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祝祭と祭司

 はぁ、美味しい。やっぱり下界の食事は良いわね。ほら天界だと食べ物に種類とか無いし、基本マナを啜ってる訳だし?最近固形マナとか言って、無理矢理固めて食感だけでもなんとかしようと涙ぐましい努力してるけど、それって結局美味しい物が食べたいって欲求はあるってことじゃない?じゃあ素直に美味しい物食べればいいじゃないって思うんだけどまあ殺生禁止だし、天界しか知らないエリート組と私達みたいな地上からの叩き上げ組でまたその辺の意識の差っていうのがねー。あっちょっとローストビーフ全部食べるんじゃないわよ!


 なんやケチケチしなや、まだなんぼでも料理あるがな。ほれそこのワイン煮とかごっつ美味かったで。ちゃんとフォンドヴォーからやっとるなこれ、こういうのに物凄い手間隙かけてしまうのが人間の凄い所でもあり恐ろしい所や。儂らみたいなもんがこういうのやるとどうしても手を抜くっちゅうか、結果に直接飛ぼうとしてしまうけど、それではいかん。一つ一つの手順を一歩一歩踏みしめていかんとな。いや儂も昔地上におった時に相当贅沢したけども、ちょっとの間に随分進歩したもんやで。もう一回しばらく降りてみよかなー、いやそういう訳にもいかんわな。


 いや最近はこっちも皆手を抜きがちっていうか、買ってきてレンジでチンが一番楽みたいな人結構いますよ。余裕が無いっていうか、無駄がなさすぎるっていうのか、楽な手段があるとそっち行っちゃうのも人間っすよね。最適化?効率化?言い方は色々ありますけど詰めりゃいいってもんじゃないし。冷凍食品は冷凍食品でまた物凄い工夫重ねててどんどん旨くなってきてるのがアレですけどもたまにはこういうのも食べないと。いや本当に美味えなこれ、地上でもこんだけのもん食べてる奴はそういないっすよ。




 バイトから帰って自分の部屋に入ると、マンガでしか見たことがないようなキラキラ非現実的美少女と、忘年会におけるサラリーマンの悲哀を体現したかのような間抜けな着ぐるみのおっさんによるクリスマスパーティが開催されていた。

 一瞬現実を認識できなくなった俺だったが、そのまま茫然自失で突っ立ってるとお前もこっちに来て食えと誘われたので、判断力を喪失したままになんとなく順応して飯を食っているのであった。状況に流されるって楽だよな。しかしいつまでもこうしている訳にも行かないしそろそろ切り出そう。飯も一段落したことだしな。あのーそろそろ自己紹介とかして頂けません?


「あら、そういえばまだだったかしら。でも、この格好と状況見たらなんとなく分かりそうなものじゃない?けれど名乗らないというのも礼を欠くわね。良いわ、良くお聞きなさい。まず私が…」


 少女は音もなく立ち上がるとまず両手で膝丈のスカートの裾を少し摘み、左脚を後ろに下げ、右足の膝を軽く曲げる。その後直立に戻ると共に背筋を伸ばし、両手を前へ。そして爪先立ちになると右脚を軸に、左脚を曲げ後ろに回し、独楽のように回り出した。回転に合わせ、両腕が左右に開かれ変化する。回転は舞踊へと昇華され、時に儚く、時に艷やかしい表情を魅せる。ツインテールに結ばれた長いプラチナブロンドが光輪を描くかのように尾を引く。その様は、夜に咲き誇る華のようだった。そしてそのまま反動を一切感じさせずに静止し、目を見開き歌舞伎役者が大見得を切るかのような大仰さで言い放った。


「サンタよ!!!」



「そして儂が…」


 着ぐるみのおっさんが立ち上がる。それでようやく気付いたがこのおっさん恐ろしくデカいな。2m超えてるぞ。脱力した、無駄のない自然体を取ったその直後、おっさんが爆発のような速度で動き出す。


「剛直のフロントダブルバイセップス!」

 おっさんの筋肉が瞬時に着ぐるみの中でパンプアップした。少し余裕が有るくらいにダブついていた着ぐるみが内側から押し上げられ、はっきりと筋肉の形に変形する。


「錬鉄の如きサイドチェスト!」

 半身になり肩と肘を突き出し、鉄塊の硬度を連想させる形に筋肉が固定される。速い。ポーズからポーズへの繋ぎのモーションが目視できないほどに俊敏だ。そのストップアンドゴーのメリハリがこのクオリティを生んでいるのだ。


「峻烈なるバックダブルバイセップス!」

 そのまま後ろを向き広背筋を誇張するおっさん。肩から尾てい骨に至るまでの強靭なラインと激しい筋肉の隆起はさながら前人未到の山脈を思わせた。


「全にして一、原初と終焉のアブドミナルアンドサイ!」

 両手を頭の後ろに組み、完全な配列とカットの腹筋を見せつける。その生命の躍動と幾何学的なシンメトリーの調和は、世界の真理を記した聖典にも等しい。


「トナカイじゃあ!!!」



 渾身の決めポーズとドヤ顔のまま止まり、こちらのリアクションを待つ自称サンタとトナカイ。いや分かってはいたよ?なんとなく分かってはいたけど信じたくなかったから目をそらしてただけだし、より説得力が無くなったよ。とにかく一つずつ問い質していくしか無さそうだ。えーっと、まず大分聞いてる話と違うみたいなんですけどお二方?


「駄目ねえ、これだから想像力に欠ける現代人は。良い?よくお聞きなさい少年。まず確かにサンタクロースの元になっているのは聖ニコラスっていうおじいさんよ。信仰篤く、慈愛溢れる司祭であった彼が貧しい民衆に金貨を施したのがその始まりであるとされているわね。そこまではいいわ。」


「そう、そこまでは良かったんや。その功績が評価されて列聖され、天界に召し上げられたニコラス爺さん大喜びでテンション上がりまくってな、神は我々を見放していなかっただの、地は神の愛に満ちていただのエライ盛り上がっとったわ。そんでそのままの勢いで、その評価された民草への施しを、聖霊となってからも続けようとしたんやけど…」


「いつの間にか地上でのサンタクロース伝説が、元のニコラスお爺さんのお話から尾ヒレ付けたなんてレベルで済まないくらいに変形してたのよ。なんでただ貧しい人に金貨あげただけの話が『トナカイの橇に乗って空を飛び、一晩の内に世界を駆け回って漏れなくプレゼントを配る』なんて話になるのよ。ニコラスお爺さん可哀想に腰抜かしてたわよ。ハードル上げるにも限度ってもんがあるでしょうに」


「それでも神の祝福を受け、聖人としての力を持ったニコラス爺さんは『神と民達の期待を裏切る訳にはいかない』ってんで、最初は気合と信仰心だけで実行しとったんやで。良うやるわホンマに。同僚の聖人達も止めてたんやけど、同じ聖人だけに気持ちも分かるみたいで及び腰でな。結局爺さんの体力が先に尽きた。元人間上がりの聖霊の限界って所やな」


「ニコラスお爺さんは流石にもう無理なんで休んでもらってるんだけど、ここまでの強度で固定化されてしまった伝承はもう絶やす訳にも行かないのね。それで、体が丈夫な私達みたいなのが分業してやってるって訳。それでも世界漏れ無くなんて言う訳にはいかないから、適当に抽選で数を絞って無理のない範囲でね」



 …殆ど夢として処理するしか無いくらいぶっ飛んだ話だが、所々で妙に人間臭い背景が覗くもんで、状況を理解することだけは出来そうだ。なんつうか、死んでからも色々大変なのね。まあ夢なら夢でいいし、今は話に乗っておこう。で、それを含んだ上でわからない部分が一つある。あの、お二方のお名前は?


「え?いやだから今言ったばかりでしょうに、しょうがないわねもう一回名乗ってあげるわ。せっかくこれ練習したんだしね!行くわよトナカイ、我々は!」


 いやサンタとトナカイなのは分かりましたけど、お話を聞くにそれはもう固有名詞じゃなくて役職名みたいなもんなんでしょ?流れから察するに、お二方もそれぞれ名の通った方なのでは?


「…意外に鋭い所突くわね。特に取り柄もない平凡な一市民だと思ったら」


 ポーズ途中で固まりながら目だけをこっちに向けて言われた。余計なお世話っすよ。


「アカンで嬢。人間を見た目で侮ったらアカン。いや見た目も大事なんやけど、本当にある瞬間に輝きを見せる人間の真価ってのは万人に等しく内包された魂から生まれるもんなんや。それこそ儂らに匹敵するほどにな。アンタかて知らんわけやないやろ」


 いやそれは知ってるけど問題はそういうことじゃなくてまさか名乗る訳にも行かないでしょどうすんのよだから言うたやないか嬢こういう時もシミュレートして決めとくこと決めとかなアカンってだってまさかそんなことに興味持つ人間なんて居ると思ってなかったからえっとえっとどうしよ嬢そろそろ坊主怪しんどるで適当に思いつきでエエからぶち上げたれや等と散々ほぼ丸聞こえの内緒話を一通りし終わったあと、少女のほうがおずおずと名乗り始めた。


「えーっと私は…アス…いやイシュ…えーっと…そう、シャルロッテ!シャルロッテよ!」


 最早疑いようもなく偽名だが、まあそこをほじくり返しても得は無さそうだ。じゃあそちらの筋肉質のトナカイさんは?


「儂か。儂はマスコットのゴリゴリさんや」


 ゴリゴリさん。


「そうや」


 トナカイなのに?


「急遽トナカイにコンバートされたんや。まあ森の聖人ともなればトナカイに扮する程度、造作も無いことやな」


 この人、いや人か?とにかくこっちはだいぶ場馴れしてるらしく余裕がある。しかし、なんか隠してるのも間違い無さそうだな。まあそこはどうでもいいや。えっと、話を総合するに、シャルロッテさんとゴリゴリさんは俺にプレゼントを持ってきてくれたんですよね?その割には手ぶらっぽいんですけど。


「ふふん、我々天の御遣いが贈るプレゼントなのよ。そんな人間界に流通してる物品であるわけがないじゃない。真に価値あるものは常に無形。カタチとはその器でしかないわ」


 そう来ましたか。じゃあアレですか、神の祝福とか、未来への希望とか、隣人への愛とかそういう現代において強みになったり時として持て余したりしがちな浮世離れしたそういう。


「ニコラス爺さんの時はそういうのやったんやけどな、やっぱあんま評判良くなくてな。何を言うてみても生き物は腹が膨れにゃ話にならんわな。爺さんが折れてしもた理由の一つはそれや。そこで我々も現代社会に対して入念なリサーチを行い、時代のニーズに合わせたプレゼントを提供することにした。そして今回我々が用意したプレゼントはこれや!」


 てれれってれーと何やら聞き覚えのある軽快な擬音を口で言いながらおっさんが差し出したものは、登場してわずか数年で現代人にとって切り離して考えられないものとなってしまったモノ。スマホだった。そしてそのスマホには何やら妙にギラギラした画面が表示されている。


「あっ、せっせーの!クリスマス限定!この聖夜に迷える子羊に贈る、神様プレゼンツプレゼント!」

「当てろ祝福!引き寄せろ運命!シャイニングポーラスター10連ガチャ~!」


まるで聞き覚えがないが、妙に既視感のあるプレゼント名が告げられた。


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