俺と君との歩む道
「なあ、人って死んだら生まれ変わったりするのかね?」
幼い頃、仲の良かった幼馴染みが唐突に俺に聴いてきた。
「馬っ鹿じゃねぇの? 生まれ変わったりとか、あるわけねぇじゃん」
その頃の俺は、いや、今もだが、生まれ変わりだとかそういったモノを全く信じていなかった。
「何だよ、夢がねぇな……」
幼馴染みは読んでた本を閉じ、ベッドに横になった。
もう病気が大分進行していて、服の隙間から見える幼馴染みの体は大分骨張っていて、腕に繋がれている点滴が見ていて痛々しい。
「オレさ、生まれ変わってもお前と一緒に馬鹿やりたいわ……」
「何言ってんだ。病気治してまた一緒にやれば良いだけだろ?」
そうオレは笑い飛ばすが、幼馴染みは首を悲しげな顔で首を振った。
「もう無理なんだよ、この身体。日に日に体力落ちてるの判るし、身体中痛いときだってある。今は薬で起きていられるけど、それは痛みを誤魔化してるだけで、本当は体中が悲鳴を上げてるんだ」
幼馴染みの言葉に俺はかけられる言葉が見つからなかった。
自分と同じ14歳なのに、なんでこいつはこんなに苦しまなければならないんだろう。そう思ったりもしたが、それを言うのはこいつに失礼な気がして気が引けた。
「最近は眠ったらもう起きることが出来ないんじゃないかって気持ちになることだってしょっちゅうだ。だから……」
幼馴染みは一度言葉を切り、元気なときと比べ、大分痩けてしまった顔で満面の笑みを浮かべ―
「起きられる内に、お前とこうやって話せて良かったわ」
それが俺と幼馴染みの最後の会話になった。
それから数日としないうちに幼馴染みの容態は急変し、面会謝絶のまま一ヶ月が過ぎた頃、幼馴染みは家族に看取られて息を引き取った。
▽
あれから16年が経ち、俺は悪戦苦闘しながらも教職免許を取得して私立高校の新任教師として採用された。
教職免許を取ろうと思ったのは、幼馴染みの葬式の時にあいつの夢を見たからだ。
病状的に叶うはずもない状態だというのは自分がよく判っていたはずなのに、あいつは高校の教員になりたい、と書かれた、病気でなければあいつも参加できたはずの合宿用文集に提出するつもりであった作文を読んで、俺はあいつの分も生きると誓い、足りない頭で必死に勉強した。
そのかいもあって教職免許を取得したのが5年前。それからいろんな学校で臨時教諭を経て、今年に至る。
至るのだが、何故新任直後から俺は理事長に呼び出されているんだろうか?
少し大きめの扉を3回ノックし、意を決して口を開く。
「新任教諭の土屋孝弘です。お呼びとのことで参りました」
「ああ、入ってくれ」
採用面接の時に聞いた理事長の声に促されて、俺は理事長室に入って……理事長の横に居る女の子を見て首を傾げた。
「土屋君、まだ準備で忙しいだろうに御足労ありがとう」
「いえ、ある程度準備は済ませていましたので、後は生徒のレベルに合わせた調整をするだけで、こればかりは授業が始まってみないことには……」
「ふむ、面接の時から感じていたが、君はいささか気負いすぎている感じがするね。まるで『自分はこうあらねばならない』と何かに脅迫されているかのようだ」
「いえ、そんなことは……」
とはいえ、理事長の言葉はあながち間違ってはいない。
元々不真面目だった自分が教職免許を取るために、俺は普段の幼馴染みを参考に自分の教師像を作り上げたのだから。
「娘に感謝するといい。採用と不採用の間で揺れていた君の事を採用するよう私に言ったのは、他でもない娘の灯香里なのだから」
そういって理事長は自分の横に居る女の子を紹介し、女の子は俺に向かって会釈をした。
慌てて俺も会釈を返すと、女の子は何かがおかしいのかクスリと微笑んだ。
「初めまして、土屋孝弘さん。御影灯香里です。私も新入生ですので気軽に灯香里とお呼びください」
自己紹介の最中も、女の子―灯香里さんは笑いを堪えるかのように肩を震わせていた。
……俺、何か変なことでもしたか?
「あー、駄目! もうおかしすぎて……。お父さん、ネタばらししてもいい?」
「もうしてしまうのかい? もう少し彼の様子を見たかったのだが……」
「無理、これ以上は私が耐えられない」
いや、既に笑い堪えられていないんですが?
そもそもネタばらしって、何かドッキリでも仕掛けられてるのか?
「まあ、灯香里がしたいなら私が止める義理は無いな。そもそも、2人にとっては16年ぶりの再会だろう?」
「そうだねー。正直孝弘が教師になってたのはビックリだったけど」
何だ? いきなり16年だとか生々しい数字が出てきたが、それ以前に灯香里さんがいきなり俺のことを名前で呼び始めたぞ。
「あー、うん、久しぶり孝弘。あの会話がフラグだったのか、女の子に生まれ変わっちゃった」
そう言って灯香里は舌を出しながらウインクをする、いわゆるテヘペロをリアルにやってくれた。
「ちょっと待って。16年前、生まれ変わり……まさかお前、悠里か?」
「そ、故 小鳥遊悠里、享年14歳。現 御影灯香里、16歳。改めて宜しく」
あれ? というかこの流れを理事長が作ったって事は……。
「まさか理事長も、灯香里が悠里だって事は……」
「当然、知っていたさ。最初に話を聞いたときは驚いたが、誰に言われることも無く身の回りのことを出来るようになっていくのを見ていたら信じるしか無かった、というのが正直な所かな」
ハメられた、と感じた俺は、その場で手を床について項垂れた。
しかし真にハメられたと気付くのはこの後であった。
「というわけで孝弘には、在学中私の恋人役になってもらいたいと思います!」
「な゛っ?!」
どういうことかわけが分からなかった。
いきなり理事長室に呼び出されたと思ったら、理事長の娘はかつての俺の幼馴染みで、しかも誰が見ても可愛いと太鼓判を押すレベルの美少女になってて、そんな彼女の恋人のふりをしろときた。
「あー、うん。ここまで含めて全部ドッキリなんですね? 理事長も人が悪い」
俺は現実逃避をすることで、現状を見なかったことにした、聴かなかったことにした。
しかし、現実は非情だった。
「ドッキリなんだとしたら、君が採用されたところから「謹んでお受けします!!」」
かくして俺は、悠里改めて灯香里の恋人役として動くこととなった……ドウシテコウナッタ。
▽
その後、表向きとはいえ灯香里の恋人役をやることとなった俺は、コネで採用された等と陰口を言われないように頑張って質の高い授業を目指した。
灯香里は勉強が得意だった悠里の生まれ変わりだけあって非常に頭が良く、よく授業の良し悪しを指摘してくれた。流石に授業の内容を相談するのは贔屓になってしまうのでしなかったが、彼女との会話は悠里と話をしているような懐かしさを感じつつも、とても有意義なものだった。
その結果、徐々に俺の授業の評価は上がり、コネ採用の噂は防ぐことが出来た。
ある日、俺たちが付き合ってる、つまるところ不純異性交遊だと言った古株(古いだけで他の教員や生徒からのうけは最悪)の先輩から言われたことがあったが、理事長が「2人の仲は公認だ」と言ったことで学校全体に知れ渡ることとなった。
この頃になると、もう恋人役とかはどうでもよくなり、純粋に灯香里と一緒に何かをすることが楽しくなっており、灯香里も同じように感じているようで、周りからはいつ結婚するんだと冷やかされることも多くなった。俺はその度に馬鹿なこと言ってるんじゃないと返していたが、その度に灯香里が悲しそうな顔をするのは気になった。
そして瞬く間に3年が過ぎ、灯香里も卒業することとなった。
それまでの間に修学旅行やら何やらがあったが、俺達の間には特に大したイベントもなく、強いて言うなら一緒に映画を見に行ったり、俺が一人暮らししてるアパートにに灯香里が遊びに来たりしたくらいだ。念のために言っておくが、やましいことは全くなかった。……正直家に遊びに来られたときは色々抑えるのが大変だったが。
「よ、卒業おめでとう、灯香里」
「あ、孝弘、3年間ありがと」
長かった3年間の恋人役も今日で終わり。
しかし恋人役どうこう以前に、俺は灯香里と一緒に居る時間を楽しんでおり、それも今日で終わりと考えると少し残念な気がしてならない。
「ねえ孝弘、今日の夜、よかったら私の家に来ない? お父さんも話したいことがあるみたいだし」
「ん、今日は特にやることもないし、家の場所は前に教えて貰った所で良いんだよな?」
「うん! それじゃ、これから友達とカラオケ行くからまた夜に!」
そう言って灯香里はクラスの女子の輪の中に入っていった。
3年間共に歩んで判ったことだが、確かに灯香里は悠里の生まれ変わりで間違いないのだが、それ以前に悠里とは違う、年相応の女の子だった。
それは年々確信めいた物になり、最近は幼馴染みの悠里としてではなく、年頃の女の子の灯香里として接していた。
それがどことなく悲しいようで、しかし嬉しくも感じてしまう自分に苦笑しつつ、少しだけ残っている仕事を片付けようと教務室へと向かった。
夕方、理事長から俺の携帯に電話がかかってきた。
恋人役をやることが決まったときに一応交換したのだが、今日の今日まで使われることは一度も無かっただけに、急な電話に驚きながら出た。
「土屋君、灯香里と一緒じゃないか?!」
「いえ、俺は今まで学校で書類をやってて、今からそちらへ向かうところですが……」
電話越しの理事長の声がどことなく焦ってるようにも聞こえ、何か嫌な予感がした。
「今日は5時までには絶対家に帰ると言っていたのに、まだ帰ってこないんだ」
「落ち着いてください。電車の遅延情報は出ていないんですか?」
「今日友達と行くカラオケ店は電車に乗らなくても行ける場所だって言っていた。灯香里の友達にも確認したが、既に帰宅したらしい」
「……理事長、俺も探します!!」
そう言って俺は荷物をまとめた鞄を手に取り、大慌てで学校を飛び出した。
俺はスマホを開き、追跡アプリを開いた。これは以前家に遊びにきた灯香里が遊び半分に入れたもので消さずに残しておいたのだが、まさかここで役に立つとは思わなかった。
そのアプリを見ると、隣町の最近廃業になった工場でGPSは止まっていた。しかし俺は、その工場の名前の方に目が行った。
「マツモトアーキテクト? マツモトって確か……」
変な予想はやめ理事長に再度連絡した後、俺はタクシーを拾ってその工場へと向かった。
実際にGPSの終点になってる工場に着いてみると、閉鎖されているはずの門扉が開き、明らかに誰か居ますよ的な雰囲気を醸し出していた。
本来であれば不法侵入になるのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
相手が武装している可能性も考え、武器になるものとして鞄から折りたたみ傘を取り出し、最大まで伸ばす。
音を立てないように慎重に建物の中を歩き、一部屋づつ確認していく。
そして何部屋かを空けたとき、横たわる灯香里の姿を確認して俺は慌てて駆け寄った。
灯香里は両手両足を縛られ、口には猿ぐつわを咬まされてはいるが乱暴を受けた形跡はなく、一先ず彼女の無事に安心する。
「困るなぁ。彼女は入試の前から目を付けてたのに、ずっと邪魔ばかりして……」
声の聞こえた方を振り向こうとした次の瞬間、俺の頭に衝撃が走った。
気が付けば俺は床に体を預けるかたちになって横たわっていた。
手足などは縛られていないが、殴られた衝撃のせいか、身体が上手く動かせない。
「灯香里ちゃんは、小さい頃から私が見ていたんだ。
灯香里ちゃんは、私の奥さんになるんだ。
灯香里ちゃんは、私の子供を産むんだ。
灯香里ちゃんは、私と幸せな家庭を築くんだ。
灯香里ちゃんは、私と幸せな老後を送るんだ。
灯香里ちゃんは、私と一緒に死ぬんだ」
狂ってる。
俺は上手く動かない身体と頭でそう思った。
「だから、私と灯香里ちゃんの仲を邪魔するお前はここで死ねえぇぇっ!!」
「いいえ、社会的に死ぬのは貴方です、松本博さん」
理事長の声と同時に『ドッ』、と何か重い一撃が入ったような音が聞こえたのを最後に、俺は意識を手放した。
▽
意識を取り戻した俺は、病院のベッドの上で横になっていた。
起きたとき、灯香里がベッドの縁に顔を埋めて寝ているのに気付いたときはぎょっとしたが、目が覚めて泣きながら抱きついてきた灯香里に丸1週間寝たままだという話を聞いて納得した。
相当強く頭を殴られたらしいが、当たり所が良かったらしく大した後遺症もないとのことだった。
そしてなによりビックリしたのは、今回の事件の犯人は理事長の親戚に当たるあの学校全体から嫌われている古株教員だっというのだから驚きである。
どうも前理事長である理事長の父が、就職先が見つからないと泣きついてきた甥っ子であるあの人に、甥っ子だからと職場を与えたのは良いが、前理事長が亡くなったのを期に理事長から直に採用を貰った自分は偉い、というのを全面に押し出すようになったらしい。
というか、遠縁とは言え親戚が姪っ子を誘拐して子供産ませようとか人間的に終わってるだろ。
そして、皮肉にもこの事件で何故俺が灯香里の恋人役を頼まれたのかを理解した。
「なんというか……悠里の生まれ変わりといい、親戚による誘拐事件といい、小説みたいな話ばかりだな」
「正直、私も出来過ぎだって思ってる」
お見舞いの定番と言って良いリンゴを剥きながら、灯香里は苦笑した。
「今になってだけどね、私、孝弘に酷いことしたなって思ってる」
「それは……何で?」
俺は灯香里の剥いてくれたリンゴを食べながら先を促した。
少しの躊躇いの後、灯香里が口を開く。
「今回のことで、目の覚めない孝弘を見てて思ったの。孝弘も、前の私が起きないのを見て同じ気持ちになったのかなって」
「それは……どうだろうな」
多分、俺が悠里に対して感じた気持ちと灯香里が俺に対して感じた気持ちは似ているようで違う。そんな気がした。
「ねえ孝弘、こんな時に言うのは卑怯だって判ってる。けど、今伝えないと、伝える機会を逃しちゃうと思ったから……」
思えば、始まりはただの偶然。
悠里の生まれ変わりである灯香里の父親が理事長をやってる学校に俺が採用試験を受け、たまたま灯香里の目に留まって採用された。
その時、不審な動きのあった親戚から灯香里を護るため、灯香里の恋人役を受けることになって、一緒に過ごす時間が増えた。
そしてお互いに、気付かないうちに惹かれあって……。
「土屋孝弘さん。私、御影灯香里は……貴方のことが好きです。だから、これからは恋人役ではなく、本当の恋人になってもらえませんか?」
目に涙を浮かべながら、緊張した表情で俺に自分の思いを告げてた灯香里に、かつての幼馴染みである悠里の面影は無く、一人の恋する女の子が俺を見つめていた。
そして俺はそんな灯香里に応えるべく、ゆっくりと唇を重ねた。
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