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2017年/短編まとめ

過去と今がこんにちは

作者: 文崎 美生

「あ、シバ先生だ」


酷く抑揚のない声は、酷く聞き覚えがあり、条件反射で眉を寄せてしまう。

振り返った先には、案の定と言うべきか、過去の教え子が立っていた。


中学のセーラー服ではなく、進学先のものであろうブレザーを着ている。

着られてるようには見えないが、見慣れないので違和感はあった。


「お久し振りです。お休みですか」


疑問符も付けずに、まるでどうせそうだろう、とでもいう問い掛けだ。

実際そうだが、年上に対してお前はそれでいいのかと逆に問い掛けたい。


「……作間(サクマ)は珍しく一人か」


「ボクは基本的に一人ですけど?」


はて、とでも言うように首を捻る作間。

中学時代はポニーテールだったが、高校に入ってからはサイドテールにしたらしく、ひょこひょこと動く癖毛が見られない。

その代わり、やけに伸びた前髪が横に流れる。


俺の言葉が理解出来ない、と言うような顔をしているが、中学時代、作間の隣には基本的に三人の幼馴染みがいた。

全員が全員一緒ではないが、必ず一人、作間の隣を陣取っていた気がする。


「……文崎(アヤサキ)とか創間(ソウマ)とか絵崎(エザキ)とか、お前いっつも一緒だったろ」


作間を含むその三人は、やはりまとめて過去の教え子で、それぞれが独特のキャラクターだった。

作間はマイペースで口を開けば、無意識に毒を吐いている上に、他人への興味が薄く、まともな交友関係が見られなかった。

高校になって、交友関係くらいは改善されていて欲しいと心の底から思う。


そんな作間の幼馴染みである文崎は、成績優秀で品行方正で、文武両道という言葉を体現したような生徒だった。

が、眼鏡の奥からこちらを見ているあの目は、嫌味なくらい大人びていた気がする。

聡過ぎる子供と言うべきか、何かと器用だが、息抜きを知らなかったが、高校ではどうだろうか。


同じく幼馴染みだが、幼馴染みの中で唯一の男である創間は、成績の良い素行不良だった。

時折他校と揉め事を起こしていたが、売られた喧嘩を買っただけだったりする。

だった、で済む話ではないが、幼馴染みが絡まれたというのが殆どだったので、保護欲と言うか庇護欲が強いのだろう。

それでも血の気が多かったので、高校生になって血も抜けていれば良い。


そんな二人の幼馴染みに対して、三人目の幼馴染みである絵崎は大人しかったと思う。

髪色は自分の手で染め上げたらしい赤だったが、その容姿に対して我は強くなく、いつも笑っていた。

髪の色のことで追い掛け回したが、逃げ切られることが多かったことを思い出し、頭が痛くなる。

しかし、そんな姿とは逆に、何かと自信が無さそうに作間に助言を求めているのを見て、周りが首を傾げることもあった。

高校生になったのだから、少しは自信を付けていることを願うばかりだ。


「……凄く遠い目になってますけど、ボク達は相変わらずボク達ですよ」


つい、と控えめに袖が掴まれた。

見下ろした先には、相変わらず首を捻った状態でこちらを見上げる作間がいる。

髪全体が長くなり、前髪で表情が更に読み取りにくいが、髪型も変え、制服も着慣れているようだ。

顔色も心なしか中学時代よりも良い気がする。


「この前、テスト前だからってクラスメイトも交えて、勉強会したんですよ。ほら」


差し出された薄っぺらな端末。

黒い機体に濃紺のカバーで、女の子らしさの欠片もないが、その画面の中に閉じ込められた画像は、まぁ、楽しそうだ。


ポッキーを咥えたまま、シャープペンシルを握っている作間。

勉強会の段階でうつ伏せになっている絵崎。

参考書を開いて眺めている創間。

誰かのプリントを丸つけしている文崎。


そんな過去の教え子達以外にも、赤い眼鏡を押し上げながらテキストと向かう男。

うつ伏せになっている絵崎を必死に起こしている、髪の長い女。


中学時代には考えられない光景だった。

例えば、文崎や絵崎なら簡単に作り出す光景だが、作間には出来ない。

それくらいに交友関係が狭かった。

創間の場合は男なので、男女交えてというのが幼馴染み以外で成立しないのだが。


「やっぱり幼馴染み同士の時間の方が多いけど、前よりは少し、他の人に割く時間が出来たんです」


「……何か泣きそうだわ」


別に涙なんて浮かんでないが、目頭を指先で掴めば、抑揚のない「ウケる」という言葉が聞こえた。

全くもって言葉が笑っていないのだが。

視線を向けてみても、表情は無表情と言うか、真顔だ。


「いつになっても、教え子がちゃんと成長してるんだって分かると、嬉しいんだよ」


「……それは、ボクがちゃんとシバ先生の生徒だったってことですね」


癖毛が僅かに跳ねた髪を見ながら、作間の頭の天辺に手を置いた。

頭の形を確かめるように撫で回せば、抵抗する気もないのか、ぐりぐりと撫でる方向に首を回す。


「何お前、俺のこと先生だと思わなかったのか」


ちょっと強めに頭を押さえ付けてやれば、うぅっ、と唸り声が聞こえてくる。


「いえ。逆です」


「逆?」


「シバ先生の方が、ボクを生徒だと思いたくないんじゃないかと思いまして」


ぽむり、頭を一つ叩く。

先程飛び出ていた癖毛の本数が増えており、本人もそれに気付いて髪を撫で付ける。

いや、生徒だろ、という言葉は出なかったが、目を見開いてしまう。


文崎や創間は、ハッキリと思っていることや考えを口にするタイプだ。

絵崎だって、納得のいかないことなどは言う。

言えなくても行動で分かる――例えば、赤毛の校則違反の件で追い掛ければ、猛スピードで逃げるなど――のだが、作間は違う。

はぁ、はぁ、と曖昧に頷きながら人の話を聞き、自分の思いや考えは言わず、それらしい行動も見せない。


中学一年生の頃から三年生の卒業まで見てきたが、意思薄弱と言うべきか、何を考えているのか全く分からなかった。

こう言っては何だが、ある意味一番扱いにくい生徒だろう。


「大事な大事な生徒だろ。成長してるようで、何よりだ」


長い前髪を掻き上げ、そう言って見れば、ぱちぱちと真っ黒な目が瞬きを繰り返す。

それから、ふはっ、と吹き出した。


「そうだね。ボクも、御子柴先生が、先生で何よりですよ」


繭を下げるように、くしゃりと笑って見せた作間は、くつくつと楽しそうに喉を鳴らす。

まともな呼び方をされたことに、俺も笑って見せれば、作間の胸元ではセーラーとは違う、赤と濃紺のネクタイが揺れていた。

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