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Six Cats And A Prince

タイトルはスイングジャズのテナーサックスの巨人、レスターヤングの名曲からです。

耕助と樹里の周辺にいる人たちの1日を追っています。


もう師走ですね。


 最近、お友だちのファッションが気になる。

 前から、オシャレだなと思っていたけど、きょうは真っ赤なチェックのミニスカートにセーターとおじさんが着るようなかんじのカッコイイジャケット、そしてダッフルコートを着ていた。

 「リーさん、きょうは大人だね。」

 「へへへ。」

 「買ってもらったの?」

 「おねだりしちゃった。」

 「それで買ってくれるんだから、コースケさんはやさしいね。」

 「へへへ。」

 うれしそうにほっぺが真っ赤になるあたりはかわいいなぁって思う。教室に入るとあゆみちゃんがたもわたしたちのところにやってきた。

 「おはよー。リーさんは今日もおしゃれだね。で、で、で、ねぇ、聞いた? 梨田さんのお姉ちゃんがスカウトにあったんだって。」

 きゃーって声が上がった。

 「そんなこと、本当にあるんだね。」

 「アイドルかなぁ?」

 「ん。すごいね。」

 「リーさんは興味ないの?」

 ランドセルから教科書を出して、机の引き出しにしまっていたリーさんはうなずいていた。

 「リーさんもきっとスカウトにあうと思うよ。」

 リーさんは首をカタンと横にたおした。

 「こわいんだよ?」

 「そうなの?」

 「そんなこと言って、どっかに売られちゃうかもって、お母さんが昔言っていた。」

 「どっかってどこ?」

 「ん〜とねぇ。きっと、たぶん、こわいところ。」

 「それはいやだね。」

 めずらしく三つ編みにしたリーさんの髪が頭が動くといっしょにゆれた。

 リーさんは大人っぽいし、キレイだし、色が白いし、目がぱっちりしているし、きっと人気がでると思うんだけどなぁ。

 「なにいってんだよ!? こんなデカ女、アイドルなんてなれるわけないだろ!」

 わたしたちの後ろにいた男の子があきれたように大きな声を出した。中西くん、もろばれなんだけどなぁ。そんなちょっかいを出すから、リーさんにけとばされるんだよねぇ。

 でも、リーさんは中西くんのことなんか、完全にムシしていた。

 で、リーさんは教科書と黒板の横の大きな時間割を何度もみくらべた。

 「あ〜っ!?」

 「どうしたの? リーさん。」

 「ん。時間割、明日のだった。」

 とほほって顔をしたリーさんはとなりの席のさくらちゃんの机に自分の机をよせた。

 リーさん、ときおり、こんな変なことをする人だったよね。

きれいなのにちょっと残念なところもある女の子ってずるいなぁって思う。


永倉は出勤するとすぐに端末を立ち上げて、チームで共有しているページを開き、各人のスケジュールをチェックした。

「今日は、南雲さんは午前中外回りで納品した機材のチェック。水無は一日中見積もりと会議資料制作。土方さんはそのチェックと諸々の会議か。」

「おはよう。」

「おはようございます。」

土方が出勤してきた。今日はルーチンのスーツを着ていたことに安心すると永倉はコーヒーを啜った。すぐに彼がやってくると思いきや、何事かを受付の佐藤さんと話している。彼女も真剣な顔をしてうなずいている。何やらお客でもくるのだろうかと永倉が首をひねっているとやっと土方が自分のデスクにやってきた。

「おっ、今日も早いな。」

「おはようございます。今日はお客さんでもくるんですか?」

「ああ、佐藤さんか? いや、別に。違う要件でな。」

「そうですか。 ぼくは谷崎さんがやってくるのかもしれないと思いましたよ。」

「そんなわけはないだろう? あの人だって自分で店をしているんだからな。」

そういやそうだったなと永倉は思い直した。

徐々にスタッフが揃い、業務時間になった。

「いってきます。」

「いってらっしゃい。」

永倉たちは南雲を見送った。

 「おねがいします。」

自分の眼の前で黙々と仕事をこなしている土方に水無が声をかけた。

「ああ、できたか?」

「はい。おねがいします。」

水無さんは文書系の仕事が苦手で人よりも時間がかかる。人付き合いも不器用だし、なんで営業をしているのか、不思議な後輩だ。

耕助は共有ファイル内の文書を開き、文字色を赤に変えたり、かっこでくくり疑問点を追記するなど添削を行い、水無さんに声をかけた。

「水無。おおむね良いけど、もう少し練り直してくれ。何もわからない人に伝えるのだと思って、普通の言葉を意識して書くんだ。」

「は、はい。」

みるからに顔が暗くなった彼女だったが、永倉にすれば耕助は贔屓をしているのではないかと疑うほど、彼女に優しい。

「まあ、お気に入りなのはわかるんだけど。」

「なんかいったか?」

「いえ別に。それよりそろそろお昼ですけど、今日はどこに行きますか?」

「ああ、そうだな。いいところあるか?」

 「そうですね。いつも、ガッツリ系なので、たまにはあっさりで行きましょうか?」

 「お前に任せるわ。俺は探すのが苦手だからな。」

 「わかりました。」

 「そうだ。水無も行くか?」

 モニターを見つめていた彼女が驚いたようにこちらを見つめた。

 「あ、あの、私、お弁当を持ってきてるので…」

 「そうか、残念。」

 「たまには男同士でいいじゃないですか?」

 「大体、俺はお前とだけしか、昼飯を食ってねぇよ。」

 「そうでしたか?」

 「まあ、いいや。」

 ニヤリと笑みを浮かべた耕助は任せたともう一度言った。

 永倉は近くの鴨そばの店に決めた。


 実家でゴロンと横になりながら、テレビで写っているお昼の天気予報を見るともなしに眺めている朝子は札幌が積雪二十㎝を超えたことに驚いていた。

 「樹里ちゃん、大丈夫かねぇ。」

 「気になるけんか?」

 「ん〜? そうやね。」

 「正月はどげんすると?」

 「大吉さんもおらんのに、行っても迷惑じゃなかと思うんやけどなぁ?」

 「耕助さんが樹里ちゃんにぴしぃっと着つけられるっち、思おとると?」

 「うっ… かあさんは私があっちに行ったらよかと思おとるんか?」

 「お前の好きにすればよか。」

 「かあさんは大雑把すぎ。」

 朝子はのっそりと起き、髪を手漉しながら、二階の階段を上った。

 使われていない弟の部屋に耕助の家に持って行くことができなかった樹里の荷物が置いてあった。衣装ケースには樹里が着ることができる晴れ着が入れられていた。

 「これにしようかな?」

 朝子は梅の小紋柄の振袖に博多帯を合わせてみた。樹里の大人びた表情の中に潜む子供っぽい笑顔を思い浮かべ、頷いた。

 彼女は文庫紙に振袖と帯を入れてしっかりと紐を結び直した。そして自分の部屋に戻り、スマートフォンで飛行機の予約状況を確認しはじめた。

 「どげんしようかいな?」

 嬉しそうに朝子は画面を覗き込んだ。


 夕方になり、人通りの乏しくなった狸小路のはずれにある兎庵から人が出てきた。

 大きなため息が漏れ、由貴はのれんを手に取った。

 きのうは遅くまで父親に帳簿のチェックを受け、いろいろと叱責をもらった。あげくにお菓子はうまいが、経営には向いていないとまで言われた。

 「由貴は料理もいけとるし、はよ嫁に行け。それがええ。」

 「おとんは気が早いおす。商売はそんなすぐに信頼が得られるもんとはおまへんのとちゃいますか?」 

 「そんなこと言いながら、由貴はここで何年商売をしとりますのんや? わたしは三年は石に齧りつけ言いましたけど、今年で三年目とちゃうか? それでこの結果はどうなんや?」

 場所が悪い、土地に馴染みがない、洋菓子が強い土地で…

 由貴の頭の中で今さらになって言い訳が浮かんできた。

 でも、言い訳は、言い訳なんとちゃいますか? ただ、単に実家とそのまわりのわずらわしさに逃げたかったんとちゃいますか?

 自分の中の誰かが由貴を責め立てる。

 駆け込むように店に飛び込み、鍵を閉める。

 眼鏡のレンズが歪んだ。

 「ちゃう。ちゃうもん。」

 深いため息が漏れた。

 地元の商工会議所や商店街にも入った。でもなんとなく、壁があった。自分が作り出したものだとわかっているけど、年配の男の人が多い中で気後れしてしまった。

 はじめてほっこりとした話ができたのは、耕助さんだけやったっけ。

 厚みのある胸板と細いウエスト、その上にあるやわらかい笑顔の顔を思い浮かべると胸が苦しくなる。

 初めて札幌の土地でできた友達に今すぐ会いたい。


 「ただいま。」

 下校後、そのまま塾で勉強を済ませたゆりかは帰宅すると、母親の華が顔を出した。

 「おかえり。」

 ロングのダウンコートを玄関のコートハンガーにかけてちゃんと手洗いとうがいをしたゆりかはリビングのソファでぐでぇと息を抜いた。いつものように娘が疲れた顔つきをしていないで、こちらを見ていることに気を引き締めた。

 「樹里ちゃんがね。さいきん、アイビーにはまってるんだって。」

 「アイビーってなに?」

 「ん〜? ファッションでねぇ、チェックのスカートとか、リボンとか、ジャケットとか?」 

 「ああ、トラッドね。」

 階下に住んでいるゆりかの友達の叔父を思い出した。

 朝のゴミ出しや夜に買い物の帰りに玄関ですれ違う時の彼の姿を思い起こした。

 独身であることを差し引いても自分の夫よりもおしゃれだ。

 荷物を持っている時には必ず扉を開けて待ってくれていて、エレベーターの階のボタンも押してくれる。

 優しいけど、どこか隙がなく、別に私がいなくても一人で大丈夫じゃんって思えるような人で、きっともてないだろうな。

 っと、ずれちゃった。

 樹里ちゃんはうちのゆりとは違って身長が高いし、大人っぽくておとなしい雰囲気だからトラディショナルなファッションは似合うと思う。

 ただ、ん〜? 土方さんはちょっと子供を甘やかしているのかな?

 両親が亡くなって、会ったこともないかわいらしい姪を引き取ったのだから、いろいろとあるのかもしれない。ゆりから聞いたら、九州から来たらしいから、冬服なんかはないと思うしね。

 わたしも余裕があったら、ゆりをすごい可愛くしたいもんね。

 女の子はかわいらしくてなんぼだもんね。

 女子力上等よね。

 「ゆりもおそろにしたい?」

 「ん〜? でも、わたしはあんな服を着てもちょっと似合わないかも。」

 「ゆりはもうちょっとかわいい方が似合うわよ。」

 「わたしもそう思う。」

 オーブンレンジがチンという音を鳴らした。

 今日のメインのカボチャグラタンができた。

 どうせ、夫は今日も外で食べてくるから、わたしとゆりの好みのご飯にしてしまった。

 毎晩、家でご飯を食べる夫もめんどくさいよね。

 あの二人はどんなものを食べているんだろう? ちょっと気になるかも。


 仕事が終わった後、お付き合いということでコンパに行くことになっちゃった。

 他のチームの先輩に連れられてゆくと、男女同数で、テーブルを挟んでって、もしかして、これが、あの、合コンっていうやつですか?

 自己紹介が始まって、玉川さんのチームの男性もいた。ほっとした。

 なぜなら、今月はじめに出張に行った時に一緒にいた人達の一人だったからだ。

 席かえが始まって、彼が隣に来てくれた。別に意識したことはなかったけど、すごく安心した。 

 気がつくと二次会も一緒に行き、連絡先も交換した。

 日をまたがないうちにアパートに戻り、シャワーを浴びてパジャマ代わりに来ている中学校の時のジャージに着替えていると彼からメールが来ていた。

 返信して、ベッドに潜り込んだ。

 電子音が響き、目を開けるともう次の日の朝になっていた。カーテンをひかないでそのままの窓は冬の青空と低い位置にある太陽の鋭い光を通していた。

 「うぅ……、もう朝なんだ。」

 「…………」

 頰に暖かい筋が通った。いくつもいくつも熱い水滴がこぼれた。

 「行きたくないよぉ。行きたくないよぉ。」

 仕事が嫌いなわけじゃない。ニートになりたいわけじゃない。でも仕事ができない自分が嫌だ。黙ってフォローをしてくれる土方さんに申し訳なさすぎて、会わせる顔がない。いつも叱られて、諭されるのが嫌だ。

 土方さんは優しいし紳士だ。だけど、このままじゃ嫌いになりそうだ。

 自分が悪いことはわかっているのに、あの人に追いつけないどころか、どんどん差が開いてくる。

 小学生の頃のように大きな声で大泣きをして、腫れた大きな目を冷やしながら、焼いた食パンをかじった。


 「あぁ〜、仕事に行きたくねぇ…」

 「あなたって、ときどきそうだよね。」

 あきれたように耕助にコーヒーを差し出す樹里は自分にも耕助のためにおとしたコーヒーをマグカップに注ぎ、冷蔵庫から出した牛乳をたっぷりと混ぜた。

 「今日はどうしたの?」

 「天気がいいしさ。たまには樹里とどっかに行って写真を撮りたい。」

 「……」

 ほおがバラ色に染まった樹里は耕助のすねを蹴った。

 「そんなことを言っても休ませませんからね!」

 「ちぇ〜。」

 怠けたい気持ちは本当だ。父親が入院するとそれまでの精神的緊張と疲労が表に出る。今年は樹里もいるので、さらに心の疲れを感じている。その分、喜びも彼女から受けているのだが、疲れだけが澱のように体に蓄積されてしまうのも事実だ。

 例えば、この場に水無がいるとしよう。

 きっと彼女はたどたどしく、耕助の味方をしてくれるに違いない。

 そんな妄想する自分に対して軽い気持ちの悪さを感じつつ、向かいに座った樹里の笑顔を眺めながらコーヒーを味わった。


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