人にやさしく
タイトルはブルーハーツから。
この回はすごく短いです。
最後の行を書いて、ここで終わった方がいいかなと思えてしまいました。蛇足のような気がして。
このお話はまだ続きます。
今月は続きを書くのが難しいかも…
父親のケアマネージャーにわざわざ職場に来てもらい、話し合いを終えた耕助はお気に入りの一九六九年製のキングセイコーの時計の針が十二時四十五分を過ぎていることを確認した。
諦めて同じフロアにあるベンダーコーナーでコーンポタージュの缶を二本買って胃袋に流し込んだ。
同じ頃、樹里は給食を食べ終えて、体育館でクラスが決めた十周のランニングをはじめていた。友達のゆりかと並んでゆっくりと走っていたが、ゆりかの方はすでに息が上がっていた。
「ゆりかちゃん、運動不足?」
「はぁはぁ…うん。最近、勉強、ばっかり、だから。」
「がんばろ?」
「う、うん…りーさん、は、元気、だね。」
「ゆりかちゃんよりからだが大きいからね。」
「それ、かんけい、ない、と、おも、う…」
「そっかなぁ?」
「そ、そう…」
ゆりかはもう、声を出すような余裕がなくなっていた。
「ただいま。」
「おっっかえり〜!!」
夕方、耕助が仕事帰りに児童館を訪れると樹里が元気よく駆け寄ってきた。
「…なんか、あったの? あなた。」
「いや、別に、帰るぞ。」
「…ん…」
二人は児童館の指導員のお姉さんに別れを告げて表に出た。
雪が二人の顔に当たる。痛くて冷たい感覚に、樹里は目を閉じた。耕助は彼女の顔の前に自分のカバンを持って行き、雪から顔を守った。
「…ありがとう。」
「ああ。」
「傘をささないの?」
「…ああ、道産子ってな、あまり傘をささないんだよ。降る雪はほとんど粉雪だし、降り落とせば落ちるからな。傘をさすなんて、あんまり考えないんだ。」
「…ところ変われば、なんとかも変わるってこと?」
「所変われば品変わるだろ? それって、あっているのか?」
「ん〜、わかんない。」
「適当だなぁ。」
「で?」
「…あぁ」
ため息交じりで耕助が応えた。顔を上げると町あかりに浮かんだ雪雲が強風の勢いに流されていた。
「うちのじいさんが、冬になると病院に行くのは知っているよな。」
「…ん。」
「俺も夏のように時間通りに戻ってくることができないし、冬はどうしても動くことが少なくなる。だから、リハビリを兼ねて入院するんだ。」
「…そうなんだ。」
「じいさんは毎年嫌がるんだけど、行っている間にリハビリは毎日するし、自主トレもするから、帰ってくると少し絞られてくるんだ。」
「ん。」
樹里は白い息を吐いた。風が緩み、雪の勢いが落ちた。耕助は鞄をおろした。樹里はその手を握りしめた。
「今年は…再来週に行くことになる。」
「…早い?」
「いや。…いつも通りだ。お前が、気にすることはない。」
「ん。」
樹里は冷たい風が顔にあたり、耕助の横腹に顔を埋めた。耕助は彼女の頭を抱き、しばらく立ち止まった。
「今年は樹里がいる。…俺はこの冬は一人じゃない。」
「ん。」
「…ありがとう。」
「んん。」
樹里は耕助のコートの顔をすりつけるように首を横に振った。
風がやんだ。星がまたたいた。そして、夜の底が雪の反射光できらめいた。




