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More Than You Know 

お久しぶりです。


気がつくと暑くなっていましたね。


物語的にはそろそろ起承転結の転あたりでしょうか?


11/9 追記


タイトルかぶりがありましたので、変更しました。


続きは鋭意制作中です。


暗くならないように頑張っています。



 「それは良かったですね。」

 「あぁ。その、なんていうか、ありがとう。」

 父親の見舞いをすませた次の日、洋食屋のデミグラスハンバーグランチを食べながら、耕助は永倉に由貴と付き合うことになった事実を打ち明けた。

 「これで収まるところに収まったという感じですかね。」

 「そうなのか。」

 「そうですよ。」

 永倉は大きく切り分けたハンバーグを一口で頬張った。デミグラスソースの濃厚で複雑な味とともに熱々の肉からは豊かな肉汁が噛みしめるたびに湧いてくる。そこに白飯が続き、淡泊な甘みが受け止めてくれる。

 細身ながら、健啖家である永倉は耕助が半分を食べる前にもう食べ尽くしていた。

 食後のコーヒーを飲みながら、自分のスマートフォンを眺めていたが、ふと目を挙げた。

 「土方さん、なってますよ。」

 「おう。すまねぇ。」

 大急ぎで飲み込んだ耕助はスマートフォンの画面に表示されている電話番号を見て眉をひそめた。怪訝そうな声で受けていた彼だったが、通話を終了し終えた彼の顔色は真っ白だった。

 「永倉。」

 「はい。どうかしましたか?」

 「病院から電話だった。親父が倒れた。急だけど、これから帰ることになる。一件だけゆくところがあるが、キャンセルの電話をかけておく。」

 「…そちらは俺の方でしておきます。土方さんはすぐにむかってください。あと、お父さんは入院されていたのでは?」

 「ああ、越冬入院だったが、病院の風呂場で意識がなくなったらしい。また脳卒中になった可能性が高いから急性期の病院へ転送するとの連絡だった。すまない。頼んだぞ。」

 耕助は財布から二人分でもお釣りがくる額の札を取り出してテーブルに置いた。

 「支払いも頼んだ。」

 「こんなに要りませんよ。」

 「ないんだ。じゃあな。」

 歩きながらコートを羽織った耕助は背中で永倉に返事をして店を出た。


 夕刻を過ぎ、雪も止んだ。

 耕助の父は越冬入院していた療養病院と連携を取っていた都心にほど近い総合病院の集中治療室に入院した。精密検査と治療のための書類の束に署名をして、経過報告のために家に戻ることができず、耕助は一人、家族控え室でいても立ってもいられない気持ちを抑え、椅子に腰を下ろし、思い出したかのようにぬるくなった缶コーヒーを口に運んでいた。

 「あなた!!」

 扉が開くなり飛び込んできたのは樹里だった。耕助の胸の中で泣き崩れた。耕助は力強い腕で彼女を抱きしめた。

 後から、由貴が両手にバックを持って入ってきた。

 「こうさん……」

 「由貴さん、すみませんでした。」

 「ええんよ。ええんよ。それより、樹里ちゃんを褒めてたってな。こうさんの顔を見るまでえらい頑張っておったんえ。」

 「…そうか、いい子だ。いい子だったな。」

 言葉にならない嗚咽を噛み締めながら、耕助の胴に回した両手が爪を立てるように力を込めて抱きついた。

 ややしばらくして、耕助が呼ばれた。しがみついた樹里を優しく引き離した彼の代わりに由貴が彼女を抱きしめた。

 小さな部屋に通された耕助は医師より様々な画像を見せられ、再梗塞との診断と手術ではなく投薬治療での治療方針を提案された。耕助は頷くだけだった。その後も看護師へ洗面用具やタオルなどを渡し、さらに書類への署名を求められ、二人の待つ部屋に戻ってきた頃には、院内も消灯時間となり、廊下も薄暗い、寂しいものとなっていた。

 「待たせた……すみません。」

 耕助は二人に声をかけたが自分の膝の上で泣き疲れて寝てしまった樹里を起こさないように口元に人差し指を立てた由貴に小声で謝った。由貴は首を横に振って微笑んだ。

 「お疲れさんどす。それで、どないですか? お義父さんの様子?」

 「ええ。」耕助は深くため息をつき、由貴の向かいのソファに腰を下ろした。「大きな動脈が塞がったとのことです。発病からすぐだったので手術ではなく、薬で治療するそうです。」

 「ということは、軽くて済む可能性があるちゅうことかいなぁ?」

 「だといいんですけどね。随分、遅くなっていまいました。本当にすみません。」

 頭を下げた耕助の言葉に由貴は柳眉を逆立てた。

 「こうさん、うちはあんさんのなんなんえ?」

 「えっ? あ、あの……」

 「うちはこうさんのお人さんやおまへんえ。あんさんお一人で気張るなんて許しまへんえ。」

 「……ありがとう。」

 「ええんよ。さぁて、そろそろお家に帰りおすえ。」

 「はい。」

 耕助は由貴に背を向けて、樹里を背に乗せてもらった。由貴も荷物を持ち、家族控え室を後にした。由貴の商用バンに乗った三人は耕助のマンションに戻った。


 病院に下駄を預けた以上、何もできることがない耕助は胃のチリチリする感覚を四六時中抱えながら、仕事と樹里の心を支える日を過ごしていた。

 「すこし、痩せましたか?」

 「う〜ん。あまり意識していなかったけどな。」

 仕事の合間になにげなく永倉が耕助の肩に手を置いて心配そうに声をかけた。

 「あまり、無理しないでください。彼女さんはなにも言わないのですか?」

  耕助はほのかに苦笑してみせた。

 「一緒に暮らしているわけでもないしな。俺が病院によって行く時に樹里を頼む程度だ。」 

 「そうでしたか。他の会社の年度末までまだ間がありますから、今のうちに休めるようにしてくださいね。数日くらいでしたら有休を取ってもカバーできますから。」

 「ありがたいな。親父も今は集中治療室を出て、急性期病棟に移っているしな。」

 耕助は自分用の端末からスケジュールを呼び出して明日の仕事を確認した。

 「急ですまないが、明日は休まさせてもらう。」

 「えっ? ええ、その方がいいです。土日とあわせて三日間はゆっくりとしていてください。」

 「…ああ。また、なにかで礼をするよ。」

 「気にしないでください。」

 耕助は立ち上がり、課長に休日の申請を行うために向かった。

 課長から軽く嫌味を言われた耕助だったが、家に帰ると耕助の代わりになる人間はおらず、それに対して職場では誰かが急な休みに対応できるようなシステムを構築している。

 どっちを優先すべきは言わずと知れている。

 耕助は引き継ぎをチームと玉川に告げ、早々に帰宅した。


 「あなた、今日はゆっくりと休むのよ。」

 「ああ、のんびりさせてもらうよ。」

 樹里の言葉に苦笑いで返し、パジャマ姿のまま幼い姪に小さく手を振り、玄関先で見送った耕助は一人になったリビングのソファにごろんと横になった。

 小さなアメリカ製のスピーカーに自分のスマートフォンをつなげ、高校時代に父親の影響ではまったMJQのユーロピアンコンサートを再生していた。端正なリズムをキープするベースとピアノに野生をギリギリまで抑えたヴィヴラフォンとドラムは冷たい熱気を伝えてきた。

 大きなため息をついて春めいた日差しにまどろみ始めた。

 昼を過ぎ、まだパジャマ姿の耕助は樹里に隠していた『でっかい焼きそば弁当』を平らげた。空いた容器はすぐにすすいでプラスチック容器ゴミの奥底に捨て、コーヒーを淹れた。

 テレビは昼のニュースを確認しただけでまた電源を切り、MJQのアルバムだけを流し続けていた。

 「ただいま。」

 玄関からかけられた声に目を開けるともう目の前に樹里が立っていた。

 「おかえり。」

 「いまのあなたって、すごくレア。」

 「ああ、たまにはいいだろ?」

 「ん。 でも、今日は姐さんがくるって、メールがあった。」

 「えっ!?」

 耕助は慌てて起き上がり、テーブルに置かれたスマートフォンを手に取ると確かにメールが入っていた。

 「…おぅ……」

 「晩ごはん…どうしようね?」

 ふらふらとキッチンに入った耕助は冷蔵庫と収納にしまわれているものを見て、頷いた。

 「今日は、ブリティッシュバースタイルで。」

 「?」


 パジャマから部屋着に着替えた耕助はまず玉ねぎを刻みはじめた。熱したフライパンにバターを投入し、玉ねぎを炒めながら、鍋にお湯を沸かした。

 透明になった玉ねぎに牛乳を目分量でそそぎ、小麦粉を少しずつ入れてホワイトソースを作った。その間に湧いたお湯を見て、樹里にマカロニを茹でるように頼み、なんちゃってホワイトソースを作った。

 ひとまずフライパンの火を止めた耕助は、冷蔵庫から取り出した袋からチーズを無造作にフライパンに投入し、ヘラで混ぜわせた。

 樹里が設定したマカロニ茹で時間を知らせるタイマーがなり、耕助はザルにマカロニを開け、水を切ってフライパンのチーズソースと和えた。

 「ひとまずこれで。あとは由貴さんが来てからな。」

 「ん。」

 

 三十分程度で由貴が訪問してきた。耕助は再びキッチンに立ち、冷凍食品の白身魚のフライとフライドポテトを温め、先ほどのマカロニ&チーズを盛り付けでテーブルに出した。

 「手抜きでごめんな。」

 「ええんよ。うちこそ、用意できんでごめんなぁ。」

 「気にしなくっていいよ。」

 「それにしても、ビールが欲しくなるおかずさんやなぁ。」

 「ああ、魚のフライとポテトはお好みでお酢でもいいぞ。モルトビネガーはないけど、米酢でも意外といけたぞ。」

 「そうなの? フライにはタルタルソースじゃないの?」

 「樹里ちゃん、フィッシュアンドチップスって言ってん、イギリスではお酢をたっぷりとふりかけて食べんですえ。あちらさんでは庶民の味なんよ。」

 「ふぅん。試してみる。」

 樹里は厚地の白い皿に自分の分のフライトポテトを取り、お酢をふりかけた。暖かいものにかかったお酢からは独特の香りが立ち、樹里は軽くむせた。

 箸でつまんだフライをしばらく見つめた樹里は思い切ってそれを頬張った。

 目を閉じたままほおを膨らませてもぐもぐと噛んでいた樹里だったが、口の中のものを飲み込み刮目した。

 「おいしい! さっぱりしているよ!?」

 「だろ。こっちも食べてみろ。」

 耕助はマカロニ&チーズを取り分けた。樹里はそれも一口頬張ると、「うち、これ好き。」といい、黙々と食べはじめた。

 「こうさんはいろんな料理を知ってはりますなぁ。えらい、美味しいおすえ。ところで樹里ちゃん、美味しいはカロリーなんえ。知ってはりますか? 実はイギリスって、地味にぽっちゃり大国なんやて。」

 「ぽっちゃりって言葉じゃすまないような気もするけどな。」

 顔を上げた樹里の表情は眉間にしわがより、口の端からはみ出たマカロニをチュルリと飲み込み、真顔で皿を遠ざけた。

 「ご、ごちそうさま。」

 「樹里ちゃんは食べ盛りやさかい、遠慮せんでたんとお召し上がり。」

 「…う、うち、もうぽんぽん、いっぱい…」

 「そうだな。由貴さんがデザートを持ってきてくれたからな。」

 両手をぽんと打ち合わせた由貴は何度もうなずいた。

 「そうそう、こうさん、樹里ちゃんのお雛さんはどこに飾ってはりますんえ? うち、それも見たいと思ってましたんよ。」

 「おひなさん…?」

 部屋を見回す由貴の言葉に耕助の顔はみるみる青ざめていった。カレンダーで日付を確認し、さらに血の気が引いた耕助は樹里に深々と頭を下げた。

 「…………すまん、忘れていた。」

 「? 博多でも、あんまり出さんやった。」

 「どうしてだ?」

 「出さんきゃ、行き遅れんことないんけんって。」

 「どうなんだ?」

 女っ気の薄い人生を送ってきた身の耕助は樹里の言葉に確信が持てず、由貴に振り返った。由貴は何かを思い出すように小首を傾げた。

 「お雛様は女の子の一年の厄を避けてくれますんよって、頑張っておいでになってもらうんほうがいいと思いますけどなぁ。」

 「そう?」

 「もう、遅いかなぁ?」

 「ねぇ、うちに持ってきとった?」

 「あっ…いや、でも、福岡の義姉さんは特に何も言ってこなかったな。あるよな。」

 「ん。あったと思う…けど、お母さんのお店をたたむ時、いろんなものを整理したから…」

 樹里は立ち上がって電話の子機を手に取った。すぐに相手は出たようで、楽しそうに言葉を交わし、耕助に目線を送りながら頷いていた。

 「…うん、あっ、やっぱり? うちも持ってきていないと思っとっと。うん、うん。……朝子お母さんの家は? ……そうなんだ。あっ、かわるね。」

 樹里は耕助の子機を渡した。

 「耕助さん、荷物にはお雛様はなかったですから安心してくださいね。」

 「はあ、すみません。ちょっと立て込んでいたせいで……樹里には悪いことをしました。」 

 「来年は、きちんとしてあげてくださいね。あと、お義父さんはいかがです?」

 「……はあ。ICUから出て、急性期病棟に移りました。まだ、意識は曖昧ですね。」

 「そうですか。大変だと思いますが、耕助さんの体も大事にしてくださいね。」

 「……ありがとうございます。そう…ですよね。頑張ります。」

 「…もっと肩の力をぬかんと。男ん子なんしこん、どっしりと構えていなっしぇ。それじゃね。」

 子機を戻した耕助が坐り直すとなんとも言えないような表情で彼を見つめる由貴が目に入った。と、耕助の右腕が引っ張られた。

 「来年はおっきいのお願いね。」

 「……ああ、まかせとけ。」

 「こうさん、なんも新しいもん用意することあらしませんよって。うちの実家にあるもんを持ってきたらええんよ。」

 「姐さん、来年にはもう一緒にすむんつもりなね?」

 樹里の凍てついた声色の問いに耕助は下っ腹に思わず力が入った。しかし、由貴はふんわりと笑みを浮かべて、自分の持ってきた紙袋を開き、中から「ひきちり」と呼ばれるあこや貝をイメージしたこの時期の和菓子ともっちりとした桜色の餅を塩漬けの桜の葉で包んだ「道明寺」を取り出した。

 「えぇ? どないなんやろなぁ? それより樹里ちゃん、一緒に食べまひょか?」

 樹里はそれに答えず、由貴を見つめていた。耕助の顔は二人の間をいったりきたりしていたが、おもむろに立ち上がった。

 「樹里、ほら、で、デザートだぞ。さ、さぁ、ゆ、由貴さん、俺、お茶入れてくるわ。」

 「…………」

 「…………」

 二人は耕助の顔を見上げてしばらく無言でいたが、耐えきれなくなったように吹き出した。

 「な、なんだよ、もう…… びっくりしたじゃねぇか。」

 「やっと、元に戻った。」

 「せやなぁ。」

 「……気を使わせたな。」

 「まぁ、冗談半分よって、気にせんでおくれやす。」

 「そ、そうか。…………ん? 半分?」

 「そら、なぁ。」

 「……気にしんほうがいいばい。」

 二人の微笑みはほんわかとしていたが、なぜか、耕助の背筋に冷たいものが走った。

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