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金曜の夜

 樹里も徐々に慣れてきます。


 自分が出てくると耕助はそれに戸惑います。

 ここが耕助の弱点です。

 樹里が新しい学校になれる頃には、耕助の父も樹里がリビングにいても文句をいうことはなくなっていた。

 学童保育に行くことになったことも功を奏したのかもしれない。

 耕助の父は一月に一、二回はショートステイに一週間ほど行っているため、今回がはじめて樹里は耕助と二人だけの週末となる。

 「永倉。」

 「はい、なんでしょうか?」

 耕助は金曜日の昼休み、後輩の永倉を誘ってワンコインで刺身定食を食わせる店で昼飯を食べていた。

 「この時期、ドライブはどこがいい?」

 「樹里ちゃんですか?」

 「ああ、どこも連れて行ってないからな。」

 「そうですね。」

 永倉は眼鏡越しの鋭い目つきで愛用のタブレット端末を睨みながら、しじみの味噌汁をすすった。

 「樹里ちゃんはどういった傾向の子ですか?」

 「傾向?」

 「グルメだとか、風景とか、イベントが好きとか。」

 「ああ、あいつはグルメだな。きっと酒飲みになるぞ。俺のつまみに手を伸ばしてくるからな。」 

 「相変わらずラブラブですね。土方さんはやっぱりロリコンでしたね。」

 「テメェ、言っていいことと悪いことがあるぞ。」

 「スンマセン。調子に乗りました。この時期でしたら、やっぱり美瑛に行って、農家の店でのランチですかね。本州の人には鉄板ですよ。」

 「美瑛か。ありがとうな。」

 「いいえ。ここはこの前、彼女といったことがあるんですよ。美味かったですよ。」

 「おう、すまんな。」

 耕助はスマートフォンを取り出し、予約を入れた。


 職場に戻ると光学機器のアタッチメントの営業チームリーダーをしている玉川美里が声をかけてきた。

 東京の大学時代に銀座でバイトをしていたと噂がある、いわゆる小股の切れ上がった女だ。耕助が転勤して、一年後に転勤してきた。東京時代に教育係をしていたこともあり、永倉と同様に彼女から気安く話しかけてくるし、耕助も話しやすい仲だった。

 「土方さん、樹里ちゃんの写真見せてくださいよ。」

 「おう!」

 さっそくデスクに置いていたタブレット端末の樹里の写真を見せた。肩越しで覗いている彼女のストレートパーマをかけた髪が耳にかかりくすぐったい。

 「いやぁ、かわいいですね。癒されるでしょ?」

 樹里は写真に撮られることが好きな子だった。

 耕助は父親の所有している変わった形の中判カメラと呼ばれる古臭いフィルムカメラで彼女を撮影し、それを現像してさらにデジタル化をしてパソコンに取り込み、スマートフォンやタブレットに共有するという手間をかけていた。

 玉川に見せた写真は家で宿題をしている姿やベランダの鉢植えの世話をしているという日常の一コマばかりだったが、普通の一眼レフのカメラよりも大きなフィルムに透明感のあるレンズで撮るため、樹里が浮き上がってくるように見える。

 「土方さんは写真うまいですね。」

 「褒めてくれるのは玉川だけだ。」

 「モデルがいいんじゃないですか?」

 「うっせ。」

 「もうすでに親バカですね。」

 「……」

 「スライドショーだもんね。」

 「いいだろ。」

 軽く耳が赤くなった耕助は「仕事だ。」と言って終了した。

 「土方さんは明日、樹里ちゃんとデートだそうですよ。」

 「そっか。がんばってください。羨ましいですね。また写真見せてくださいね。」

 玉川はさらりと去った。

 「玉川さん、伊勢さんに告られたそうですよ。」

 「はぁ?」

 「その場で断ったそうですけどね。」

 「そんな噂がどこから流れるんだよ。まぁ、玉川は東京に彼氏がいるそうだからダメだろ。」

 「それは初耳です。」

 「むかし、自分で話していた。さて、仕事だぞ。」

 「はい。」

 永倉も去り、耕助は自分の端末を立ち上げた。


 休み前ということもあり、帰宅がいつもより少し遅れた。帰りに児童会館に立ち寄り、樹里を引き取り、家に着くと七時を超えていた。

 「きょうはなにを作るの?」

 「そうだな。遅いから、簡単なものにしよう。」

 耕助は冷蔵庫の野菜室から長芋を取り出し、厚めに輪切りした。まな板の上で小麦粉をさっと降り、フライパンに火をかけた。

 「なに?」

 「長芋のステーキだ。」

 「えぇ〜? ステーキってお肉でしょ?」

 「肉、食いたいか?」

 「うぅ〜ん。食べたい…かも?」

 フライパンの熱が回ったところでバターを投入した。じゅーっという音とともにバターの香りがキッチンに広がった。

 泡だつバターが溶けきったところで長芋をフライパンに並べた。バターの焦げる匂いと長芋が焼ける音がキッチンに充満した。

耕助は冷蔵庫のなかを覗いた。ベーコンのブロックがゴロンと入っていた。

 「これ、焼くか?」

 「うっ…やっぱり、いい。これ、おいしそう。すごい、いい匂い。」

 「そうか。」

 長芋の両面が焼けたところで耕助はチーズを投入し、一度蓋を乗せて軽く蒸し焼きにした。この間に樹里は常備菜のきんぴらごぼうや豆の煮物を電子レンジで温めた。

 樹里はひとみの話した通り、簡単なもの、卵焼きやインスタントラーメン、味噌汁くらいだったら作ることができた。自分でも料理が好きなのか、暇なときは耕助の隣で料理する姿を眺めていて、簡単なことだったら、自分から手伝ってくれる。

 リビングで樹里と向かい合わせで食べていると、意外と父が話をしていたことに気がついた。二人はテレビの音声をBGMに黙々と食べていた。樹里は特に気にする様子もなくテレビを横目に食べている。

 樹里と一緒に決めた約束事の一つとして、後片付けは二人でするだった。

 この時も樹里は特に耕助に話しかけることなく、黙々と皿をすすいでくれた。

 学校でもこんな感じなのか?

 女の子って、もう少しおしゃべりなやつだったような気がするんだがな。

 耕助は小さな不安が浮かんだ。


 耕助より先に風呂を上がり、耕助の部屋で昔のアニメーションを流して金曜の夜更かしを楽しんでいる様子の樹里に明日のドライブの提案を口出せずにいた。

 「な、なあ…」

 「ん?」

 「あ、明日なんだけど、なんか、予定があるか?」

 口ごもり、声が裏返った耕助は頭から汗がブワっとにじんだ。流された告白劇よりも緊張している。そんな自覚が耕助をさらに挙動不審に導いた。

 「…べつに?」

 「なんで、疑問形なんだよ。だったら、ちょっとドライブにでも行かないか? 樹里はこっちに来てからどこも遊びに行ってないだろう。」

 「いいよ? どこに行くの?」

 「美瑛だ。うまい飯屋も予約してあるぞ。」

 「ふーん。そっか。あなた、車持っていたんだね。」

 「ああ、通勤には使わないからな。爺さんを病院なんかに連れて行く必要もあるしな。」

 「あっ‼︎ おぢいちゃん!どうしよう?」

 「爺さんは長距離の移動は無理なんだよ。かといって、留守番もさせられないからな。爺さんには内緒だ。」

 「えぇ〜?」

 声を上げたが、樹里は内緒という言葉にちょっと嬉しそうだった。

 「あなたって、わるい人だね。」

 「なんだよ、その言い方は。」

 「ちょっとだけね。」

 樹里は耕助のベッドの上で横になって、ビデオに集中した。

 全くませているのか、子供なのか。

 比較できる対象がそばにいないからさっぱりだ。

 ただ、未だに自分のことを「あなた」と樹里から呼ばれるのには馴染めない。何度か、注意したがしっくりこないのか、元に戻っていて最近では人前で大きな声で呼ばれなければいいか、と諦めていた。


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