サテンドール
この時期の札幌は徐々にクリスマスの色に染まって行きます。
ホワイトクリスマスを楽しみにしている樹里はテンションが上がります。
樹里のお母さんは惚れっぽい人です。小さなお店をしながら樹里を育てていました。
耕助は生前に本人から聞いています。そこの店で耕助の兄と出会ったのか、そこまではわからないです。
雪が降ったり、降らなかったり。
寒さだけが進む北の冬は十一月の下旬を迎えて、いよいよ朝と昼の気温差が大きくなってきた。木の葉は落ちつくし、枯れ枝が北風に吹かれて寒々しい音を奏でている。
樹里は不承不承、スカートからパンツへと変えた。耕助にはなぜそこまでスカートにこだわるのか理解できなかったが、樹里にすればかわいいは絶対条件であり、最終防衛線でもあった。
妙なところで血縁を感じる二人であったが、季節には勝てなかった。
耕助は再度、樹里とともに彼女が納得する冬服を選びに行き、結局このあいだの店でコーディロイのハーフパンツと厚地のタイツの数枚、行ったこともないデパートで昔はパンクなファッションだったのに、今ではコンサバティブなハイブランドのテナントでワンピースとパンツを数枚買わされた。
たくさんの紙袋を持たされた耕助は肩を揺さぶった。
「ああ〜もう、別にかわいいからいいけどな!!」
「あなたも、私がかわいいと癒されるでしょ?」
「お前からそう言われると無性に腹がたつ。かわいい分だけ、余計にな!!」
「ん、ふふふぅ〜。」
自慢げにポーズを取るが、何のアピールにもなっていない。ただただ、かわいさだけが何かの目盛りを振り切れていた。
「そういえば、博多の娘はおしゃれだって言ってたな。」
「お母さんも着物をたくさん持っていたよ。」
「ああ、朝子さんからも聞いたよ。仕事柄だろ?」
「ん〜? そうだけど、やっぱり服は好きだったよ。」
「そうか。ともかく、俺は休みたい。どっかでお茶でもするぞ。」
「ん。」
耕助は少し離れたところにある札幌の老舗お菓子屋さんに入った。そこのカフェテラスのテーブル席に樹里を座らせて、耕助は昔ながらのお菓子とコーヒー、樹里には紅茶を頼んだ。
木枯らしが吹き、外国の観光客が身を震わせながら歩いているのを横目に樹里は甘いせんべいをついばんでいた。
「そういえば、朝子お母さんのお家に子どもの写真が飾っていたよ。」
「…そ、そうか。」
「ねぇ。もしね、私がペットが欲しいって言ったら、あなたは困るのかな?」
「…ああ、マンションを飼う時に、ペットは一代限りって言われたんだ。かあさんはシロのことをすごく気に入っていたから、その約束をのんでシロを招いたんだ。あれから、もう、三年は経つな。一応、管理組合の理事長に聞かなくちゃいけないけど、多分無理だろうな。」
「そうなんだ。決まりごとなら、仕方がないね。」
「ああ、…話は違うけど、樹里は朝子さんの事を朝子お母さんって、呼んでいるんだな。」
「…ん。」
樹里は首をすくめて、次に素朴な風合いのパイで包まれたお菓子を口に運んだ。
「別に気にすることないぞ。朝子さんは樹里のことを可愛いって気に入っていたからな。」
「朝子お母さんって、すごく優しかったよ。ご飯もおいしかったし。」
「俺よりか?」
「比べられないよ。でも、絶対、お母さんよりおいしかった。」
「樹里のお母さんって、そんなにアレだったのか?』
「ん〜。いそがしかったから。お店もあったけど。それから時々、お前のおとおさんができるよって。でも、全部だめだったみたい。おとおさん、すっごいいい男だって。泣いていたもん。」
「……」
耕助は人目にかかわらず、頭を抱えた。
「私は、しょうじき、どうかなって思う。」
「お前のほうが正しいよ。きっとな。」
二人はそのまま、大通り公園に向かった。
この季節は姉妹都市であるミュンヘンのアドヴェント−待降節−のクリスマス市を模したイベントが行われている。幾つもの露天に世界各国のクリスマスの小物やちょっとした食べ物のお店が並んでいた。
樹里の頬が赤らみ、あちらこちらの露天を冷やかしながら、可愛いものを見るごとにテンションが上がっていた。
「クリスマスツリー、あったかな?」
「えぇ〜? じゃあ、買おうよ。」
「そうだなぁ。でも、また今度な。今日はもうこれ以上の荷物は持てないぞ。」
「そうかも…でも、大きいのにしてね。」
白い息とともに樹里は耕助におねだりした。
「ああ」と耕助はうなずいて、樹里を市営の地下駐車場へと促した。
真紅の自動車に乗った二人は車のヒーターからくる暖かさに身が解けてゆく。車内にはコルトレーンのマイフェヴァリットシングスが流れていた。
中央分離帯の白樺の黄色の落ち葉が風に吹かれ、車道を舞う中を耕助はゆっくりと走らせていた。
「晩ごはんはなに?」
「酢豚にするかな?」
「いいね。でも、あんまりすっぱくしないでね。」
「わかったよ。」
「あっ! また雪が降ってきたよ!!」
大きく湿ったボタン雪がフロントウィンドウに触れると同時に水となって消えた。道の向こうの山並みから白い雪雲が降りてきた。
「積もるかな?」
「ああ、積もりそうだな。」
耕助は頷いて見せた。




