月の爆撃機
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
さて、物語の方は現実世界からちょっとだけ時間軸が戻ります。
外資系は業務の分担の割り切りがすごいという話は聞きますね。学生時代もそうで、学校の掃除は掃除をする人の仕事だから自分たちはしないそうです。
急に思わぬ方向で自分の価値観のダメ出しをされるとびっくりしますよね。掃除のことでも。でも、それって価値観の相違だけなのかなって思うんです。
そんなお話です。
耕助たちの会社でも取引先が休みに入ってしまうこともあり、日本の企業と同じような日取りで仕事納めをすることになっている。
この日は午前中に対外的な仕事を終え、午後からはのんびりと仕事納めの準備をしていた。
「ふつうは自分たちで大掃除をするんですか?」
「ああ、そうらしいな。うちの会社はずっとむかしに東京本社に支配人代理が来て、「お前らに掃除をさせるために給料を払っているわけじゃないんだぞ。何のために清掃のプロを雇っていると思うんだ!!」と一喝してから掃除はしなくなったそうだ。」
「何というか、合理的ですよね。」
「そうだな。ただ、自分たちで作った書類は他人に見せるわけにいかないからキチンとマニュアルに従って整頓しとけよ。あと自分の机も恥ずかしくない程度にな。」
「は〜い。」
まだ学生気分が抜けないような返事で、水無は端末周辺においていある私物のマスコットや文具の片付けをはじめた。
「そういう土方さんも今年の懸案事項はきちんと片付けましたか?」
「なんだよ。何かあったか?」
「南雲さんの彼氏も言っていたでしょう? 費用対効果をきちんと出せって。」
「ウッセーよ。」
「そういえば…」
「うぉっ。」
永倉との会話に気を取られていた耕助は背後からやってきた玉川に気がつかなかった。そのため、急に声をかけられた彼は思わず、驚きの声をあげた。
「驚かすなよ。なんだよ?」
「これだけみんなの話題になっている方ですけど、お顔を見せてもらったことがないですよね。」
「そういえばそうですね。土方さん、写真はないですか?」
してやったりという好い笑顔で訪ねた玉川に永倉が同調した。
「わたしも見てみたいです。」
退屈そうにモニターの中のフォルダにファイルを移していた南雲がオフィスチェアのキャスターを転がして参加してきた。
「そもそも、付き合っていないんだから、そんな人の写真を見せることも変な話だろう。」
「そんなことはないですよ。」
「そうですよ。っていうか、まだそんなことを言っているんですか?」
どうあっても見てやるとの気迫がこもった三人の眼差しに負けた耕助は机に伏せてあった私物のタブレットを開いた。
「お前たち、仕事する気ないだろ…」
「そんなことありませんよ。」
笑顔を崩さない玉川に耕助は思わずため息がこぼれた。
「この人だよ。」
写真は兎庵に行きたいと樹里にねだられた時、店のお菓子がずらりと並んだカウンターの前で樹里と由貴の写真を撮らされたものだった。
耕助としては気乗りしなかったが、思いの外、いい表情で撮れたのでデジタル化していたものだった。
「落ち着いた感じの綺麗な方ですね。樹里ちゃんもなついているようですね。」
「うん、美人ですね。」
「あぁ、まあ、そうなんだろうな。」
「照れなくてもいいですよ。ねぇ、玉川さん。」
南雲に名指しされた玉川は先ほどの笑顔を引っ込めて、下唇がきゅうっと上げて難しい顔をしていた。
「ずいぶんと若い方のように見えますね。」
「ん? ああ。そのようだな。」
「お年を聞いていないんですか?」
「だって、女性に聞けるか?」
「大事なことですよ?」
「玉川は取引先の担当者の年を知っているか?」
「大体の年齢くらいだと推察できますよ。」
「ああ、まあそうだな。それくらいだとわかるよ。三十代にはなっていないと思うよ。」
「だから土方さんはダメなんですよ。お話を聞いていていた分にはもっと年上だと思っていたんですが…うぅん…二十七、八くらいですかね。」
玉川は耕助ではなく、南雲と永倉に同意を求めた。
「そうですね。」
「土方さんとは一回りくらい離れているくらいかな?」
「玉川はずいぶんと年齢にこだわるなぁ。」
耕助はふざけるように話しかけたが、玉川は目をそらせた。
「…十歳以上離れているのはちょっと、キモいかな。」
「えっ?」
「土方さんには、いっそ年上が向いていると思う。」
「なんだよ。」
「だって、じゃあ…その、わたしとあんま、変わんないんですよ。」
「そうなるかな? でも、俺の方からっていうか、彼女だってそんなつもりはないって…」
「ほんとに? でも、今までの話を聞くと、ぜんぜんアグレッシブで、ガンガン攻めてくるじゃないですか?」
「それは、お前たちの捉え方だろ? 散々自分たちで煽っていて、そんなことを言うのか?」
耕助の呆れたような声に急に話を変えるように玉川は尋ねた。
「土方さんは何歳くらいからオーケーなんですか?」
「…俺は今は、ん…前から、恋人っていうか、結婚とかは考えられねぇって言っただろ?」
「もしもですよ。」
「別に、す、好きあっていれば、何歳だっていいんじゃね?」
玉川はまた口を引き結んで首を傾げた。
「まあ、確かに年が離れていると話題も難しいですよね。」
「そうか?」
「土方さんだって、水無にブルーハーツの話題を振って、全然理解されなかったじゃないですか?」
「えっ!?」
突然、話題を振られて目を白黒している水無と自分の悲惨な記憶を想起した耕助の二人は慌てた。
「あ、あれは、けっこう、ブルーハーツ自体が知っている人は知っているというか…」
「あ、あの、私、昔から音楽にはあまり興味がなくって…」
「そういうことですよ。ブルーハーツなんて、洋楽ばっかり聞いていた俺でも知っていますよ。」
「……」
押し黙った耕助の肩を叩いた玉川は壁の時計を指差した。
「そろそろ、仕事納めの会の準備ですね。」
「お…おう、片付いた人から玉川の手伝いに向かってくれ。」
「はい。」
頷いたスタッフたちはまた自分の端末に向き直すものや立ち上がるものに分かれた。
その中、耕助は最近掛けはじめた目を守るブルーライトカットの眼鏡を外し、顔を撫でた。
いつものように、定時上がりした耕助が斬りつけるような冷たい風を避けるため、マフラーで顔を隠していた。
日曜日の夜のように自動車の通りが無い北一条通りは、昼の太陽で溶けた雪道が街灯の明かりを反射する氷が人通りで磨かれて滑りやすく、道産子である耕助はスケートのように足を滑らせながらゆっくりと進んでいた。
胸ポケットに入っていたスマートフォンが震えた。
「なんだ?」
一瞬、玉川のメールかと思ったが表示された名前は意外な人物だった。
耕助は応答のボタンをスライドさせた。
「もしもし?」
「もしもし。久しぶりですね。」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ええ、ありがとう。耕助さんも元気そうで何よりです。で、さっそくであれなんですけど、わたし、今、札幌駅に着いたばかりなんだけど。」
「…はぁ!?」
電話の向こうでクスクス笑う義姉の声が響いていた。
「いや、札幌は寒くって、すっごいびっくりしたわ。今からお家に向かってもいいからしら?」
「そ、それはいいですけど…ど、どうしたんですか?」
「樹里ちゃんの晴れ着を届けに来たのよ。」
「そ、そんなのは送ってもらってもいいのに…」
「でも、耕助さんは樹里ちゃんの着付け、できるの?」
「あっ……」
また、朝子の笑い声が耕助の耳をくすぐった。
「たまたま、飛行機のチケットが取れたんだよね。今年はお邪魔しないつもりだったけど、樹里ちゃんに会いたくなっちゃった。」
「それは、樹里も喜ぶと思いますけど、メールの一本でも入れてください。びっくりしますから。」
「えへへ。じゃあ、すぐに向かうから待っててね。あと、お構いなくね。」
「はぁ。」
耕助は電話を切り、深くため息をついた。
「まぁ、いいや。樹里も喜ぶか。」
肩をすくめて、また足元に目を向けながら、耕助はゆっくりと歩みを進めた。




