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家庭訪問

昨日は忙しくて投稿できませんでした。


樹里の学校の様子など少し

 「行ってきます。」

 「おう。」

 樹里はマンションの玄関先で耕助と別れた。少し歩くと同じクラスの田町ゆりかが待っていた。 

 「おはよう。」

 「おはよう。」

 ゆりかは休みにあったことをマシンガンのように語り続けた。樹里は楽しそうに頷いて聞いていた。

 「で、樹里ちゃんはどっかいったの?」

 「うん。耕助さんと美瑛に行ってきた。おいしかったよ。」

 「えーっ、いいなぁ。でもわたしもね。……」

 教室に入るまで、ゆりかの話は止まらなかった。樹里に何人かの児童が声をかけてきて、朝のチャイムが鳴るまで、話は止まらなかった。


 「……というわけで、今回開発されたレンズの光学特性は以前のものよりも優れており、オートフォーカスのタイムラグも短縮されています。」

 ふぅむとうなずいた取引先の課長はカタログを熟読して、考えてみましょうとうなずいた。

 耕助と後輩の水無は取引先の商社が入っているビルを出た。昼まではまだ早く、一度会社に戻ることにした。

 「やっぱり、土方さんてすごいですね。商品の特性なんか全部頭に入っているんですね。」

 「…売るんだから、当たり前だろ。驚くことじゃないぞ。」

 「そうなんですよねぇ。やっぱりわたしはダメダメですね。」

 「知らないことを恥じることはない。知らないなら知ってゆくだけだ。それよりも水無の電話やメールで済ませるんじゃなくて、実際に相手と会う姿勢は大事にしろよな。それだけで、信頼感が増すってもんだ。自信を持て。」

 「…はあ。」

 ぴんとこない様子で水無は頷いた。

 向かいから急いでいる様子の男性が二人の間を抜けて行った。

 耕助たちにぶつかりはしなかったが、反射的に耕助が振り向き、彼を視線で追いかけた。

 後ろにも耕助たちと同じような男女の営業らしい堅いスーツ姿のふたり連れがいたが、走っている彼は二人の間を通ることなく、避けて走り去った。


 昼休み、給食の後で担任教師に呼ばれた樹里は職員室にいた。

 「松原さんは学校には慣れたかな?」

 「だいぶ。」

 「そうですか。お友達もできたようだし、向こうの小学校では授業も進んでいた様子ですね。」 

 「そう、なのかな?」

 「ええ、先生は勉強の方では松原さんのことを心配はしていませんよ。お家の方も喜んでいるんじゃないですか?」

 樹里のほおにうっすらと紅が差した。

 「耕助さんはほめてくれるよ。」

 「耕助さんって松原さんの叔父さんのことかな?」

 「はい。」

 「松原さんは叔父さんのことを耕助さんって呼んであげているのかな?」

 「耕助さんにはあなたって言っているよ。耕助さんは恥ずかしいみたい。おととい、いっしょにレストラン行って、あなたってよんだら、顔がすごく真っ赤になってた。」

 担任はその状況を想像し、一度だけ顔を合わせた保護者の男性に同情した。

 「どうして、おじさんって呼んであげないのかな?」

 「おとおさんのおとおとだけど、おじさんじゃないよ?」

 樹里の言葉に担任は首をひねった。樹里の言葉に博多の訛りはないが、男親や親戚の呼称をはなす時、発音が奇妙だった。

 「説明、むずかしいんだよ。おとおさんには別の本当の奥さんがいて、わたしのおとおさんだけど、お母さんの旦那さんじゃないの。耕助さんはわたしのことを姪だって言ってくれるけど、それってあっているのか、わからないの。それに耕助さんはおじさんって年じゃないし。おじさんは教頭先生くらいの男の人のことだよ。」

 「ははは…」

 担任は頭の中で樹里の家系図を描いていた。

 福岡の小学校から送られてきた彼女の資料では亡母以外の身寄りはなく、母親が亡くなる前に認知した父親の弟と話し合い、彼が樹里を引き取ることになった。だが、遠隔地のためにお互い顔を合わせたことがなく、今後は要注意とのことだった。 

 身寄りが乏しいままに育ったということで、まだ親族の関係についての理解がこなれていないのだろうということは予測ができた。

 「いま、お家では勉強とか、きちんとできている?」

 さりげなく、担任は樹里の服装を観察した。

 はじめのうちは色あせた服を着て登校していた。

 が、休日を挟んで、今日着ているようなシンプルで樹里に似合う服を着て登校するようになった。時折、妙に高級な服を着ていることもあった。多分、子供のいない樹里の叔父がわからないなりに選んだろう。

 経済的には余裕がある様子だ。

 「うん。宿題とかは学童保育のときにすませちゃう。家に戻るとおぢいちゃんがいるから。」 

 「おじいさんのお世話もするの?」

 「わたしが家に帰るときは耕助さんといっしょだから。わたしはおぢいちゃんのご飯をあっためたりするだけだよ。トイレにも連れて行くことができるけど、耕助さんはあぶないからって、止めてる。」

 「そっかあ。おじさんは大変だね。」

 「う〜ん。でも、わたしが来てくれて助かるって言ってくれている。」

 また、樹里のほおに紅が差し、唇の両端が上がった。

 仲もいいようだけど…

 「ねぇ松原さん。今度先生がおうちに訪問してもいいかなぁ。」

 「わたしはいいけど、どうして?」

 「松原さんが転校してくる前に家庭訪問があったんだ。松原さんのお家だけ行っていないから。」 

 「耕助さんに話しておく。」

 「うん。これ、そのお知らせだよ。ちゃんと渡してね。」

 「わかりました。」


 「そうか。」

 耕助は手渡されたプリントに目を通していた。樹里からポツリポツリと聞く分には学校では問題もなさそうだった。学童保育の連絡帳でも同様な評価だった。多分、俺の様子だったり、家庭環境のチェックだろうな。

 スマートフォンのスケジュールを立ち上げ、都合の合う日をチェックしプリントに書き込んだ。

 「ちゃんと渡すんだぞ。」

 「先生にも言われた。そんなにわたしは信用ないかな?」

 樹里がほおを膨らませてしまった。

 耕助は頭を下げて謝った。


 「たびたびすまんな。」

 耕助は時間休暇を取り、後を永倉に託した。

 「いいですよ。それより有給は大丈夫ですか?」

 「ああ、去年まではほとんど使っていないからな。」

 「休まなすぎですよ。だから、いつでも大丈夫って思われてしまうんですよ。」

 「いまはそうも言ってられないがな。」

 「そろそろ転勤の内内示の話題がのぼる時期ですよ。土方さんも長いですから。」

 「ああ、そのことだけど俺、転勤はねぇから。」

 「はぁ?」

 「父親のことがあって、雇用契約を変えてもらったんだよ。言ってなかったっけ?」

 「聞いてませんよ。」

 「俺はここの支社の現地雇用扱いになってるんだよ。おっ、じゃあな。頼むぞ。」

 足早に帰宅してゆく耕助を見送った永倉のそばに南雲がやってきた。

 「知ってた?」

 「いえ、初耳ですよ。びっくりですね。」

 「もともと、本社の営業部の人だったのは知っていたけど。変だなとは思っていたのよね。でも昇進しない理由もわかったわね。現地採用扱いだと、一生ヒラだもの。」

 「向こうで複数の女性社員とあれだったって噂はなんだったんだろね。」

 「そもそも、あんな天然ピュアな人がそんなことができるとは思えませんでしたけどね。勘違いされやすい人ですよ。」

 「そこまでイケているかと言われるとそうでもないしね。」

 「そうそう。」


 急いで帰宅し、着替えを済ませた耕助は昨日の夜、樹里と掃除したリビングを再度チェックし、ポットのお湯を確認した。

 チャイムが鳴り、小走りで耕助は玄関に向かった。

 「お疲れさまです。」

 「お、おつかれさまです。」

 耕助の挨拶に樹里の担任は軽く苦笑して返した。

 「もう…」

 「あ、ははは。いらっしゃいませ。どうぞ。」

 「いえ、学校の決まりで玄関先で失礼します。あと、お茶もいりませんので。」

 「あ、はい。」

 樹里はため息をついて、家の中に入ったと思ったら、すぐに座布団を三枚持ってきた。

 「すまないな。」

 担任は樹里の学校での様子を説明しながら、耕助の人となりを観察していた。

 鋭い目つきで自分の話を黙って聞く男はやや肩肘を張った正座でいる。

 ぴったりと隣に座る松原さんは、時折心配な様子で彼を見上げている。

 気がついているのか、彼は松原さんの右手を握ってあげると、彼女はすぐに微笑んで自分の方を向いた。

 「土方さんのほうで松原さんについて心配な点とか、聞いておきたいこと、あと私どもに対しての要望などはございますか?」

 「勉強については正直、心配はしていません。わたしなんかよりもよっぽど出来がいい様子です。ただ、内気といいますか、あまり家でも喋るほうではないので、友達関係とかが心配です。」

 「松原さんは学校の出来事はあまり、…土方さんにはお話しされないのですか?」

 「耕助さんはあまり、興味がないのかな、って思ってた。」

 「そんなことはない。って、樹里は俺のことをよその人には耕助さんって呼んでいるのか?」

 「うん。」

 「また、誤解されそうな呼び方ばっかり選ぶな。」

 「松原さんにすると、土方さんは年齢的におじさんではないそうですよ。」

 「俺はもう、十分おじさんって呼ばれていい歳だよ。そういうことでしたか。」

 「学校ではきちんとお友達と交流されていますから、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。」

 「ありがとうございます。樹里は家ではとても良い子すぎて、俺や自分の祖父に気をくばってくれます。もう少しわがまま言ってもいいのにと思いますが…」

 「わたしは、あなたやおぢいさんに気を使ってるわけじゃない。あなたのほうこそ、わたしを大事にしすぎてる。」

 「…わかったよ。樹里、ちょっと悪いが向こうに行っててくれ。」

 俯いた樹里はさらに首を深く頷き、リビングに向かった。

 「お恥ずかしいところをお見せしました。」

 「いえ。」

 「確かに、樹里にするともどかしいかもしれません。俺も子供の扱いってやつがわかりません。それに、樹里は、その、幼いところもあれば、なんていうか、大人くさいところもあって、俺の目からもバランスが悪い気がします。あの子の育ちを考えるとそうなるのかもしれませんが。」

 耕助の吐露に樹里の担任は頷いた。

 「松原さんが転校されてまだ日が浅いのですが、生徒たちの中でも大人な考え方をされていることはわかります。土方さんのことをすごく気遣っているのでしょう。あとは、土方さんがどのようにご自身のお子さんと向き合って行くかだと思います。」

 「そうですね。そうですよね。」

 「長い間、話し込んでしまい申し訳ありませんでした。」

 「いえ、こちらこそ、愚痴を聞いていただいたようなものです。今日はわざわざご足労いただき、すみませんでした。これからもよろしくお願いします。」

 リビングから、樹里も顔を出した。

 「先生、バイバイ。」

 「また明日ね。」

 樹里の担任は年下の自分のアドバイスが彼に通じるといいなと考えながら帰路に着いた。


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