Stand By Me
すみません。
間が開いてしまいました。
忙しいのは相変わらずですが、間が開きすぎるとなかなか書き出しが難しくなりますね。
特に今回は中年男のダメさ加減が見えてきます。
モテないにはモテないなりの理由があるのですよ。
まだ、不定期で続きますが、よろしくお願いいたします。
ではでは
お正月の余韻も薄れてきた十四日、樹里は友達と近所の大きな神宮に書き初めを持ち込んできた。外国語の大きな声がする方に向くと派手なダウンジャケットに身を包み、大きなサングラスをかけたアジア系の観光客がそこかしこで写真を撮りあっていた。
お年玉でPコートを手に入れた樹里は桜色のマフラーにネイビーのマリン帽を合わせていた。
久しぶりに会う友達たちに見せようと気合を入れていたのに、携帯電話に来たメールを読み、浮かれた気持ちがどこかに飛んでいた。
「知らんって、どげんこつなん!!」
「ん?」
「あっ、ごめん。なんでもないよ。北海道でもどんど焼きがあるんだね。」
「博多にもあるの?」
「ん。住吉神社や十日恵比須神社でやっているよ。」
「そうなんだね。日本のどこでもやっているのかな? だとしたら、面白いよね。」
「えっ? 多分、そうだと思うよ。」
どこか的外れな二人の会話にゆりかは戸惑いながら頷いた。
山のように積まれた松飾りや注連縄のそばには高齢の男性たちがいて、樹里たちの書き初めを受け取った。火がつけられた。赤い炎がちらほらと降る粉雪が炎に触れる前に鉛色の空で蒸発していた。
北海道の小学校は過ごしやすい夏の休みが少なく、厳しい冬の休みを長く取っている。まだのんびりしている友人たちと別れた樹里は家に戻りストーブの前に陣取り、学校で借りてきたドリトル先生を読みはじめた。
すぐに部屋が暖まり、樹里はストーブの前からソファに移った。北海道ではコタツを持っている家庭は案外多くない。なんとなく、物足りなさを感じながらも物語の世界に浸る樹里は時を忘れていた。
コツコツと時計の音と窓をなでる風の音だけが受理の耳に届いていた。
読み終わる頃には黄昏色の明かりがベランダから差し込んでいた。
本を床に置いた樹里は天井に目を向けた。
ばんごはん、何かな?
起き上がった樹里は部屋から博多に住んでいた時から愛用しているエプロンをつけてキッチンに立った。
電子レンジで作れるものなら、耕助のいない時間に作ってもいいとの許可をもらっている樹里は付け合わせにと思い、洗ったじゃがいもとにんじんを切り、電子レンジの中に入れて温め出した。
その間に冷水を張ったボウルに玉ねぎをスライサーで向こうが見えるほど薄くスライスをした。
何度か電子レンジの中のじゃがいもとにんじんの様子を見ながら温めながら、玉ねぎのスライスの水を切り、空いたボウルに湯気を上げているゴロンとしたじゃがいもと細かく賽の目にしたにんじんを移し、玉ねぎと輪切りにした魚肉ソーセージを投入、マヨネーズと塩コショウで味付けた。
大きめのじゃがいもを頬張った樹里は頷いて、冷蔵庫から粒マスタードの瓶を取り出し、小さじ半分くらい入れて、また混ぜた。
「こげなもんかいな?」
辛味を感じるほどではないが、なんとなく味がよくなった気がした樹里は赤いガラスボウルに盛り、ラップをかけて冷蔵庫に保存した。
「まさかのかぶり。」
樹里の言葉に耕助はテーブルの上の皿を見つめ、ため息をついた。
深い緑の角皿の上に耕助が買ってきたコロッケが二つとトマトが、そして二人の間には樹里の作ったポテトサラダが赤いガラスボウルに盛り付けられていた。
「そういえば、今日は何にするか、話していなかったよな。」
樹里は頷いた。
「…すまんな。」
「いい。うち、おじゃが、すいとうから。」
「食べるか?」
「ん。いただきます。」
「いただきます。」
二人は箸をとった。
耕助は樹里のどんど焼きの話に頷きながら、胃がじゃがいもで膨れて胸焼けしそうであることを笑顔で隠していた。
「こっちは冬休みが長くて、嬉しい。」
「あぁ、向こうはもう学校がはじまっているのか?」
「ん。」
「長いからって、のんびりしていると宿題で焦ることになるぞ。」
「うちはもう終わっとうけん、大丈夫ちゃ。そげなこつより…」
「なんだ?」
耕助は樹里の視線を感じてテレビの天気予報の目を移した。あの後から、樹里は何があったのか耕助に尋ねることはしないが、自分で話すように求めるような圧迫感を出してくるようになった。勘のいい樹里のことだから薄々は感づいているだろうが、何をどう言っていいか、そもそも由貴にどう返事をしていいか、見当もつかない。
おれだってどうしたらいいか、分かんねぇよ。
樹里が深いため息をついた。
「先んばしばっかするとどんどん往生したことになるっちゃよ。さっさということは言ったほうがよかよ。」
「うっ…。小学生には言われたくねぇよ。」
「なら、あなたは小学生以下なん?」
「……この話はもう終わり!!」
耕助は味噌汁を飲み干し、食器を手に後片付けに向かった。
職場で水無を目で追っていることに気がついた耕助は考えるふりをして、頭を抱えた。
未練がましさに我ながら呆れた耕助はあることに気がついた。玉川のチームの若手社員がよくそばにいる。
まあ、仕事なのだからそばにいてもいいのだが、妙に馴れ馴れしい。
水無も仕事用の言葉ではなく、普段の口調で話している。
結局、そういうことなのかと思い至った。
由貴さんへの返事をするのも気持ちが楽になった。
ふと胸の中にそんな気持ちが浮かび、耕助はすぐに落ち込んだ。
こんな気持ちのままで由貴に返事をすることはとても不誠実なのではないかと気がつくと、自分の頭をかち割ってやりたいほどの自己嫌悪に陥った。
「どんど焼きに焼かれっちまえばよかったのかもしれん。」
「なに訳の分からないことを言っているんですか? 外回りに行きますよ。」
「ああ。 なあ、永倉よ。おれって、だらしがないことに気がついた。」
耕助はウールの厚地のオーバーを羽織りながら、背中で永倉に話しかけた。
「いまさらですか?」
「お前、へこむからやめてくれよ。ただでさえ、絶賛自己反省月間なんだからさぁ。」
「年初めから感心ですね。いい具合にやられてますけど、何かあったんですか?」
「人には言えないな。」
チェスターコートをまとった永倉は男にしては細い肩をすくめた。
「まあ、いいですよ。話せるようになったら、教えてください。」
「ああ。」
「おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
大きなあくびをしながら、手を振って耕助の部屋を出て行く樹里を見送った後、彼はスマートフォンを手に取った。
すすきののバーのお客さんが沢山買ってくれた今日の売上に気分を良くした由貴は夜、ベッドの上で眉を寄せてスマートフォンを覗いていた。
深いため息をついた由貴は耕助にスタンプを送った。
「ほんにえらいお人をすいてしもうたようやなぁ。」
由貴はくすくすと笑った。
「やけど、惚れたもんの弱みやなぁ。」




