リラ冷えとお祭り
お久しぶりです。
戻って来ました。
おつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
札幌では三吉神社で雨なら北海道神宮は晴れ、三吉神社が晴れなら神宮は雨という言い伝えがありますが、意外とそうなっているような気がします。
入梅の時期の北海道はからりとした天気が続くが、そのぶんだけ朝晩や昼の木陰では涼しい空気に身が震えることもままある。
リラ冷えとある作家の言葉が季語となる季節、樹里の住む街も大きなお祭りが週末ごとに行われる。
「三吉さん? と神宮のお祭りがあるんだ。山車は出るの?」
「山車って、あれだろうなんか大きな飾りだらけの。」
うなずく樹里の顔が若干紅潮していたのは、前に住んでいた町のお祭りを想像して期待していたためだろうか。しかし、耕助は首を横に振った。
「そんなの聞いたことがないな。お神輿は出るけど、地味だぞ。」
「えぇ〜? 」
「山鼻にあるのは知ってるけど、山車が出たなんて見たことがないな。……ああっ、あれも山車なのか!? 」
耕助はタブレットで検索した結果、出てきた画像に驚いてみせた。横からのぞき込んだ樹里はあからさまにがっかりとした表情に変わった。
「ちっさー。」
「あ〜、うん。俺も今まであれがそうだとは思わなかった。……見にゆくか?」
「……なんか、もういい。」
「すまんな。札幌ってあんまりお祭りが派手じゃないんだよ。樹里の友達も参加していたあれはどうだった?」
「じゃかましいだけっちゃ。……クラスの子には言えんちゃけど。」
「ああ、言っちゃダメだ。好きな人は本当に好きだから。」
「あなたはどうなん?」
「俺か……一頃は写真の題材に使ったけど、今は桟敷とかあってなかなかいいアングルまで近寄ることができないんだよな。それよりは神宮のお祭りとかでスナップを取る方が面白いかな。」
「よかっち。あっ、浴衣!? ゆりかちゃんとも約束してた!!」
「浴衣か。あったかなぁ。きっと寒いぞ。」
「正月の襟巻きすればよかと。」
「んなアホな。」
急な出張で耕助は三日ばかり不在となり、浴衣姿を見せることができなかった樹里は由貴相手に愚痴をこぼした。
そうとは知らない耕助も新千歳空港から戻るとそのまま自宅へと直帰した。
まだ樹里が学校から帰ってきていない家で耕助は病院に連絡を取り、すぐに父親の担当のMSWと面談した。
30分ほど話し合った耕助は帰りしな父の病室を覗いた。身じろぎする人もおらず、機械でコントロールされた点滴の電子音だけが部屋の中で響いていた。
病院を出た耕助は時計を見た。
樹里が戻ってくるまで、まだ少し時間があった。彼は地下鉄駅から自宅とは反対の方角へと足を進め、石造りの古い建物を改装したカフェに入った。
アメリカ製の真空管のアンプでジャズを流すその店で彼はマンデリンを頼んだ。
曇りだったその日は風も強く、肌寒く、熱いコーヒーが美味しかった。
口中の苦味を残したまま、家に戻るとすぐに樹里が帰宅した。
今日の樹里は体育があったので、スポーティーなサイドスリットに細身のマンダリンオレンジのワニのポロシャツとデニムのハーフパンツを合わせて涼しげで動きやすい格好だった。
ふと彼女が耕助の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「ん? ああ、転勤が内定した。」
「おお。いつ?」
「カメラ屋さんとの統合が来年の一月だから、それに先行して九月には向こうで働くことになる。八月中には引越しになりそうだ。樹里も忙しいと思うが頼んだぞ。」
「転校かぁ……。」
「せっかく、こっちにも慣れてきたところだったのにな。すまない。」
「うちはあなたについてくしかないし、しょーなかとよ。」
「すまんな。」
樹里は首を横に振ってみせたあと、人差し指を立てて耕助を指差した。
「そ〜れ〜よ〜り〜、姐さんにはよ教えんと、大変だよ。」
「ああ、メールは送った。今日の夕食に来るよ。」
「また? 」
「おい。そりゃないだろう。」
「へへへ。」
いたずらっぽい笑顔で樹里は耕助をごまかした。
由貴が来る前に耕助は旬のジャガイモと出始めの鮮やかな若草色をしたササゲという長い鞘に入った豆、そして深い紺色のナスを鷹の爪一つ入れて軽く香り付けをしたごま油で炒めた後にかつおだしと酒、濃口醤油だけで煮付けた。
味を染み込ませている間に主菜にする普通のシャケよりも淡い色調ながらも美しいサーモンピンクをしたトキシラズは塩焼きにした。樹里がお手伝いで大根おろしを作ってくれていた。
お味噌汁の具はほうれん草と油揚げ、露地物のグリーンアスパラガスをさっと茹でたものを用意した。
衣替えをした由貴はクリーム色の小紋の単衣に藍に近い青色の八寸帯を締めて耕助と樹里の家にきた。彼女の着物を見て、心配した樹里だったが、着慣れている由貴は食事時も美しい所作で箸を運んでいた。
「はじめは煮物さんの色だけで無理おしたんやけど、こっちの野菜さんで作らはるとこれでなきゃと思わさるんようになりますなぁ。それにしてもこのササゲは歯ごたえがよろしいおすなぁ。」
耕助は頷きながらトキシラズの身をほぐして口に運んだ。
「トキはまだ脂が乗ってないような気がするな。」
「いやいやこのくらいが上品なお味どすえ。いやぁ。う〜ん。これは、もう、塩焼き以外に思いつきやしまへんな。変に手を加えてはいけまへんなぁ。」
「喜んでくれてなによりだよ。」
「でも、そうですか。八月には京に向かいますのんか。うちのお母はんとおとうはんに電話を入れときますけど、こんなに美味しいもんが秋からは食べられへんとなると急に惜しいどすなぁ。」
「親戚でもいれば頼めるんだろうけど、うちの両親は共に縁が薄くてね。ほとんどいないし、付き合いもしてないんだ。あぁ、でも友達にでも頼んでみるよ。それと樹里の転校の件なんだけど、いい学校があるって樹里から聞いたが。」
「ええ、うちの通った学校はむかしから変わらへんのやったら、オススメどすなぁ。そこもお母はんに頼んでおきますわ。」
「手間をかけるな。ありがとう。」
「もぉ。うちは頼られて逆にありがとさんどすえ。コウさんはなんでもお一人でやろうとするお人やさかい、うちは頼りないと思われておるんかと思うておりましたんよ。」
「いや、そんなことはないぞ。……そんなふうに思わせてしまっていたのか? ……なんていうか、あんまり、人と付き合うのがうまくない方だから、勘違いさせてしまったみたいで、すまんとしか言えない。」
「ねえ。」
「なんだ?」
「うち、部屋でご飯食べたほうがいい?」
「……」
「……」
樹里のそっけない言葉に耕助たちは顔を赤くして無言で箸を進めた。
さっさと夕食を終わらせた樹里は自分の分の食器を洗って、宿題を片付けると部屋にこもってしまった。由貴もこの家に置いてある割烹着をまとって耕助のぶんまで食器を洗い終えてから二人並んでソファに腰を下ろした。二人で決めた約束で、結婚するまでは互いの家にお泊まりはしない。そのために由貴が入れたほうじ茶がテーブルに置かれていた。
「コウさんのおとうはんはどないなさりますんの?」
「昼に話してきたんだが、向こうに転院は難しいそうだ。」
「そうどすか。……お話ししてみとぉおしたなぁ。」
「病気してから、かなりスパイシーな言動だったし、俺としてはあんまり会わせたくなかったな。樹里も初めの頃は泣かされていたくらいだしな。」
「それは……って、樹里ちゃんが泣くなんて相当どすえ。」
「だから、スパイシーだって言っただろ。」
二人はクスクスと笑った。
急に耕助が真面目な顔を作った。
「……向こうで住むところや樹里の学校が落ち着いてからでいいかな? それともこっちにいるうちに届けだけでも出そうか?」
「……ふっ、不意打ちはやめてぇ。ほんまに心臓に悪いどすえ。うちはいつでも……あぁ、でも向こうにゆく前の方が何かとええのとちゃいますやろか? 」
「どっちでもいいって言ったら言葉が悪いけど、俺が伝える人は樹里と兄貴が亡くなったとはいえ、一応義理の姉さんが福岡にいるから、この二人だけだ。あとは友達くらいなもんだ。でも、由貴は両親の他にもたくさんいるんだろ。」
「ま、まあ、うちは旧いだけが取り柄の家どすし、勝手しても色々と角が立つこともあるかもしれまへんなぁ。って、うちのおとうはんたちに挨拶せなあかんどすやろ。」
「えっ? この前で済んだと思ってた。」
「いや、うちと樹里ちゃんを連れて行かんとあきまへんえ。来月早々には一度ゆくことにしますから、そのつもりでいらはってくださいな。」
「……北海道基準で考えていた。」
「いくらなんでも、こっちのお人だってそないな雑な感じではおまへんとちゃいますやろ?」
「はい。……反省します。」
「大丈夫どすえ。まだ半月はありますから、きっちりとコウさんに教え込まさせてもらいますわ。」
「お手柔らかに……」
耕助の車で帰宅した由貴は取るものも取らずに実家に電話をかけた。すぐに母が出たので、耕助に話したことを報告した。
「好きにしたらよろしおす。」
「ファッ!? 」
「この前、ご挨拶にいらっしゃった時でもうお父さんの許しも出とるさかい、書類一枚程度でしたらあんたらの都合でええ。式はなぁ。あんたの角、角隠しで隠れるやろか? もうええ加減とうが立っとるさかい。」
「つのと薹とはちゃいます!! 」
「自分で薹ゆうて恥ずかしないんどすか?
まあ婿さんのお父さんのことも親戚が少ないことも聞いてはりますし、こちらばかり人を呼んでも格好がつかんし、おじいさんたちとも相談せなあきまへんから、式はゆっくりと考えることにすると、先に書類だけでも出さしてもろうたほうがあんたの気持ちが引き締まるんとちゃうやろか?
こっちにいらっしゃっても落ち着くまでは婿さんも娘さんもあんただけが頼りやろし、肝心のあんたが今までのように雲みたいにふわふわしとったら、かないしまへんやろ。
あぁ、後、娘さんのがっこ。あんたの卒業した学校にしますさかい、ちゃんと話ししとおてな。こっちも先方さんにお話通しときますわ。それにしても写真だけみせてもろおたけど、ほんまにかわいらしいお子やなぁ。着とるお洋服のセンスは婿さんなんやて?
うちにいらっしゃった時もえらい仕立てのよろしい背広を着とりましたけど、人は見た目が10割やさかい、見栄えがする婿さんと娘さんがいらっしゃるのは安心できますわ。ああ、はようあんたの小さい頃に着とった制服をあの娘さんに着せたいわぁ。
こまい頃もかわいらしいけど、夜泣きとか、歳になると応えるさかい、あれくらいのお子なら自分のこともできるし、あんたも楽やろ。
まあ、せやかて、あんたの子もまだあきらめておりませんからな。あんじょうしっかりお気張りやす。」
「……う、うちが結婚すると、樹里ちゃんは一応義理の姪になるんどすから、義娘とちゃいますわ。」
まくしたてられた由貴が自分の母親にやっと返せた言葉はこれだけだった。
「せやかて、ご両親は亡くなられたんやさかい、引き取った以上、娘といっても差し支えないんとちゃいますやろ?」
「樹里ちゃん、意外とそこにこだわりがありそうなん。下手につつくとお母はんも嫌われてしまうんかも。」
「うぅん。そうなん?」
「コウさんのとこで落ち着くまで色々あったんよ。うちも怖くて、樹里ちゃんからは深く聞くことがでけんわ。頭もよろしいし、年に似合わんくらいに大人やけど、お母はんのようにづけづけと土足で踏み入ったらずぶりと言われますえ。」
「ほな、気をつけるわ。あっでも、七月中には一度三人揃おて来とくれやす。はよう会いたいわ。」
「伝えとく。ほな、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
受話器を置いた由貴はぐったりとした表情で帯を解いた。
一方の耕助も樹里から説教を受けていた。
「うちもあってない。それで親戚になるち、言われてもピンとくるわけなかとーよ。」
「すまんかった。」
「姐さんが正しい。」
「はい。」
「ほーんと、あなたにはうちがおらんちゃ、いかんのちゃね。」
平身低頭の耕助を前に腕を組んで嬉しそうに唇の両端を釣り上げる樹里がいた。
由貴さんのお母さんはもう、雰囲気だと思ってください。
とりあえず関西のお母さんのパワーを重視しました。
書いていて楽しかったけど、疲れました。




