えは、あんまり見る優先度が高くない。
今のところ、たった一人きりのクラスメイト――ナナは、なにもかもが、ちっちゃい。
マントをはおっていて、マントなんかつけてたら、普通は『こわい』とか『えらそう』とか『かっこいい』とかいう感想を抱くはずなんだけれど、ナナは、ただただ、ちっちゃいだけだ。
ブレザーがぶかぶかでないのが、奇跡みたいな感じである。
「ねえ、ユー! 人が来ないの! みんななにしてるの!?」
「春休みじゃないかな」
詰め寄ってきたナナに答える。
彼女は頭の左右で結わえた金髪をぴこぴこ不自然に動かしながら、ちっちゃな体いっぱいで不満をあらわにする。
「春休みだからなによ! このままじゃあ、わたしが一番だってこと、みんなに教えてあげられないじゃない!」
「まあ、もう少ししたら人が来るよ。たぶん……」
「あと、ユーが呼び出されて行っちゃったら、わたし、宿舎に一人きりなのよ……体のおおきい人がきて、『あなた頭が悪い』って決めつけて、怒らせたら、殴られるかもしれないわ。それはすごくこわいから、できたら二人でいたいんだけど。それか、新しい子分がほしいわ」
「あの、ナナ……宿舎に入ってきた人にいきなり『あなた、頭が悪いわね』って言うの、やめた方がいいと思うんだけど」
「でも、わたし、一番なのよ?」
「一番ってなに?」
「えっ? どういうこと?」
「いや、ナナは一番にこだわるけど、足が速さで一番の人だって、力の強さで一番の人だっているじゃないか。ナナはなんの一番なのかなあって、思って」
「頭がいいの!」
「学園長先生より?」
「学園長先生は、もうおじいちゃんじゃない! 大人は、なし! 大人なのは、ずるいわ! だってあの人たち、わたしより先に産まれているのよ! わたしを先に産んでくれなかった神さまのえこひいきよ! ずるい!」
「うん、だからね? そんな一番だなんだってこだわらなくってもいいんじゃないかなって思うんだ」
「でもわたし、『一番』以外に誇れるところ、ないわ……」
「……」
「体だってちっちゃいし、かけっこも、遅いもの……一番であるだけが、わたしのアレなのよ。アレ……なんか、格好いい言葉なんだけど、難しくて思い出せない、アレ……」
「ええと……ああ、アイデンティティ、とか?」
「ごめんなさい、それ、二文字以内で言えない? そんな長い言葉、覚えきれないわ」
「ちょっと僕には難しいな……」
「じゃあ、『アレ』って略したわたしの、勝ちね! わたし、一番!」
「う、うーん……」
「わたしは、わたしのアレのために、一番でいたいわ……クラスメイトへの自己紹介の時に、『ナナ』っていう名前は難しくて覚えてもらえないかもしれないけど、『一番の人』っていうのは、覚えてもらいやすいし。わたし、一番だから、頭の悪い人へ配慮することに、なれているのよ」
「そうなんだ。すごいね」
「すごいの! ……不思議ね。これからのこと、ちょっと不安だったんだけど、ユーと話してたら、楽しい気分になってきたわ。あんまりにも人がこないから、寂しくて自信をなくしかけてたんだと思うの。やっぱり『知力』は『自信』よね! わたしが一番!」
「そうだね」
ユータは優しいまなざしでナナを見ていた。
ナナは「あっ!」となにかを思い出したように口元を手で隠しておどろき――
「そうだわ、ユー! あなた、学園長先生に呼び出されていたでしょう?」
「まあね」
「なにか悪いことをして、罰を言いつけられたんじゃないかって、わたし、心配してたのよ。手下の心配は、親分の得意なことだからね!」
「ありがとう。でも、心配はいらないよ」
「わたしを相手に遠慮なんかいらないわ! 困ったことがあるなら、力になるわよ。だってあなた、この学園でのわたしの手下一号なんだから!」
「……うーん」
ユータは知力1000000で考えこんだ。
そして――
「じゃあ、お願いしても、いいかな?」
「なあに? なんでも言って!」
「実は明日、『モンスター襲来』があるらしいんだ」
「ああ、モンスター襲来ね!」
「……知ってたの?」
「ううん! でも、自信満々に言えば、『お、こいつ知ってたな?』って思われて、頭よさそうでしょ?」
「そうだね」
「それで、モンスター襲来ってなんなの?」
「モンスターが、襲来するんだよ」
「へえ! モンスターが襲来することを、モンスター襲来っていうのね!」
「そうらしいんだ。それで、一緒にモンスターと戦ってくれる仲間がほしいんだけど、ナナ、手伝ってくれるかな?」
「いいわよ!」
「ありがとう。ナナはなにができるの? やっぱり魔法?」
「ユー、おかしなこと言うわね、あなた」
「……なにが?」
「魔法なんか、まだ習ってないわ。新学期が始まって、それから習うものよ? 今のわたしが使えるわけないじゃない」
「えっと……じゃあ、剣の扱いに慣れてるとかは?」
「剣……一回持ったことあるけど、わたしには向いてないわ! だって、重いもの! きっとわたしより重いわよ!」
「……弓とかは……」
「なんでユーはわたしに武器をおすすめするの? はやってるの?」
「いや、ええと……モンスター襲来の時に、一緒に戦ってくれる仲間がほしいんだけど」
「いいわよ! 親分のわたしにまかせなさい!」
「……ナナは、なにでモンスターと戦うの?」
「………………ああ、なるほどね。モンスター襲来は、モンスターと戦うのね。一緒に戦うって、メンタル的な問題じゃないのね」
「そうなんだよ」
「まかせなさい!」
「……ナナは、どうやってモンスターと戦うつもりなの?」
「ユー。わたしはね、話し合いで解決できないことは、ないと思っているわ」
「いや、今回ばかりは解決できないと思うよ。モンスターは言葉が通じる相手じゃないし、すごく凶暴だよ。ナナの村の近くにも、いただろう?」
「たしかに普通の人にはできないかもしれない。でも、わたしなら、できるわ。一番だから」
「う、うーん……や、やっぱり今回は、手伝いをお願いするのは、やめようかな」
「大丈夫よ! それに、ユーは戦うんでしょう?」
「まあ、そうなりそうだね」
「だっていうのに、親分のわたしが一緒に戦わないのは、おかしいわ! 親分は、手下のためにがんばるものよ! わたしの村では、そうだったんだから!」
「いや、でも……」
「まかせて!」
ナナがキラキラした瞳で見つめてくる。
これはもう、引き返せないやつだ――ユータは1000000の知力で判断した。
「……わかったよ。でも、無理はしないでね。死にはしないらしいけど」
「話し合うだけよ? 無理なんか必要ないわ」
「いや、話は通じないタイプの相手だよ。モンスターだから」
「でもわたし、故郷ではよく猫さんとお話ししてたわよ」
「通じた?」
「返事はしてくれたわ。『にゃー』って。モンスターもそのノリでいけるわ」
「いけないと思うよ」
「でも、わたしはいけると思うの。だって、わたしが一番だってわからせれば、モンスターだってなんだって、わたしの子分になるでしょう?」
「うーん……」
「わたしにまかせて。だいじょうぶ、自信があるわ」
ナナが真っ直ぐに見つめてくる。
ユータはだんだん、大丈夫そうな気がしてきた。
「じゃあ、ナナは話し合いをがんばって。僕は魔法を撃つよ」
「わかったわ! どっちが多くのモンスターを手下にできるか、勝負ね!」
「僕は手下にする気はないんだけど……」
「じゃあ、わたしの勝ちね!」
「そうかもしれないね」
「……素敵。あなたと話してると、どんどん自信がわいてくるの! ひょっとしてあなた、褒めるのとてもじょうず?」
「わからないけど、君が言うなら、そうかもしれない」
「褒めるのって大変よね。頭のいい人しかできないわ。でも、わたしが一番だから、わたしも今度、あなたのいいところ、いっぱい褒めるわね」
「うん。楽しみにしてるよ」
ナナはニコッと笑った。
無邪気な笑顔だった。