第2話 主役の憂鬱
伊井すみ田が起きて窓を見ると。
大量の鴉が羽を広げていた。
「ふむ。いい天気でござるな~」
衣服を着替えて終えると。
仕える藩主である、しげ洸の元へと急いだ。
そして。
歩いていると大量の黒猫が横切った。
「今日も、良い日になりそうでござるな~」
大きく腕を伸ばし、大欠伸をする。
あえて。
目の前のものがなかったことにするかのように。
しかし、すみ田はそうではなく。
本当に、気づいていなかった。
一匹の黒猫を掴み。
頬に押しつけ、優しく地面に戻した。
「おう。すみ田」
「む。ああ、浅葱 師匠。おはようでござるよ」
すみ田がそう挨拶したのは。
木の上にいる華奢で、煙管を吹かす男にだ。
彼の容姿は、異様で。
すみ田たち、日本人よりも体格があった。
山伏の格好をしており。
何よりも黒い羽を背中から生やしていた。
そう、彼は妖だ。
すみ田に鍛錬した師匠でもある。
顔は優男のような面持ちで、左の頬に縦に五センチの傷があった。
赤髪も長く肩まであり、、前髪をアップし留めていた。
「このような人里に来られて。如何されたのでござる?」
「ああ。今日は山に来るかい?」
「ふむ。行く予定ではござらぬが」
「来い。今日は主の十二歳の誕生日だ。娘のアケミが祝いたいと言っているんだが」
「アケミ殿が、でござるか? 今日はよくないことが起きそうでござるなぁ」
「そう言ってくれるな。父親の前なんだぞ」
はにかんだ表情に、すみ田も。
「済まぬ。でも、浅葱師匠もそう思うでござろう?」
「ふふふ。まぁね、あんな娘だからね」
「アケミ殿に宜しく伝えて下され」
「ああ。分かったよ」
バサ。
バササーー……。
「ふむ。そうか、今日は拙者の誕生日であったのか」
腕を組みながら長い廊下をすみ田は歩いて行く。
少し微笑んでいた。
「ここのところ忙しくて、そんなこと思ってもいなかったでござるなぁ」
そして、しげ洸の部屋の前の襖。
すみ田が腰を下ろし、深々とお辞儀をした。
「殿。おはようございます、拙者すーー」
「いいから、来い。すみ田」
「では。失礼を仕るでござる」
シャーー……。
タ、タン。
「誕生日おめでとうなのじゃー~~っ♪」
しげ洸が細かく切った紙を散らした。
すみ田を目がけて。
呆気に取られていた彼に。
ひょっこりと現れたのは。
「兄上。おはようございます」
「!? こ暮! お主、何故、殿の部屋に居るのでござるか!?」
「よいよい。儂が呼んだのじゃ」
「殿、がでござるか?????」
少し、こ暮を睨むすみ田。
こ暮は目を背けた。
「うむ! お主に暇を遣わす!」
「……--は?」
「暇じゃ! 暇! つまりは休みじゃ、休みじゃ!」
「こ暮。この状況を説明するでござる」
「兄上様。言葉の通りですよ。殿が兄上様に暇を、誕生日プレゼントとのことです」
「殿。拙者は暇など必要ございませぬ。言葉は有り難く受け溜まりまする」
深々とお辞儀をし《暇》を拒否るすみ田。
だが。
「いかん! もう予約も取ったんじゃぞ!? お主のために!」
すみ田の顔も。
その言葉に勢いよく上がった。
「予約とは、……なんでござるか! 殿!?」
自身のために、藩の少ない経費を使われていることに。
すみ田の表情も青ざめてしまう。
「じゃから、お主が拒否ることは出来ぬのじゃ! すみ田、諦めるのじゃ! ははは!」
すみ田の目が、ギョロリとこ暮へといく。
それにこ暮が左右に手を振る。
大きくすみ田は息を吐き。
「畏まり申した。拙者の負けでございまする」
しげ洸に白旗を振った。