雨降りでも、晴れでも、
風邪をひいてしまって、書溜めがなくなりました。
しばらく書き溜めます。
樹里もやっと土方家に溶け込んだようですがいいことばかりがあるわけでもないです。
耕助も経験値不足が出てきます。
樹里は水曜日だけ学童保育には行かず、まっすぐ家に戻ることにしている。
祖父はタオルを多く使うこともあり、週に二回は必ず洗濯をしなくてはいけないからだ。それまでは耕助がしていたのだが、自分の洗濯物を耕助に触れられることが樹里には許すことができなかった。
耕助は樹里に祖父の介護をすることを禁じていたためにヘルパーさんもやってくる。
「できると思うんだけどなぁ。」
樹里は洗濯物を分けて洗濯機に投入した。
「なんで水曜日だけなんですか?」
「水曜日はノー残業デーだろ。大手を振って定時上がりができるだろ。」
「土方さんはいっつも早く帰るじゃないですか?」
「それはそれってことでな。」
耕助はすでに帰り支度を済ませて、定時を待っていた。
樹里が洗濯物を干していると祖父が戻ってきた。
待っていたヘルパーさんが迎えでて、彼の着替えを行っていた。
「なんだ。いたのか?」
「うん、おかえり、おぢいちゃん。」
「ただいま。」
着替えを済ませて、祖父はテーブルまで車椅子を動かしてもらった。
「おぢいちゃん、お茶いる?」
「もらう。」
樹里はやかんを火にかけた。お湯が沸くまでの間に次の洗濯物を洗う準備をした。
ヘルパーさんは樹里の祖父に何が食べたいかを尋ね、冷蔵庫から必要な食材を取り出した。
「樹里ちゃん、お湯湧いたよ。」
「はい、ありがとうございます。」
樹里は走って戻り、祖父のために番茶を入れた。
耕助が作った二人のための夕食は昨日の夜に仕込んでおいたハタハタの味噌漬けと米ナスのしぎ焼きだった。
「おぢいちゃん、はい、お薬。」
「あーん。」
「お水だよ。」
まあまあ、うまくやれているようだな。
「樹里、できたぞ。持って行け。」
「うん。こっちが終わったらする。」
祖父の食べたものの後始末をしながら、樹里は答えた。
二人が食事を始めると、祖父の目がハタハタに注がれていることに気がついた。
「食べるか?」
「ハタハタは好かん。身が少ないからな。」
「そう言えばそうだったな。」
「そうなんだ。」
樹里は学校での話を中断し祖父の顔を見た。
「意外と好き嫌いが多いんだ。オムレツとかナポリタン、あとカレーとハンバーグが好きなんだもんな。」
「わたしも好きだよ。」
「子供の舌ってことだ。」
樹里の方がなぜだか、膨れてしまった。
最近は爺さんも穏やかだし、樹里のおかげかな。
耕助は気楽に考えていた。が、好事魔多しというが、調子がいいときほど何かが起こる。
耕助が戻ると最近はリビングにいる樹里が耕助の寝室にいた。
ベッドに伏せて、樹里は耕助に顔を見せなかった。
耕助はジャケットをかけ、大きな取引のときにだけ着るサビル・ロゥ出身のデザイナーのシャツとタイを外した。
横目で眺めながら、どうやってなぐさめようかと考えていると、樹里の方から話しかけてきた。
「わたしって、やっぱり、いらない子?」
「誰がそう言った? ……爺さんか?」
「お前がいなければ、泊まりに行く回数が増えなかったのにって。」
「…爺さんのお泊まりは変わらないよ。おれは樹里がきて助かっている。爺さんと仲良くしてくれるし、おれは樹里がいてうれしいよ。」
「やさしいのね。あなた。」
「そんなことを言ってくれるのは樹里だけだ。」
ガーゼ生地のルームウェアに着替えた耕助は樹里を起こした。
「今日はここで飯を食おう。」
樹里はしばらく黙っていたが、頷いた。
毎回、耕助の祖父はショートステイに出ることを嫌がる。その腹いせが樹里に向かったのだろう。八つ当たりみたいなもので、今自分が説教しても、ほぼ覚えていないだろう。
祖父のことがわかっていても、面と向かって言われるとやはり傷つくことには変わりない。
耕助はせめてと思い、樹里の好きなナポリタンを作った。
樹里は祖父のことが決して嫌いではない。元々は優しい人だったと思える言葉がはしばしで聞けるが、かんしゃくが破裂してしまうと自分でもどうしようもないのだろう。それがわかるだけにとても悲しかった。
洗濯の日なので、小学校からそのまま戻ると、祖父はショートステイに出かけて誰もいなかった。帰宅すると、洗濯機を動かし、ソファにごろんと横になった。
なにもしたくないな。
樹里はうつ伏せになって顔をクッションに埋めた。
終業時間まであと少し。耕助は机の上を整理し、スマートフォンを開き、仕事の予定を入力していた。
と、そこにメールが一通入ってきた。
「うぉお……」
予想もしていない宛先だった。
とりあえず、言い訳の返信の内容に頭をひねった。
家に入ると珍しく自堕落な姿でソファに寝転がる樹里の姿があった。
「…ただいま。」
「おかえり。」
「どうした?」
「ん。何でもない。」
気だるげに起こした身体をソファに寄りかからせて、まるで首が座っていない乳児のように顔をゴロンと向けた樹里に深く尋ねることもせず、耕助は汗を流しに浴室に向かった。
食事の支度をはじめても来る様子はなく、耕助が呼んでからやっとテーブルに着いた。
テーブルの上にはほうれん草のおひたしと大きなホッケの開きを縦に半分に切って骨の取りやすい方を樹里に分けた。
しばらく、煮魚を食べていないな。
黙々と二人で夕飯を口に運んでいた。
テレビでは世界各国の野良猫や飼い猫の映像が流れていた。猫の好きな樹里はこの番組を必ず見ているが、今日はあまり気が乗らない様子に見える。耕助はやっと樹里の様子がおかしいことに気がついた。
「何かあったか?」
「何でもない、よ。」
そういったものの、樹里は耕助の顔を見ようとしなかった。
どうしたものか?
樹里は意外に強情だ。強情というより、耕助に心配をかけまいという気持ちが強いのかもしれない。素直に話してくれない気がする。
諦めて、違う話題を振ることにした。
「なあ、樹里。」
「ん。」
「土曜日に友達を家に呼びたいんだが、いいか?」
「…どんな人?」
「高校時代の同級生だ。二人来る。」
「ん。お料理とか、どうしよう?」
「それは大丈夫だ。一人が持ってきてくれる。」
「えっ?」
「料理が好きな奴がいてな。ちょっとカロリーは高めだが、うまいぞ。」
「そうなんだ。楽しみだね。」
かるく微笑んだ樹里にうなずいた耕助は気にすることをやめた。
それから耕助の目には樹里はふつうに戻ったように見えた。
そろそろ冬服を買わなくちゃなと考えつつ、樹里を見送った耕助は急いで地下鉄に向かった。
樹里はゆりかとと並んで小学校へと目指していた。
「友達がご飯を持ってくるんだって。」
「へぇ… それって、きっと女の人だよね。コースケさんって付き合っている人がいたんだ。」
「聞いたことがない。だいじなことは隠さない人だと思ってた。」
樹里はその柔らかなほおをさらに膨らませた。ゆりかは気分を害している様子の樹里に微笑みランドセルをカタカタと揺らした。
「まあ、決まったわけじゃないし、様子を見てみましょ。」
「…うん。」