Dancing Queen
お久しぶりです。そしてすみませんでした。
気がつくと一ヶ月ほど空いてしまいました。
少し余裕ができると思ったのですが、以外と忙しかったです。
気がつくと体調も崩してしまいました。
これからしばらく忙しいのですが、不定期でもボチボチとあげてゆこうかと思います。
今回は短めです。
よろしくお願いします。
「ぐふっ。」
笑い声とも堪えきれずに漏れた息ともつかない気持ちの悪い声が知らずに上がった。
昨晩からシベリア寒気団が樺太から稚内と侵攻してきたため、今朝は各地でこの冬一番の寒さを記録していた。
耕助と別れしなに彼の都合も考えず、思いの丈を語ってしまった。身体は火照っていたものの、数日ぶりの部屋の中は冷え切っていた。
頭も心もクールダウンするのはいいが、入浴する気にもなれず、エアコンを最大にしつつ、灯油ストーブに火を入れた。コートを着たままお湯を沸かして湯たんぽを作り、暖房はそのままにして素早く身支度をして、化粧だけを落としてベッドに潜り込んでしまった。
朝を迎え、部屋は温まり、そろそろ起きようかと思ったところに先ほどの奇妙な声が出た。
兎庵は今日もお休みにするつもりでいたので、朝からお湯を張り、ゆっくりと浸かり、帰札の疲れを取った。
「ぐふふっ。」
入浴中も紅茶のお湯を沸かすときもテレビでニュースをチェックしているときも漏れるこの声を制御できない。
「ぐふふふ…」
床に置かれたスーツケースは広げられ、中身が乱雑にはみ出していた。由貴は片付けもせずにブランチを取りに表に出た。
南二条通りの単身赴任のサラリーマンやススキノの粋筋のお姐さん方が多く住むマンションの七階に由貴の住まいがあった。ロングのダウンコートにニット帽をかぶり、風を避けながら近くのカフェに入った。
「いらっしゃいませ。お決まりになったら、およびください。」
「はい。」
由貴は簡単なものを選ぼうとしたが、目に入った「昔ながらのカレー」が彼女を呼び寄せる。
別に、今日はお菓子を作るわけではないから、ちょっとくらいスパイシーなものを食べてもいいと思う。寒暖や湿度で微妙に小豆や砂糖の具合を調節するが、毎日ノートをつけているのでレシピの調節は自分の官能に頼りっぱなしではない。逆に自分の舌に頼りっぱなしでは体調がすぐれない時には困ってしまうし、何より食を楽しめないようでは幅が狭くなってしまう。
由貴は合理的だった師匠の言いつけを守ることで、自分の生活を楽しむことができるようになった。
「ええかなぁ?」
彼女はスキンヘッドの店員を呼び、カレーを頼んだ。
しばらくして、運ばれたカレーは学校給食のように真っ黄色のルーの海にゴロンゴロンとした人参や玉ねぎ、そして豚肉が浮いている懐かしい香りにするものだった。
「ポークなんや。まぁええわ。ほな、いただきます。」
銀色のスプーンを一度水にくぐらせて彼女はカレーライスを口に運んだ。
スパイスは控えめ、出汁とちょっと小麦粉の香りがまろやかに口中から鼻に抜けて行く。
「ちょっと、お醤油が足らへんなぁ。でも、まあ、合格点やなぁ。」
黙々とカレーを口に運んでいると、彼女の眼の前に一人の女性が立った。
「お姐さん、久しぶり。」
「あれ? 久しぶりやなぁ。まずはおめでとうさん。」
「おめでとうございます。ふふ。同じマンションに住んでいるのに、久しぶりもないもんだね。」
「そうやなぁ。でも、うち、実家の戻っていたさかいになぁ。ともかく、お元気そうで何より。」
由貴と同じマンションに住む彼女はマンションのごみ捨て場で出会い、ご近所付き合いするようになった間柄であった。彼女は由貴が京菓子屋を営んでいることを知り、お店の女の子たちやご贔屓に勧めてくれるようになった。
「すずちゃんもご飯? まあ、どうぞ。」
由貴の促しに彼女は向かいに腰を下ろし、コーヒーを頼んだ。
「姐さん、なんか楽しそうですね。」
「そう? 何もあらへんえ。」
「またまた、いい男を見つけたんでしょ?」
ブフォッ!!
由貴の口からご飯の粒が飛び出した。
「ななななな、な、何のはなしやろなぁ? うちにはさっぱりやわぁ。」
「またまた、あの日、私、はやくに帰ってきたんですよ。本当にいいものを見れましたわ。京女の本気ってもんを見せていただきましたよ。ねぇ、姐さん。
『うち、顔から火ぃが出そうやわぁ。』でしたっけ?
あそこから振り返って、ちらっと顔を見せて、姐さんがマンションに走ってエレベーターが上がるまで、見送っているいい男の顔、姐さんに見せたかったですよ。」
「……」
「顔はまあ、十人並み? だけど、着ている服や車は趣味がよさそうだし、あと、姐さんは身体重視なのかい? あんなんでギュッと抱きしめられたら気持ちよさそうだよね。」
プルプルと震える由貴の瞳は涙で揺らめき、頬はカレーだけではない熱にまるでリンゴのようだった。
「か、堪忍やぁ…堪忍してぇなぁ。ほんま、うち…、うち…」
「いやぁ、姐さん、青春してますなぁ。」
ボロボロと大粒の真珠のような涙をこぼし、すずを見つめる由貴の眼差しは沈黙の非難に満ちていた。
「ああっ、スンマセン!? スンマセン!! そんな、泣かせるつもりじゃないんですよ!! ちょっとうらやましかっただけで、ごめん、ごめんてばっ!! もう!! 姐さん、どんだけメンタル弱いんすっか!!」
「うちっ…うちっ… 泣いてなんか、おらへんえ。」
「あ〜っ、もう、ごめんってばぁ〜!!」
すずは由貴に店を開いたら、即買い物をしてもらうことで納得して別れることにした。




