第1話 主役不在の)会合
ここは日本。
「いい汗をかいたのぅ」
さらに言うならばーーはるか遠く片隅の。
弱小で田舎にある藩ーー《佃田》
「殿! またこのような場所に!」
「ん。おおう! どうしたのじゃ、すみ田」
「畑の手伝いや、水田の手伝いもいいでござるが。大概にするでござる!」
「む。今日は一段と。険しい表情じゃのぅ? どうかしたか?」
すっとぼけるこの少年こそ。
この藩を統括する湯気しげ洸だ。
彼はまだ、八歳と若いにも関わらず。
父親が早くに隠居し、兄は病弱のために。
お鉢が回って来たのだ。
容姿を言うならばーー年相応に大きな目に対し。
髪の毛は若いにも関わらず、湯気のように薄く。
その薄いく寂しい髪を、頭のてっぺんで縛っている。
「殿の職務は、この《佃田》を統括することでござる! 仕事も溜まり、他の者にも示しがつかぬ!」
「手厳しいのぅ。すみ田、お主は~~」
「さぁ、早く! 城に戻るでござ~~る‼ 殿‼」
「分かった、分かったから! 儂の背中を押すではない。すみ田ぁ~~」
飄々とした殿ーーしげ洸を迎えに来たのは。
産まれたときから、湯気一族に仕える伊井一族の嫡男のすみ田である。
彼の容姿は、しげ洸よりは少年らしくない落着きのある面持ちだ。
少し垂れ目で、鼻先にそばかす。
これは伊井一族の少年期の特徴でもある。
髪はしげ洸とは異なり質も量もある艶やかな黒髪を。
前髪を真ん中で分け。
後ろで編み紐で括りポニーテールをしていた。
そんな彼に。
またとないイベントがやって来る。
本人は忘れているが。
それはーー誕生日だ。
彼は十二歳になる。
「しかし。すみ田殿も、よくもあの殿に従えるものじゃ」
「ああ。あんな子供相手に、儂なら出来ぬわ」
「しかも。あの殿が産まれから、すみ田殿が休暇をとったところが見たことがない」
「いやいや、ないよ。すみ田殿はあの城から出たこともござらぬ」
深夜、家臣たちが集まり。
酒を呑み、話しの肴はすみ田だった。
「何故。オラの部屋で、そんな話しをするんですか?」
怪訝な顔をするのはすみ田の弟、こ暮であった。
家臣たちが集まっていたのは彼の部屋だからだ。
しかも。
こ暮も、まだ九才という年齢。
目はしげ洸と同じく大きく。
違うのは髪の量ぐらいで、彼の鼻先にもそばかすがあった。
「ま、ま! この酒を呑まれますかな! こ暮殿!」
「はァ。何を企んでおるのだ。お主たちは……酒は貰おう。部屋の貸し賃代わりだ」
何故、彼の部屋に集まるかと言えば。
この藩で、もっとも安全で。
密談が出来るのは、彼の部屋しかないからだった。
「企むも何も! とんでもない! 儂らは、すみ田殿に贈り物をしたいだけじゃ!」
「うむうむ。些か、オーバーワークと言うものじゃ。すみ田殿は、子供故ブレーキがござらん」
「殿も、すみ田殿が休暇を取れば。もう少し、すみ田殿の有り難さも分かるじゃろう」
「そうかのぅ? 分かるかのぅ?」
「「「「‼??」」」
一同が一気に襖の方へと向かった。
「……--こ暮殿ォおお?? 《経文結界》は……されておらんのですかァああ??」
「解いて。床につこうとしたのを、押し入って来たのはお主たちであろう」
「早く、言ってくだされ~~ッッ‼」
「こーぐーれー殿ォー~~ッッ??」
それぞれが真っ白い寝巻の姿で。
裾や、襟足を整えて。
深々と、しげ洸に頭を上げた。
「うむ。苦しゅうない! 表を上げい!」
「「「は、はァ~~ッッ!」」」
ぐび。
ただ一人。
こ暮はお辞儀をしない。
「こ暮よ。何やら美味しいものを飲んでいるのか? 儂にもくれ!」
「いいえ。これは毒に故、殿にお呑み頂くわけにはございません。兄に叱られてしまいます故」
上手くはぐらせながら、そう呑み干していく。
「そうか。儂のために毒に耐久性を持たせるためじゃな! さすがはすみ田の弟じゃ!」
「そりゃあ、どうも。あー~~旨めぇ」
ぴしゃり!
襖を閉じるしげ洸の行動に、こ暮が首を傾げた。
「? 殿、厠はお済みになったにですか?」
「……よく分かったのぅ」
「時間が時間ですからね」
「うむ! 厠には急いで行ったのだ! この会合が終わる前にじゃ!」
どかり、と畳の上に腰を据えて。
目を輝かせるしげ洸。
提灯の灯りが照らしていく。
「で。何を貢のじゃ? あのすみ田が驚く顔を儂も視たいぞ!」