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水色の歌

お久しぶりです。


なんとなく、筆を取る元気が無くエッセイや随筆を書いていましたが、やっと少し進めました。


元気がないのはエッセイのタイトルを見るだけでわかっちゃうかもしれませんね。


相変わらず在庫なしなので次は未定ですが、早めにあげたいと思います。


今回のサブタイトルはジャズスタンダードタイトルの和訳です。

 高い青空に吸い込まれるようなクラシックの響きと中心街の白い半円形のテントの中で響くジャズとブルース、ポップスが北の町の空気を浮き上がらせていた。

 まだ一枚薄手のものが欲しくなるからりとした夏の夕暮れ、最終便の一つ手前の便で耕助と樹里、由貴は熱夏の関西へと向かった。

 関西国際空港に到着して、JRに乗り換え、京都駅に降り立った頃にはすっかり街中も暗くなっていた。子供もいるということでタクシーに乗ろうと提案した耕助だったが、樹里は初めての街を歩いてゆきたいと駄々をこねた。

 駅からそう歩くわけではなかったものの、水の中を歩いているが如く、湿度の高い熱気は北の国に住み慣れた人間にはひどくこたえた。

 いつもは白い樹里の頬も赤く、黒い絹のように細い素直な前髪はべったりとひたいに張り付いていた。

 「たてもん中に入ったら、涼しゅうなりますさかい、それまでの辛抱、辛抱。」

 「うち、暑いの慣れてたはず。」

 「一年近くも離れたら、北の気候に体が慣れちまうもんさ。」

 「あさっての試験大丈夫かな?」

 「樹里ちゃんやったら楽勝ですよって、気を大きくもっていればよろし。」

 「うぅ。」

 がっくりと頭を下ろした樹里は自分の着替えと勉強道具の入ったアンティーク調のキャリーバックを引きずった。


 ちょっと奥まったところにある由貴の実家は耕助と樹里を温かく迎えてくれた。その晩は涼しい客間であっという間に樹里は寝てしまった。


 次の日、観光に連れてゆきたくてうずうずしていた由貴の母親を横目に、樹里は一日中教科書を見つめて復習に余念がなかった。そして耕助はちくりちくりとした由貴の父親の言葉に苦笑しながら話に付き合っていた。

 由貴の実家は明治に入る少し前の京町家で、長細い『うなぎの寝床』と呼ばれる造りをしていた。

 仄暗い邸内に高い屋根の天窓から自然の光が差し込み、御簾と簀戸越しに風が流れ込んできていた。陰影に富んだ室内から見る坪庭の緑は鮮やかであった。

 「周りの町屋に元々住んでおった方も、もうええお年になりはって、どないすんやろと思うておったが、そこに若いお人たちが店を構えてな。」

 「それは街が活性化してよかったですね。」

 「えろう賑やかでなぁ。夜更けまでどこのお国ともしれん言葉のいい唄が流れて、ここ最近の夏はいつも寝不足ですわ。」

 「ははは……」

 渋い顔で濃茶をすする義父になる老人に耕助は愛想笑いで受け流した。

 「あんたんとこの店も町屋でやると聞きましたが。」

 「ええ、ブランドコンセプトと歴史、そしてこの国の風土をマッチングさせるには一番いいだろうということで。」

 「まあ、なんでもよろしおすが、控えめくらいがちょうどよろしんとちゃいますやろかなぁ。」 

 「はあ、心得ておきます。」

 「それにしても……」

 「はい?」

 「もうちょっと休み取れんかったもんかいなぁ。樹里ちゃんやったか、どっこも出歩くことがでけへんやろ。」

 「すいません。学校もありまして。」

 「なんもちょびっと休ませたらよろし。」

 「できるだけ友達と一緒に通いたいと言われてしまいました。」

 「……そらしゃあないわな。あぁ……、ほんまにしゃあないわな。うちのバアさんの繰り言我慢せなならん。」

 「本当に申し訳ありません。引っ越してきたら、街のことを知らない樹里のために色々と頼むこともありますがよろしくお願いします。」

 「まぁ、できる範囲でな。」

 「はい。ありがとうございます。」

 頭を下げた耕助のその横で義父は渋い顔で湯飲みに口をつけた。


 次の日、覚悟を決めた表情で樹里は由貴の母と共に転入試験に向かった。

 うろうろと落ち着かない耕助と由貴に父は二人に出かけるように一喝した。

 仕方がなく、耕助は愛用のカメラだけを手に由貴に連れられて市内の観光に出ることにした。

 世界各国の人たちが思い思いの姿で観光をする様子にちょっと驚いた耕助はお上りさんよろしく、街中を見回していた。

 「まだ朝が早いのに、もうこんな人出なんだ。」

 「そうどすなぁ。うちもちょっとびっくりや。で、どないしましょか?」

 「あ〜んと、メジャーなところは今度樹里も連れて一緒に行きたいな。……そうだ、由貴のご近所を紹介してくれるってのはどうだろう?」

 「ご近所さんどすか?」

 首をひねる由貴に耕助は軽くほおをあからめた。

 「由貴が育った場所が見たい……なぁ。」

 今度は由貴が赤くなった。

 顔を背け、左手で隣の耕助を叩いた由貴は、近くの寺院に向かって歩き出した。

 「……はずい事言わんといて。こっちのお寺さんの境内はここいらの子どもの遊び場やったんよ。」

 「そ、そうか。」

 そっと差し出された手の五本の指に一回りも違う太さの自分の指を絡め、耕助はゆっくりと歩き出した。


 樹里の試験は午前中に終わった。主要教科のプリントのテストが終わると保護者と一緒の面接があることになっていたが、なぜだか耕助ではなく由貴の母親が付き添った。

 耕助と一緒に選んだ樹里のスーツは、ふくらはぎを少し隠すくらいの裾のネイビーのハイウエストスカートにフレンチスリーブに控えめなフリルの立て襟がかわいい真っ白なコットンボリルのシャツで、小さな貝ボタンは一番上まで閉められていた。

 そしてその上にお尻を隠すくらいの丈の長い藍染の麻でざっくりと編まれたサマーカーディガンを羽織っていた。

 お気に入りのふさがついたマルーンのローファーのつま先を揃え、緊張した面持ちで腰掛ける樹里の隣で小学校の年配の女教師との会話に花が咲いていた。

 「松原さんの今日のお洋服はとてもかわいいですね。」

 急にフサフサした白い眉毛の年配の男性教師が樹里に声をかけた。

 「は、はい。ありがとうございます。」

 「一緒に住んでいるおじさんが選んでくれたのかな?」

 「うち……わ、わたしとこうす……おじで選びました。」

 「そう、よく似合っているね。こっちは暑くないかい?」

 「前は博多に住んでましたけど、札幌に慣れて、とても暑いです。」

 「ふふふ、今の季節だったら、あっちの方が住みやすいですね。」

 「でも、すぐ慣れると思います。」

 「そうかい? 」

 由貴によって結い上げられた樹里の黒髪が首の動きに合わせてブンブンと縦に動いた。微笑ましく眺めていた老教師は隣の女教師に声をかけた。

 「先生はよろしいですか?」

 「ええ。松原さんは言葉遣いもしっかりされていますね。」

 「はい。…あっ、でも、時々博多弁がでることもあって……。でもこうす…おじからは別に気にしなくてもいいって……」

 「そうですね。言葉をたくさん知っているということは豊かな心を持つということにつながってゆきます。今日のように使い分けができるようであれば、気にしなくてもいいですよ。」

 「うちの児童たちも普段は京都弁ばっかりですからね。」

 「ええ。では面接は終了です。お疲れ様でした。」

 樹里は急いで立ち上がって、面前の老教師たちに深々とお辞儀をした。由貴の母もおっとりとお辞儀をして、樹里の背に手を当てて退室を促した。

 「ふぅ。えらいちかっぱ、緊張してしもーた。」

 「ごくろうさま。これで終わりやさかい、帰りにちょっと甘いもんでもゆきまひょか。」 

 「あっ、あのっ、あのね。ね、姐さんのお母しゃん、きょうはありがとうございました。」

 「いいのいいの。それよりも樹里ちゃん。姐さんのお母はんっておかしゅうおまへんか? 樹里ちゃんも、もう、うちの子やさかい、そないな水臭いこといわいでも、もっと気楽に呼ばれたいわ。へぇ、例えば、おばあちゃんでもよろしいんおすえ。」

 「お、お母しゃんはまだおばあちゃんって歳じゃなかと。ん〜、ん〜……京都だし、お母はんでどう?」

 「まあまあ、樹里ちゃん……あんたって子はほんまにええお子やわぁ。」

 「うちのおかんが樹里ちゃんをたぶらかしとる。」

 校門前で歩いてくる二人を待ち構えていた由貴が呆れたように母親を眺めていた。

 「あんた何ゆうておますのん!! こん子はあんたより、よぉできた娘や。ほんまにあんたなんかいらんさかい、はよ耕助さんとどこでもゆけばええんや。そんかわり、樹里ちゃんだけは置いておくんよ。

 樹里ちゃん。お母はん家にとっておきの着物がたくさんあるんよ。こんないけずな実の娘にはもったいのうて着せる気にならんわ。あんたがもろうてくれれば、着物も帯もあんじょう満足しますよって、もろうてなぁ。」

 「う、うちも着物たくさん、小倉のお母さん家においてあるから、お母はんはまず、姐さんにあげて。」

 「ほら、聞きましたか!? こん子はほんまに天使さんやわ。どっかのあじもしゃしゃりもない行き遅れとはちゃいますわ。ほんまに耕助さん、うちに来てくれてありがとさんやわ。うちのとっときの着物を腐らすところやったわ。」

 「もうこないなところで恥晒さんと、とっとと甘味を食べさせてくれるところにゆきますえ。お母さんもいつものところでよろしゅうおすな。」

 耕助から手を離した由貴は強引に母親の手を取り、肩をいからせて歩きはじめた。


 「……ものすごいな。」

 「うち、かえって心配がなくなったっちゃ。」

 樹里はととっと耕助の後ろを回り、先ほどまで由貴の手を握りしめていた手の反対の手に自分の小さな手を滑らせた。

 「俺はこれからがちょっと心配だ。」

 「うちがいるから大丈夫さ。」

 樹里はちょっとかっこをつけて耕助の顔を見上げた。

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