第31話 主役不在の会合
湯気しげ洸が息を荒げて、
「すみ田ーー~~ッッ‼」
彼の名前を叫んだ。
顔はーー上気し真っ赤に染まっていた。
それに。
ごきゅ!
(--……殿がお怒りでござる)
すみ田も生唾を飲み込んだ。
「あのォー自分。僕に教えなアカンやろぉーあの子供は何やねん」
「! 馬鹿者ッッ‼ あの方こそ、拙者は仕える! この《佃田》統治者! 湯気しげ洸殿でござる!」
その言葉に、
「んな嘘やろォう? んな莫迦なことがあるかい」
たま万呂が鼻で笑った。
「拙者がお主に嘘を吐くと思うでごーー」
「思わんわ。んなこと言う人間じゃないのは。僕も莫迦じゃない」
肩を軽く上に上げ、
「僕もあの人間に仕えなアカンと思うたら。何や……可笑しくてなぁ」
そう漏らした。
間。
感動的な再会後。
しげ洸の行動は、すみ田もタジタジだった。
まず。
『この赤ん坊はーー拙者の子でございます。殿』
蜜妃との愛児を紹介したとき。
すみ田自身も、彼が信じないと思っていたーーのだが。
『うむ! 性別は何じゃ?!』
『……女子でございます』
場所はもちろん、こ暮の部屋で。
《経文結界》を張ってだ。
他の武士との視線もあったからだ。
ゲスなやっかみも、憶測もーー気にせず話したかった。
『名はありませぬ。出来れば殿に頂ければと』
畏まるすみ田とは反し。
こ暮は酒を煽っていた。
ブツブツと何かを言いながら。
『ふむ。--……椿姫と言う名はどうじゃ? すみ田』
『椿姫……良き名前です。殿』
『ふむ!』
しげ洸はすみ田が抱く赤ん坊ーー椿姫の頭を撫でようとしたが。
口が小刻みに動き、手を引っ込めた。
さらには。
一緒に連れ帰って来た彼ーーイキ橋たま万呂兼疫病。
それにつけても。
『僕ぁー』
『うむ! 城内に住むことを許可する! 以上じゃ!』
とくに訊くでもなく。
そう満足そうに言い放った。
さすがのそれに。
『殿。さすがに得体の知れない人間をホイホイと移住許可されては』
酒でほろ酔いのこ暮が申し入れた。
『こ暮! お主、殿の判断に反対すると申すでござるか!?』
『反対も何も! オラは城内での生活を反対しているだけです!』
『殿が許可した以上は、住んでも構わないでござるぞ!』
『んぅー~~? 自分、すみ田の何なんやぁ? 些か、ウザいでぇ?』
大の字で寝ていたたま万呂が、勢いよく起き上がった。
怪訝な表情で、目元が鋭く吊り上がっていた。
『拙者の弟でござる。名をこ暮と申す』
『弟ォ~~何やねん。それは』
『頭が弱いようですね。弟とは血の繋がりの在る人間ってことだ』
敬語と、ため口なのは。
酔っているからだ。
『よく分からんわ。つまりはどういうことやねんな』
『もう一人の拙者ということでござる』
『似てない人間なのにかぁ? 全っっっっ然、自分に似てへんやないかぁ』
目をつり上げて行くこ暮にしげ洸も、
『それはおいおいと知っていくがよい。たま万呂よ』
にこやかに言い、
『さよかぁ』
たま万呂も、唇を突き出し言い返した。
『兄上様。どうぞ』
『む。お主、拙者が酒に弱いのを知っていて杯を渡すでござるか』
すみ田も受け取り、一気に飲み干した。
ここで、すみ田の意識は途絶えた。
間。
「ありゃまぁーすみ田。寝てもぅたやないかぃ」
杯を口につけたまま。
たま万呂が笑った。
「自分。こうなるようにしたやろ? 悪いやっちゃなぁー」
「煩い。君に言われたくはない」
げふ! と息を吐く。
「でだが。儂はこの椿姫を湯気家の養女にしょうと思うのじゃ! 結婚したと言っても、まだすみ田の奴も若い。他の女性を側室にするかもしれぬ。仕事も激務この上なく、面倒も見るのもままならぬじゃろぅ」
お茶を酌みながら、そうしげ洸が続けた。
その言葉に、こ暮も。
もちろん、たま万呂も驚いたが。
頭を頷かせた。
「そぅやなぁーすみ田も若いしなァ」
「十四歳だぞ。兄上様は」
「じゅ……何や、訳分からんわぁー自分の言うこたぁ、ちっとも分からんわぁ」
たま万呂の言葉に、歯ぎしりをするこ暮に。
「君はどんな生活していたんだ。今まで!」
「どんなかて……そやなァー真っ暗な中で暮してたわ」
たま万呂の言葉に、こ暮が口を閉ざした。
ばつの悪そうな表情を浮かべて。
「こ暮。お主は椿姫の許嫁とするのじゃ」
ぶわ。
ぶわわーーっっ‼
「ぁ、あの゛、ととと、殿?!」
「はぁー~~?? また意味分からんことを言い始めてからにぃ」
「君は黙って居ろ!」
ついにはこ暮も頭を抱え込んでしまった。
ぱっと見の椿姫はーー愛らしい。
羽は生えていてーー明らかに、人外と分かる外見でも。
どこか甘い匂いがし、四肢が痺れる。
「お主の場合。誰のアプローチも流す残念ながらタイプと言われて居るしな」
「オラにアプローチしてくる女子は居ませんよ」
「そやろなぁ~~自分、残念な男っぽいもんなぁ! ふは♪」
「君は黙って居ろ!」
こ暮は杯に残った酒を呑み干し。
頭を垂れた。
そして。
「この縁談を。伊井こ暮ーーお受け致します」




