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チョコレイト・ディスコ

 お久しぶりです。


 できるだけ早く上げることができるようにがんばりました。


 本来なら、時節に沿うようにかければいいんですけどねぇ。


 バレンタインといえば、マイファニーバレンタインという曲が超メジャーですが、実はあんまり好きじゃないんです。暗いんですよね…


 今回は知っている人が読めば、あぁと思うようなものを散りばめています。


 北海道はスィーツ王国(お菓子的な意味合いで)ですが、トリノでも老舗のチョコレートを専門に扱うお店やベルギーの旦那さんがショコラティエをしていたお店がありました。なかなか買いに行くことはできませんでしたが、とても美味しかったです。


 この作品は自分としては大事にしているので、更新がゆっくりペースになると思いますがまだ続けて行こうと思います。


 二月になると、連日のようにこの冬一番の寒気が更新されるようになる。北海道でも比較的南に近い中央部のこの町も最低気温が氷点下十五度を下回ることが珍しくない。

 冷気を通過する朝日は夏よりも強く目に刺さる。

 「キラキラしてる。」

 「うん? ああ、空気の中の水蒸気が凍りついているんだ。」

 ハレーションを起こしている朝の光景の中で目に見えないほどの氷の粒が朝日に照らされて大気の中で漂っていた。

 「今日は節分だな。太巻きでいいか?」

 「…給食とかぶりそう。」

 「そんな気もしてきた。でも、縁起もんだしな。」

 「お母さんが流行りもんだって言ってた。」

 「あぁ… でも、樹里のお母さんはそういうのが好きそうなイメージがあるぞ。」

 「うちもそう思うちょったん。でも、なんか好かんちゅうてた。」

 「ふぅん。じゃあ、違うものにするか。」

 「よかっち。うち、太巻きも好いとぉから。」

 「まあ、考えとくよ。じゃあ、気をつけてな。」

 樹里は頷いて、大きなマスクをつけ直した。


 午後、全校生徒達は体育館に集合した。

 暖房設備があるものの、やはり大きな空間ではどこか寒い風が足元を冷やしている。

 予防用の白いマスクやファッションの一部のようにキャラクターの派手なプリントのマスクをした生徒達が整列すると、校長より挨拶があった。

 「この後、どうなるんだろね?」

 「去年は六年生の人たちが鬼役をして、下級生が豆の入った小さなふくろを投げていたよ。」

 「へぇ。」

  校長の挨拶を聞き流しながら、樹里とゆりかが話をしていると突然、ステージ上に奇声を発する鬼が飛び出してきた。

 「ヒッ!」

 「あはは。樹里ちゃん、大丈夫、ALTのロジャー先生だよ。」

 驚いて硬直した樹里の背中を叩いた同級生のまゆりの言葉に校長を羽交い締めして嬉々としている赤鬼を見ると、スレンダーで小柄ながらも筋肉質の体に鬼のコスプレをしたALT、外国語指導助手のロジャー・ネルソン先生だった。

 生徒たちの背後からも数人の若手の先生たちが鬼のコスプレをして、トゲのある鉄棒を軽々を振り回していた。中には、樹里たちの担任もいて、真っ赤な耳で一、二年生の列を回っていた。

 「ヒャッハー! このショーガッコーはオニがゲットだぜー! ベンキョーしない子はマルカジリだぜー!」

 片言の日本語、セリフ棒読みで律儀にマイクを握り締めて、ネルソン先生が生徒たちに宣言した。ネルソン先生はステージ上でステップを踏み、ご機嫌だった。

 「待つんだ。私たちの小学校で鬼の好きなようにはさせないぞ。」

 こちらも棒読みでステージの左袖から出てきたのは、ネルソン先生につかまっていたはずだったのにいつの間にか桃太郎のコスプレをした校長だった。膨らんだお腹に法被がはち切れんばかりになり、宴会にでもつけるようなうさん臭いちょんまげのかつらをかぶった校長の姿に生徒たちは笑いながら拍手を送った。

 鬼役をしていない先生たちはカゴを持ち、児童たちに豆やおつまみが入った小袋を渡して歩いた。その間に鬼役の先生たちはステージ上に上がった。

 ネルソン先生はなめらかなステップで右袖に流れ、軽やかにターンをしてポーズをきめた。

 「モモタロー、オマエニハ負ケナイゾォ!!」

 「私には全校児童たちが付いている。みんな、鬼に向かって豆をぶつけるんだ!!」

 校長の言葉に、先生たちは「鬼は〜外!! 福は〜うち!!」と声を張り上げ、児童たちに豆を投げるように促した。児童たちも掛け声をあげて、鬼に豆を投げた。

 鬼役の先生たちはこっけいに見えるようにまろびつつ、ステージから逃げ出した。


 一通りの流れが終わったところで保健の先生がステージに上がり、インフルエンザが流行していること、うがいと手洗い、そしてマスク着用を強く勧めた。

 もしインフルエンザにかかってしまったときにはすぐに学校に連絡して、熱が下がっても決まり通りに休んで他の児童にうつさないようにとの注意事項を説明して、全校集会は終わった。

 「いきなりで面白かったね。」

 「コスプレ、ウケたん。」

 「ロジャー先生、ダンス上手。」

 樹里たちは教室の後ろ、暖房機のそばで固まっていた。

 「節分も終わりだし、あれが近いよね。」

 「あぁ、そうだね。今年はどうしようか?」

 「いちおう、学校にはチョコレートは持ってきちゃダメなんだよ。」

 「タテマエでしょ?」

 「まぁ〜ねぇ〜?」

 「そうなん?」

 「樹里ちゃんはどうするの?」

 「なに?」

 「もうすぐ、バレンタインデーだよ。」

 「おぉ。」 

 頷いて樹里はスカートのポケットに入っていたスマートフォンを取り出し、メール画面を立ち上げた。


 「じゅ、樹里ちゃん。そない、せかさんといてぇ。」

 「姐さん、うちにしがみつかんで。こ、転んで…きゃあ!?」

 厳寒期の氷結した路面をはじめて歩く樹里はもちろん、三年も経つのに未だに冬道に慣れない由貴は二人で相手を頼りにしながらヨチヨチと道を進んでいたが、由貴の方から転んでしまった。 

 「こげなとこにそげなお店があるんかいな?」

 「えぇお店があるんよ。おねぇさんに任せたって。」

 由貴がメールで樹里の相談を受けて、彼女を案内する先はお菓子の道具や素材の専門店だった。樹里と耕助の家の近くにある地下鉄駅で待ち合わせた二人は雪祭りの準備に沸く大通りに向かった。

 母親譲りの千鳥格子のコートにカシミアのマフラー、今年手に入れたファーのイヤーマフで身を固めた由貴とPコートに黒のロングブーツ、マリン帽の樹里は地下鉄の中で背中がむずかゆくなるほど暖かだったが、地上に出ると猛吹雪だった。

 顔に礫があたるかのような風に飛ばされる粉雪を避け、ヨチヨチと二人は顔を下げて大通公園を抜けた。

 この時期の大通公園は近隣の山や峠から綺麗な雪をダンプカーで輸送し、山のように積み上げ、自衛隊などの雪像製作の部隊が寒風吹きすさぶ中、黙々とその仕事をこなしていた。

 旧北海道庁や小さなホテルの玄関前にも特大の雪だるまが飾られていた。二人をそれを見物しながら、ある大きなビルの一階にある小さなショコラティエに入った。香り高いカカオの黒真珠のように輝く宝石のようなチョコレートが並ぶ店内で由貴は店長の男性に声をかけた。

 「こんにちは。いやぁ、口に入れるのもったいないくらい、きれいなショコラが並んでますなぁ。」

 「いらっしゃいませ。ありがとうございます。」

 「ほんとう。きれい。」

 「樹里ちゃんはどれを耕助はんにプレゼントするん?」

 由貴の言葉にショーケースの中に並ぶチョコレートを真剣な目で選びはじめたが、すぐに困ったように眉を寄せて由貴を見上げて、耳元でささやいた。

 「姐さん、高い…」

 「うん? ああ、あぁ、樹里ちゃんはおこずかいやもんなぁ。小さなものでもええと思いますえ。」

 「うん。でも…小学生がこげな高級なお店で買うんちゅうのは、なんかちゃうような気がする。」

 困ったような表情で由貴を見上げる樹里に愛おしげな眼差しを向けた。

 「樹里ちゃんは、ほんまにできたお子ですなぁ。耕助はんも果報もんやなぁ。せやけど、うちかて負けてへんえ。」

 「え?」

 とまどう樹里を気にせず、由貴は腰をかがめてショーケースの中で陳列している美しいチョコレートに自分の店で作品を作る時にしか見せないような真剣な眼差しを注いだ。

 「うちは大人やさかいなぁ。」

 「姐さん、高級品で耕助さんを釣ろうっちゅうんかいね。あんた、パテシエールと違おると?自分ち作れるはずやろが。」

 慌てた樹里は使い慣れない言葉に舌をつりそうになりながら、しかし店の邪魔にならないようにささやき声で抵抗した。

 「うち、和菓子職人やさかいなぁ。ショコラはちょおっと専門外やなぁ。こういうところで見繕ったほうがええんよ。」

 「チッ。」

 「樹里ちゃん!?」


 今年の二月一四日は金曜日だった。

 「はい、どうぞ。」

 「おう、ありがとうな。」

 職場では、男性社員に義理チョコが配られていた。耕助は受付の佐藤さんからもらった。可愛らしい包装紙に包まれたそれをデスクの目につく場所に置いた彼は給湯コーナーで、自分のマグに熱々のコーヒーを注いだ。

 「おはようございます。」

 「おはよう、玉川。」

 「土方さんは今年はたくさんもらえそうですね。」

 「うん? ああ、樹里からか? なんか数日前から、…と、友達? と一緒にチョコを見に行ったらしいな。めずらしく自分の部屋で何かこちゃこちゃとやっているな。」

 「んふふ、かわいいですね。彼女の方はどうなんですか? 樹里ちゃんと一緒に見に行ったんじゃないですか?」

 「………おまえ…… さぁ、どうなんだろうな。それより玉川は東京の彼氏とはどうなんだ?」 

 「よく覚えていましたね。今日の夜の便で東京に行ってきますよ。」

 「そうか、元気だな。」

 「へへへ。」

 玉川は嬉しそうに笑って、缶に入っている札幌の有名チョコメーカーの薄いチョココーティングのクッキーを一枚つまんで自分のデスクに戻った。


 しかし予定とはあくまで予定であって、必ずしもうまく行くとは限らない。


 受付の佐藤さんと永倉は仕事終わりにデートに行く予定であったのに、永倉は玉川のチームと組んでいた営業の案件がこじれて延期となってしまった。電話で営業先に頭を下げている彼を横目に佐藤さんはすてきなコートを羽織って一人で帰ってしまった。

 午前中は快晴だったが、ぽつんと小さな低気圧が石狩湾に入ってきたと思ったら、夕刻から北広島から千歳にかけて、暴風雪警報が出てしまった。耕助たちのいる市内は晴れているのに、一歩離れると五メートル先も見えないほどの豪雪で空港がほぼ閉鎖状態となり、無表情な玉川が机にむかってキーボードを叩いていた。

 「お疲れ様でした。」

 「ああ。」

 「お疲れ。」

 水無は耕助たちよりも先に帰って行った。ストレスフルな電話を終え、彼女の背中を見つめていた永倉は肩をすくめた。

 「付き合いはじめたそうですね。」

 「ん? 誰とだ。」

 「玉川さんのところの大亀ってやつです。彼女のちょっと先輩です。」

 「ふぅん。あいつか? 背の高い。」

 水無とは時間差でチェスター風のオーバーコートに派手な柄のマフラーを巻いた若い男が笑顔で周りの諸先輩がたに挨拶しながら帰って行くのが見えた。

 「ええ、そうですけど、…知ってました?」

 「かなっと思っていたがな。仲がいいし。」

 「隠しきれていませんよね。」

 「むしろ、隠す気があるのかと言いたかったがな。特に男は。」

 「ですよね。」

 「ん? 大亀って、今回のか?」

 軽やかな歩みでオフィスを出て行った大亀の背を見つめる永倉の目はすでに糸のように細く、その奥に剃刀のような剣呑な輝きがきらめいた。

 「ええ、大迷惑ですよ。」

 「浮かれたかな?」

 「許せませんね。」

 耕助は深いため息をついた。

 「土方さんはもう帰っていいですよ。樹里ちゃんのことがあるんでしょ?」

 「今日は、樹里が谷崎さんを呼んでいるんだそうだ。樹里にメールしてあるし、あいつから少し遅く帰ってきてほしいと言われたよ。」

 「ケッ。爆発してください。」

 「ナ〜ガ〜ク〜ラ〜? お前、明日からしばらく出張に行ってくるか?」

 「勘弁してください。」

 「少しは手伝ってやるからよ。本音を垂れ流すな。」

 「イエス、サー」

 

 「おかえりやす。」

 「……ただいま、帰りました。」

 玄関で出迎えてくれたのは由貴だった。

 耕助の肩に乗った雪を払った彼女は耕助の黒いオーバーコートを脱がせ、左腕にかけた。

 「まぁまぁ、えろぅ寒うござりましたなぁ。早く、お風呂に入って温まっておくれやす。」

 「あっ、はい。…ありがとうございました。」

 耕助は彼女の言葉に自然とジャケットとネクタイを渡してしまい、そのまま浴室へと向かってしまった。

 微妙に納得しがたい想いと氷点下の極寒の帰路からお風呂への急激な気温の変化だけではない頰の赤らみと耕助の発汗を促すような環境でいつもよりも汗が引かない耕助だったが、部屋着に着替え、リビングに出てきた。

 以前に耕助の旧い友人たちが来た時に広げたちゃぶ台がまた置かれ、その上には主に由貴がそして樹里が手伝った豪華な夕食が並んでいた。

 「ほな耕助はん、こっちこっち。」

 「あっ、はい。」

 由貴の手まねきで耕助が腰を下ろした。

 樹里が大皿に載せられたおばんざいを運んできた。

 全員が揃ったところで、耕助の目の前の冷えたグラスに冷たいサッポロクラシックが注がれた。 

 「お疲れ様。」

 「ありがとう。」

 断熱の行き届いた部屋にストーブ、寒気が強く水蒸気が凍てついて乾燥度が高い空気、そして仕事を終え、一風呂浴びて喉が張り付くほどに乾いていた。

 そこに流し込まれる冷えたビールの喉越しは控えめに言って、最高だった。

 由貴と樹里も続いて自分たちのコップの飲み物を開けた。

 「今日は樹里ちゃんと二人で作らさせてもろうたんえ。こっちは牛肉とごぼうさんを炊いたんえ。こっちは水菜とお揚げさん。竹輪のおつまみとお和えもおいしいおすえ。」

 「うちも手伝ったんくさ。食べて。」

 「ああ、どれもおいしそうだな。由貴さん、樹里、ありがとう。」

 二人は微笑みながら耕助が箸を運ぶところを眺めていた。耕助もお腹が空いていたので、とりあえずもりもりと食べることに専念した。

 その様子に由貴は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 「耕助はんはうちではガッツリと食べはるんやなぁ。いやぁ、やっぱり旦那はんはしっかりと食べはるお方がええなぁ。」

 「うん。」

 二人も箸を取り、つまみはじめた。樹里は味を確かめようと何回も味見をしたので、既にお腹がいっぱいだった。

 耕助の食欲が一段落したところで、二人はちゃぶ台の上を一通り片付けた。そしてお互い紙袋を手にしてきた。

 「なんかもう、俺の方がお客さんだな。」

 「まあ、今日はそういう日ということでええんとちゃいますやろか?」

 「そ〜れ〜より〜!! あなた、これ。」

 樹里はどこのスーパーで売っているふつうの板チョコにリボンを結んだものとバレンタインカードを手渡しした。

 彼女の作ったバレンタインカードを開くと樹里のとっておきのシールと幾つものインクの蛍光ペンを使った手書きのコメントが書かれていた。

 耕助はそれをじっくりと時間をかけて読み、目を細めて頷いた。

 「樹里、ありがとう。」

 「うぇへへ。」

 「次はうちの番どすえ。」

 由貴が耕助に手渡したのは、樹里と共に見にいったショコラティエの小さな箱とバレンタインの特別包装された長い箱の二つだった。

「一つは定番のチョコなんやけど、もうひとつは……耕助はんが気に入ってくれるとうれしんやけどなぁ。」

「ネクタイですか? ありがとうございます。」

 耕助は丁寧に包みを開き、箱の口を開けた。ちらりとのぞいたそれに一度耕助は箱を置いて、おしぼりで手を拭いてから、中の物を取り出した。シンプルなレジメンタルのネクタイは質の良い絹の光沢が美しかった。

 「いい柄ですね。嬉しいです。」

 「ほんまに? うれしいわぁ。 気に入らんかったらどないしよって思うておったから一安心やわぁ。」

 「そんなことはないですよ。」

 また丁寧に箱に収めた耕助は笑顔を見せて、箱を自分のわきに置いた。箱に気を取られている耕助は由貴の見せた樹里しか知らないような急カーブの笑みを見せた。

 「これで三月は楽しみにしておますえ。あとうちの指輪のサイズですが、九号ですんよってよろしゅう頼みますえ。」

 「えっ!? あっ、そっ、その、それって!?」

 「え〜、姐さん、こすいよ!」

 樹里は両手を胸に寄せて握りしめ、由貴に抗議したが、彼女はかわいいライバルに小首を傾げて不思議そうに問い返した。

 「なんでぇ? うち大人やさかいなぁ。やっぱり、ほら、なぁ?」

 「……樹里のが一番嬉しいよ。何か考えておくよ。」

 「コウさん……わかりますんよ。せやけど、そないなこと、はっきり言われるとうちもへこみますえ。」

 「あっ……」

 「なんて、ウソどすえ。さぁ、続いては樹里ちゃんや。」

 由貴は樹里にも小さなチョコの小箱を手渡した。

 「嬉しい。ありがとう。」

 樹里はすぐにリボンを解いて箱を開いた。中から現れたトリュフを一口で食べた。とろけそうな彼女の表情に耕助と由貴は微笑みを浮かべた。


 「ほんまに楽しかったわ。今度はまたコウさんの手料理を食べさせておくれやす。」

 「今日のご馳走を食べさせてもらったら、俺も自信なくしてしまいましたよ。」

 「それなら、またうちが作らさせてもろうてもええんどすえ。」

 由貴は玄関先で耕助と並んで自分を見送っている樹里に悪戯っぽい笑顔を見せた。

 「で、今度はコウさんと二人がよろしいなぁ。」

 その言葉に樹里は頬を膨らませて、耕助の腰にしがみついた。耕助も苦笑いで彼女の肩に手を置いた。

 「それはちょっと。すみません。」

 「えぇ。わかっております。ほんの冗談どすえ。ほな、おやすみやす。」

 「お休みなさい。」

 「バイバイ。」

 由貴は小さく手を振って、耕助と樹里の家を後にした。まだ吹雪が続く夜ではあったが、彼女は耕助の呼んだタクシーで帰ることができた。一人、シートに腰掛ける由貴は時計を見つめ、ふっとほおを緩め、シートにもたれかかり、目を閉じた。

 「ふふ。こうなると、うっとこ戻るんの億劫な気もしおすなぁ。」


 耕助と樹里はテーブルなどを片付けて、いつものように耕助の寝室で最近手に入れたおじさんたちに人気の女子高生が戦車で甲子園優勝を目指す『がんばれベアーズ』風味的なアニメのブルーレイを鑑賞していた。 

 「ねぇ、あなた?」

 「なんだ。」

 「うち、アクセ……」

 「…俺、よくわからんが、小学生にはまだ早いだろう?」

 「うちも、そう思う…。でも、やっぱり、欲しいかも。」

 「女って、キラキラしたもんが好きだよなぁ。」

 両手を組んで頭の後ろに回した耕助はベッドに横になったが、樹里の次の言葉で青い顔をしてバッと起き上がった。

 「ん〜? そうかも。でも、あなた、姉さんけんのネクタイば普通に受け取っとったよね。」

 「えっ? あっ、あ〜!? なんか流れで受け取ってしまった。あぁ、まずいなぁ…でも、ネクタイなんて突っ返すことなんかできないし…」

 「もう、いいんじゃなか?」

 「え!?」

 「もう、いいと思うちょる。あなたはどう思おちょるか、うちにはわかんないけど、姉さんは、多分、本気。」

 樹里の事も無げに話す言葉に耕助はどきどきとさせられた。

 「…俺は、いままで……いや……じ、樹里はそれでもいいのか?」

 「うちはべつに、姐さんのことは嫌いじゃなか。」

 小首を傾げる樹里に心の中で疑問を投げかけた耕助であったが、ひとまずそれを飲み込んだ。だが、いつかの樹里が小さな胸の奥に抱えていた思いの吐露が彼の頭いっぱいに広がった。

 「俺は、前に樹里に約束したけど、お前を…お前が、一番なんだ。樹里が嫌なことはしたくないと思っている。」

 「でも、あなたは姉さんの事も、好きなんかろ?」

 「…すき……? ああ、いや、そのぉ…」

 途端に歯切れが悪くなった耕助に樹里は真顔で追撃を行った。

 「? きらいなん?」

 「いや、嫌いではない…ぞ。その、なんていうか。あれだ、気、気が合うというか。」

 「? なら、すきちゅうてもいいやんか。前にも言うたけど、うちはあなたのおじゃま虫になりたかなか。じゃけん、うちもあなたと一緒に暮らすしこん、あなたかうちか、どっちかがいやな人はいや。うちはあなたといっしょに幸せになりたいんね。」

 自分への返答ができず、ベッドの上で赤くなった顔を大きな両手で隠して身悶えをした耕助の目の前でベッドから降りてぺたりと座っている樹里は不思議そうな表情で耕助を見上げていた。

 「あと、うちが一番なことは変わらんでいちゃってんね。」

 「お前、マジで怖いよ。ほんとに小学生か?」

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