ラブ、ビア
だいぶ季節外れになってきました。
ヤバイヤバイ。
ちょっと短め。
転校の合格を示した封書はすぐに届いた。耕助は樹里に学校の担任に見せるようにと言い含めて手渡した。
いよいよ本格的に引越しと転校が決まった耕助たちだったが、日々の仕事はそれでも続いた。
「だいぶ人が抜けるようですね。」
「ん? それでもやっぱり外資系で色々と待遇がいいせいか、退職する人は少ないだろ。」
「あっ、でも南雲さんは辞めるみたいですね。」
「そろそろ彼のところにゆくんだろう?」
「そうですね。いくら極東マネージャーでもさすがに年に何度も北欧まで彼女を往復させるのはきついでしょう。それを考えたら結婚した方が合理的です。」
大きく永倉が伸びをした。背もたれがぎしりと音を上げた。となりの耕助もつられてモニターから目を離して首をゆっくりと回したところで、永倉が小さな悲鳴をあげた。
「怠けたらダメですよ。」
「玉川さん。びっくりしましたよ。」
ふっふっふっと本人曰く、悪い顔を浮かべた美人が永倉の背後にこっそりと立って、彼の手を引いたようだった。
「営業は結婚ラッシュですね。」
「まあ、ちょうどいい機会だったんだろうな。」
「それは土方さんのことですね。」
「……なんか妙に嵌められた気分だよ。」
「奥さんになる人って京都の人ですもんね〜。」
「引越しや樹里の転校なんかですごく助かったよ。」
「それは良かったですね。でも確か、大株主がお父様でしたっけ? 会社に身売りされたんじゃないんですか?」
鬱陶しい表情を浮かべた耕助は話をそらせた。
「俺のことはもういいよ。それより玉川はいつまとまるんだ?」
「私はフリーですし、探すところからだから面倒じゃないですか。」
「えっ?」
「え?」
驚愕した耕助の顔をいたずらっぽく覗き込んだ玉川は永倉の横に立って、机に腰を持たれかけた。
「転勤になった時に別れたんですよ。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてねえよ。驚いたよ。」
また笑みを浮かべた玉川は肩をすくめた。
「土方さんはわすれっぽいですね。私が京都に転勤になってもお前なんか忘れたと言わないでくださいよ。」
「お前、来るのか?」
「いいえ。東京に戻ります。ちょっと関西に住んでみたかったんですよね。新世界とか面白そうじゃないですか。」
「そりゃ大阪だろう。京都からじゃ遠いぞ。」
「札幌から稚内くらいですか?」
「そんなにはない。それじゃ京都からだと東京の手前まで行っちまうだろ。」
「じゃあ、十分通勤圏じゃないですか〜。」
「疲労度が違うと思うぞ。玉川だって東京に戻ってから、例えば埼玉の川越辺りから本社まで通勤なんかしたくないだろう。」
「そういえばしている人、いましたね。いつも疲れていましたよね。」
「そういうことだ。そろそろ俺は出るぞ。」
「あっ、俺もゆきます。」
耕助につられて永倉も立ち上がった。玉川は外勤に出る二人を見送った。
傘を並べ、耕助と連れ立って歩く永倉は珍しくもったりと口を開いた。
「今日の玉川さん、珍しかったですね。」
「……そうか? 永倉はよく見ているな。」
「いつもだったら、もう少しクールな感じじゃなっかったですか?」
「そうか? そうかもな。転勤先も決まってスッキリしたんじゃないか? 札幌の中間管理職はみんなこっちに残るようだし。」
「営業所ごと潰す気ですかね?」
「いずれは東北と統合だろ。後始末ってことだろうさ。」
「怖いですね。汗が引っ込みました。」
そう言いながらも永倉の口元は笑みを浮かべていた。
二人はそぼ降る雨の中、顧客先に挨拶回りをこなし、会社に連絡をしてそのまま直帰にしてもらった。
気がつくと雨雲も去り、夕焼けが目に入った。
涼しくなった夕どきの東西約1キロ半に渡る大通公園に広がるビアガーデンはすでに満員で芝生の上で飲むサラリーマンたちも多く見られた。
「あっ。」
「おぉ〜!?」
大手ビール会社のビアガーデンで大ジョッキを傾けていた耕助と永倉の席の隣を玉川、南雲、水無たち会社でも仲が良い女性グループが通りかかった。
「ぐぅ〜ぜ〜ん。二人で楽しんでるんですねぇ。」
「まずいところを見つかったな。どうだ一緒に?」
「今日は女子会なんです。だからご遠慮しますね。」
玉川の言葉に永倉が後ろの女性陣の顔に目を向けると、気まずそうな笑顔を浮かべていた。中でも永倉の彼女でもある佐藤はこっそりと首を横に振っていた。
「仕方がないですね。皆さんで楽しんできてください。」
「お、おう。」
「それよりも土方さんは早く帰らなくてもいいんですか? 樹里ちゃんが待っていますよ。」
「今日は前もってメールを送ってあるよ。ちゃんと人も来てくれているし。」
「へぇ。それはよかったですね。楽しんでくださいね。それでは失礼します。」
玉川は振り返り立ち去った。南雲たちも彼女の後をついていった。
「まあ、色々と積もる話もあると思います。」
「だよな。」
永倉のとりなしに耕助も頷いて重たいジョッキを傾けた。
日をまたぐ直前にほろ酔いになった佐藤は永倉の住む創成川沿いの賃貸マンションに帰ってきた。
女子たちと遭遇ののち、もう一杯のジョッキで締めた永倉は先に家に戻って衛星のスポーツ専門チャンネルで放送していたツール・ド・フランスの録画を眺めながら焼酎のハイボールを飲んでいた。
「まだ飲んでるよ。」
「あの後、すぐ帰ったから。大丈夫だったか?」
佐藤は肩にかけていたバッグをソファに投げて、永倉の細い背中に寄りかかった。
「まあまあ、ぼちぼち。」
「さよですか。うまくいかんもんだな。」
「恋愛感情とは違うんだよねぇ。」
「そうか?」
「うん。そーだなー、お兄ちゃん? いやお父さんを盗られた感じ? 」
「それはそれで不健全な感じがする。」
「理屈じゃないんだなー。」
「さよですか。」
「さよさよ。」
酔いに任せて全体重をかける佐藤に永倉の体幹は一切の揺らぎを見せなかった。
機会と年齢が許されるのなら、是非とも大通りビアガーデンを楽しんでください。
公園の芝生で大ジョッキを煽る爽快感は日本でここだけだと思います。




