第19話 旅行1 ⑭ イキバシ
そこは誰かが意図的に設計したーー《イキバシ》だった。
決して、後ろを振り向いてはならない橋。
誕生日を迎えた人間が選ばれる試練でいて、試験の間でもある。
入った者がいても、出て来た人間の記録は。
一切合切として、残ってはいない。
「拙者はこのままーー引き返すでござる」
重い口調で、そうすみ田が言った。
そんな彼にかやのが顔を正面に向けた。
蜜妃を押し退けて。
「!? おいおいおー~~いぃ?! 馬鹿なんじゃないのぉ?!」
両肩から彼女の手を払い落し、自身の手を乗せた。
「言ったじゃないか! 引き返しちゃあいけない場所だってこと!」
すみ田の顔が左右に、上下に。
揺さぶられる。
「引き返しちゃったら! 引き返しちゃったらァ‼」
大粒の涙が、かやのの目から。
大量に流れ出た。
「何故。お主は、拙者のために泣いてくれるのでござるか?」
「す、好きだからだよぉ~~う! 行かないで! 行かないでくれよぉ‼」
かやのはすみ田の胸元に顔を埋めて。
告白をした。
しかし。
「済まぬ。お主の気持ちに応えることは出来ぬでござる」
かやのの背に手を置き。
ポンポン! と軽く叩いた。
「拙者には妻が居るでござるが故」
ぶわ!
ぶわわわわ!
「一夫多妻は流行りよ! いいじゃないの! 一人も二人も‼」
「済まぬ。お主の気持ちには応えられぬでござる」
「嫌だ! 嫌だ! 好きなんだ! 大好きなのッ!」
すみ田はかやのの手を握り、手を肩から下した。
「済まぬ。お主の気持ちには応えられぬでござる」
「わァ゛ああ゛あァア゛ァ゛~~ッッ‼‼」
「お主は拙者の大事な心友でござるよ。かやの殿」
「じんゆ゛ぅ゛??」
「うむ。女子では初めてござるよ」
「!? っは、はじめて……初めてなのか??」
「む? うむ!」
にこやかに答えるすみ田に、かやのの表情も明るくなった。
それを冷ややかに、蜜妃が見つめていた。
「旦那様」
「拙者の妻はお主だけでござるよ。蜜妃殿」
「はい。旦那様♪」
すみ田と、蜜妃が見つめ合う。
その間に、かやのが割り込み。
「コラ! お前も止めろよ! 旦那が死んじゃってもいいのかよ!」
「妾は旦那様の路を妨げることなどしない」
「こー~~のォ~~‼」
「ふふん♪」
「では。伊井すみ田ーー参る!」
「ゃだ! すみーー……ッッ‼」
ガタン!
「ぁ、あああ……ぁ、あ゛~~」
地面に膝から崩れ落ちたかやのに。
蜜妃が膝をつけ。
かやのの背に手をつけ、擦った。
「旦那様は。自ら災いに打たれ、恐ろしくも病にかかるわ」
「……引き返す、から? それを知って居るのに、なんで! なんでだよぉう‼」
「人を殺すにはさしたる代償に過ぎないわ」
「ぅ、うう゛……人を、同族を殺すなんて、なんて……悪魔の所業よ!」
「ええ。旦那様はーー修羅に堕ちるのよ。妻である、妾のために」
そこは誰かが意図的に設計したーー《イキバシ》だった。
決して、後ろを振り向いてはならない橋。
誕生日を迎えた人間が選ばれる試練でいて、試験の間でもある。
入った者がいても、出て来た人間の記録は。
一切合切として、残ってはいない。
ただ。
《イキバシ》の由来には様々にあって。
行き橋。
生き橋。
そして。
逝き橋とも、言われていた。
行っても地獄、戻っても地獄。
まさに。
由来の通りであった。




