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Bewitched

今回も東京のお話がもう少しだけ続きます。



 土日は一日中、観光にあてていたので、カメラを持った耕助とお出かけの樹里は朝から機嫌がよかった。

 樹里はパワースポット的なもの興味があると耕助にリクエストをした。耕助はそれを聞き、近場の有名な神社仏閣巡りを提案した。土曜日は浅草の浅草寺でお参りをして、仲見世通りを堪能して、日曜日に湯島天神を訪れた二人は樹里の学力向上を願った。

 境内は午後の日差しが暖かく、青空と紅梅のコントラストを二人は楽しんでいた。境内を歩くと梅園では猿回しの芸をしている。樹里が太鼓に合わせて飛び跳ねる猿を可愛いと見つめているところを写真に撮った。

 「ゆりかちゃんたちにお守りを買ってく。」

 「ああ、大丈夫か?」

 樹里は財布を覗いて、お守りなどの授与品の初穂料を指も使って計算しはじめた。そして、小声で唸り出して、すがるように上目遣いをしはじめた。

 「ちょっとだけ、お願いしたいかな?」

 「だったら、鉛筆にしてみんなで分けたらどうだ? お揃いになるぞ。」

 「はっ!? あなた、冴えてるね。」

 「だろう。」

 「行ってくる。」

 「待ってるよ。」


 二人は続いて、神田明神へと足を向けた。耕助が昨日に続いて道を間違え、二人は急な裏参道から登ることになった。登り切ると緑の奥に隋神門や鳳凰殿が徐々に目に入った。

 「北海道の神社って地味だと思う。」

 「ん? ん〜 たしかに赤味は無いよな。」

 「ここは神社らしくていいと思う。」

 「博多の神社も結構派手だよなぁ。」

 「こげなもんよ?」

 肩をすくめた耕助は御神殿にお参りを済ませてから、隋神門の前でポーズをとらせて一枚写真を撮った。そのまま参道を降りると大きな神輿が飾ってある店があった。

 「甘酒!!」

 「はいはい。」

 その場で立ち飲みとのことで、湯気の出ている白い甘酒を二人ですすると樹里のほおに赤みが差してきた。

 「ほっぺが赤いぞ。酔っ払ったか?」

 「これ、アルコールないよ。」

 「ばれたか。それでもあったまるよなぁ。」

 樹里はこくこくと首をたてに振った。

 「この後、どこ行くの?」

 「どっか行きたいところでもあるか?」

 「ん〜、特にない。」

 「樹里も欲がないな。」

 「お土産も買ったし、もういいかなって。」

 「絶対、普通の観光のルートじゃないよな。」

 「友達に怒られるかも。」

 「どうしてだ?」

 「だって有名なところに行ってない。」

 「俺が思いつくパワースポット的にはこんなもんだと思うけど、これからだとどこにゆくにしても辛いよなぁ。」

 「ホテルに戻る? うち、そろそろきつかぁ。」

 「あぁ、だよなぁ。…東京らしいのかよくわからんが、一度だけ行ったことがある喫茶店でも行って休むか?」

 「いいよ。」

 耕助はスマートフォンの地図アプリで道順を検索し、意外と近いことに驚きながらも、樹里を案内した。


 妻恋坂のそばのあまり大きくもないビルの路面にその店はあった。

 扉を開くと午後の柔らかな日差しが差し込んだ店内はぎっしりと本が壁一面に並べられていた。中に入ると随分と年季の入った木の床が耕助の重みにギシリとなった。

 床にまで着きそうなロングワンピースに真っ白なエプロン、そして若干今風の髪型にヘッドレスをつけた若い女性が二人にお辞儀した。

 「おかえりなさいませ。」

 「…あっと、はい。二人ですが…」

 「どうぞ。」

 黒髪の彼女は樹里に笑顔を見せて席に案内した。耕助は紅茶と樹里にスコーンを頼んだ。

 「ここ、メイド喫茶というとこ?」

 「俺もよくわからん。何やら設定があるようだが、店内の雰囲気も落ち着いているし、地元にはこんな店はないだろう。」

 「うん。なんか、アニメや漫画の中に入ったみたい。」

 樹里のことばにちょうどブレンドティーを持ってきたパーラーメイドが微笑んだ。

 「ありがとうございます。」

 気がついていなかった樹里は耳を赤らめて頷いて見せた。

 ちょうど狭間の時間なのか、お客は少なく、静かな店内にメイドのブーツが床を踏む音が響いた。

 自然体の彼女らは取り立てて何かをするわけではないが、動くたびに目を惹く存在感があった。 

 「あなた、来たことがあるの?」

 「まだ東京にいた時にな。カメラを持って散歩していた時に見つけた。その後すぐに転勤になったんだけどな。」

 「そうなんだ。雰囲気いいね。」

 「気に入ったか?」

 「うん。」

 樹里は足をぶらぶらさせながら両手でカップを持って紅茶を音もなくすすった。


 ゆったりとした時間を過ごし、足の疲れを癒した二人は一度ホテルに戻り、入浴をすませホテルのレストランで夕食をとった。

 天候に恵まれた二人はつぎの日の昼前の飛行機に乗ることができた。空港では耕助が必ず食べることにしていた厚切りのカツサンドを二人で頬張り、飛行機の中では樹里は外を見ることもなくお昼寝をしていた。


 「おかえりやす。」

 「ただいま。」

 北海道の空港では由貴が出迎えてくれた。

 だいぶ暖かくなったとはいえ、東京の気温に慣れた樹里は北海道の寒風に目がすっかりと冴え、後席で友人に帰ってきたことをメールしていた。そして耕助は不在だった間のことを話す由貴の横顔を眺めていた。

 「なんやなんや? なんかありましたん?」

 「ん。まあ、家に戻ってから話すよ。」

 「そうどすか?」

 クシャッと笑みを見せた由貴は「ええ話ならよろしゅうおすなぁ。」とアクセルを踏んだ。


 数日ぶりの家は上下左右の部屋が在宅だったためか、思いの外、冷えてはいなかった。

 「やっぱりしっかりとしたお家はよろしゅうおすなぁ。うちは寒うてかないませんでしたわぁ。」

 「そうなんだ。」

 恐ろしいほどの勢いで灯油を消費して部屋を温めようとするストーブのそばに張り付いた樹里と由貴は手をかざしながら話していた。

 耕作はトランクの中をからにして仕事の書類を早々に自分の通勤カバンに移した。

 一時間もしないうちにリビングは温まり、樹里は耕助のものも一緒に洗濯をはじめ、耕助と由貴は夕食の支度のためにキッチンに並んで立った。

 「簡単にできるカレーにしますか?」

 「よろしゅうおすなぁ。でもどないしたらよいやろなぁ。」

 「何が?」

 「いやぁ、コウさんちのカレーにします? それとも、うちんとこのにしたらええのやろか?」 

 「ああ、俺はどっちでも構いませんよ。」

 「おしたら、ちょと冷蔵庫の中を失礼して……牛がないんやなぁ。……うん、コウさんちのカレーにしましょか?」

 「由貴さんとこは牛なんですか。」

 「うちの周りはだいたいそうやなぁ。ブタさんはあんまり使いませんなぁ。」

 「そういえば、友人から関西はあまり豚肉を食べないと聞いたなぁ。」

 「そうやろか? 粕汁なんかはブタさんやろし、洋食はよぉ使うよぉな? カレーだけやないですか?」

 「なるほどね。俺は時折ラム肉でカレーも作りますよ。」

 「えぇ!? それはチャレンジャーやなぁ。獣臭いんとちゃいますか?」

 「作る前にヨーグルトとハーブにつけておくんです。それでも、いつものよりは結構ワイルドな感じにはなると思うよ。」

 「はぁ。そのうち、挑戦させてもらいますわ。」

 あまり気乗りのしない返事をして、手早く野菜を切り終えた由貴は耕助の横に立っていた。耕作は樹里にも教えた手順で手際よく作りはじめた。

 あとは煮込むだけになったところで、洗濯を終えて樹里が戻って来た。

 「お風呂、どうしよう?」

 「リビングはいいが、他の部屋があったまらないから、寝る前にしよう。先にご飯を食べるから、準備の手伝いを頼むぞ。」

 「うん。」

 樹里は耕助と入れ違いでキッチンに入り、食器を戸棚から出しはじめた。


 三人はテーブルについて夕食を食べはじめることにした。

 東京の土産話に花が咲き、食べ終わってもそのままで話し続けていたが、耕助は由貴に向かい、自分の勤めている会社の話をした。

 樹里は黙って耕助の顔を見つめていた。

 「とりあえず、こっちの残れる可能性もあることはあるんと考えてもよろしいと言うことでよろしいんどすか?」

 「……かなり厳しいと思う。企画が通ればの話だが。」

 「…………うちはどないすればよろしいおすやろなぁ。」

 ため息交じりの由貴の言葉に耕助は口を何度もパクパクさせて言葉をひねり出そうとしていた。

 彼の様子を見つめていた樹里は由貴と耕助を何度も見比べて、大きく息を吸い込んで、耕助の広い背中の真ん中を思いっきり叩いた。

 「しゃっきりとしなっしぇ!!」

 「俺と一緒に、…いや、俺と樹里と一緒に来てくれますか!!」

 顔を真っ赤にした耕助とどやぁとした樹里の満足げな表情に由貴は吹き出した。

 「いやぁ、コウさん、それは、あかんのとちゃいますかぁ? うちもちょっとがっかりやわぁ。なんかライバルに塩を送られてしもうたみたいで、納得がいかんわぁ。ほんまにもぅ、なんといっていいのやら、言葉に困りますえ。」

 「いや、ほんとにすみません。……反省してます。肝心なところでヘタれてしまって。」

 「ほんまにそうやわ。このお人はうちと樹里ちゃんがついておらなんだったら、この先どうなってしまうか心配やわ。」

 「えっ?」

 「姐さん、よかと?」

 目を閉じて、おすましした由貴は湯飲みを両手で持ち、冷めたお茶を飲んだ。

 「はじめからうちにノーという選択肢なんておまへんのとちゃいます? まあ、コウさんの身の振り方が決まり次第、お店のことも含めて考えてゆきますわ。」

 「やったー!!」

 樹里が喜ぶ横で耕助は目尻に涙を浮かべて頭を下げた。

 「ありがとう。……本当にありがとう。」

 「……もう、ほんまに、お二人ともいけずやわ。そないにまっすぐに来られたら、うちはほんまに敵わんどすえ。」

 「よくわからないけど、姐さん、今日は泊まってって。」

 「なっ、何いうてはりますのん!! あかんやん! 絶対あかんやん!! そないなことはもっとこう、なんというか、……それに樹里ちゃんやて、おりますのんに。あきまへんやん!!」

 「えっ? うち、姐さんともっとゆっくりと話したいのに。」

 「あっ、そ、そうやなぁ!! あっ、あ、あの…… コウさんだってお疲れさんやし、き、今日のところは二人ともゆっくりと体をやすめな、な、な。こ、今度樹里ちゃんとゆっくりと女子会をしますさかい、今日は、うちは、帰りますよって。」

 耕助に負けず劣らず顔を赤らめた由貴は左手をうちわがわりにして扇いだ。

ということで、だいぶお話が進みました。



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