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Smile

 街はハロウィンですごいみたいですね。


 ちょっとだけ、時節ネタをしてみました。


 もう冬の準備も終え、秋の最後のお祭りさわぎで樹里たちもちょっとだけ浮ついた気持ちになっているようです。


 十月三十一日、午後六時は夕焼けがまだ街を染めているような刻限であるが、冬ともなれば北に行くほど日が落ちるのは早い。耕助が樹里を迎えに児童館に到着する頃には、もうとっぷりと日も暮れて街灯が明るく感じるほどだった。

 大きな帽子と黒いマントを身にまとった職員に挨拶をした二人が外に出ると、白い息が出た。

 樹里は厚着をした上にニットケープを羽織っていたが、寒そうだった。

 「明日にはコートの洗濯が出来上がるそうだから、来週には着て行くことができるぞ。」

 「ん。これ、かわいくって好きだけど、やっぱり寒いよ。」

 「ああ、だけど、この間のようなことはもう勘弁しろよな。」

 「…ごめんなさい。」

 「まあ、いいさ。それくらいの方が後々、安心だ。」

 「のちのちって?…くしゃん!」

 「こっちの話だ。きにするな。」

 耕助はツィードのコートのボタンを開き、樹里を中に入れた。樹里は慌てて出ようとしたが、耕助はがっしりと樹里の肩を抱いて抑え込んだ。スーツ越しにもふわふわとしたニットケープの温かみが伝わってきた。

 「うっ、うち、もう子供じゃないもん!! こんなことするの子供だけだよ!!」

 「こんなことに恥ずかしがって、風邪をひいちまうようなやつを子供っていうんだ。あったかいだろ?」

 ジタバタすることをやめた樹里のほおと鼻先は真っ赤だった。頭のずっと上の耕助の横顔を見つめた。耕助は樹里に目も向けず、暗い夜道を白い息を吐きながら歩いていた。

 「もう…」

 諦めたように樹里がため息をこぼすと、耕助はそこで樹里に目を向けて、大きな笑みを見せた。 

 「汗が出てきた。」

 「よかったな。」

 「知らない。」


 家に帰るなり、祖父が珍しく樹里に声をかけた。

 「おい。」

 「なに? おぢいちゃ…ん!? きゃ!?」

 振り向いた樹里の前にはオレンジ色の色紙を切って作ったジャックオランタンの仮面をかぶった祖父がいた。

 「じいさん、デイサービスで作ってきたのか?」

 「もらった。」

 樹里はしてやったりといった表情の祖父に笑顔を見せた。

 耕助は紙袋から紙箱を出し、冷蔵庫にしまい、夕食の準備をはじめた。といっても、洋食を苦手にしているため、祖父には配食サービスのお弁当とともに、樹里と自分には買ってきたパンプキンサラダとポットシチュー、そして白身魚のフライを順に電子レンジで温めて出した。

 「今日は、パーテイーっぽいけど、手抜きよね。」

 「樹里、そんな身も蓋もないこというなよ。これでも一応考えてきたんだから。」

 「フヘ、ごめんね。」

 すぐに謝ったが、顔が謝っていないことを物語っていた。耕助はムッとした表情を作った。

 「じゃあ、この後のケーキはいらないんだな。」

 「あ〜っ!! いぢわる!? ダメなんだよ!!」

 「どっちがだよ。」

 「お前だ。」

 「じいさんにはちゃんとやるよ!?」

 

 「いつの間にこんなには流行っちまったんだろうな?」

 「わかんない。気がついた時には当たり前だった。」 

 「まあ、そうだよな。」

 夕食後、当たり前のように樹里は彼の寝室で勝手にテレビのニュースを見ていた。

 耕助は浴室でパジャマに着替えて部屋に戻ると、先に風呂をすませ、真っ赤なパジャマにニットのカーディガンを羽織った樹里は東京のハロウィンパーティーの様子を見ていた。

 ベッドに横になっていた樹里を起こして、となりに腰掛けると樹里は耕助の背中に寄りかかり本を読みはじめた。最近は小学生向けの文庫に凝っているらしい。

 祖父は夕食を食べ終えて、薬を飲むとすぐに寝てしまうので、二人ともリビングにはいられない。耕助も見られて困るようなものは樹里にはわからないようにしまっているため、勝手に入ることは気にしていないが、樹里が勉強をしている様子が見えないことはとても気になっていた。 

 「それより宿題は終わっているのか?」

 「うん。がくどうで済ませた。」

 「前の学校の勉強が先に進んでいたって、そろそろ追いついてくる頃だろ?」

 「うん。でも予習はしていたから。」

 「そうなのか? あんまり、口うるさくは言いたくないけど、お前、俺には勉強しているところを見せないだろ?」

 心配そうな耕助の声に軽く笑みを浮かべて、樹里が彼の前に回ってきた。

 「だって、おとなの人にきいても勉強、わからないでしょ?」

 「はぁ? なんだそりゃ?」

 「お母さんがまえに言ってた。おとなはずっとむかしに小学校を卒業したから、忘れちゃっているからきいちゃダメって。」

 耕助は片手の指も余る程度でしか会ったことのない樹里の母親の顔を思い出そうとした。確かに樹里に似ていたが、そんなに頭があれなのか…いや、なんか…むむ?

 「それに、あなたといっしょにいるのに勉強しているなんて、もったいないもん。」

 「…………………」

 こいつ、素で小悪魔だな。

 琥珀色の瞳を真っ直ぐに向けて照れもせず耕助に言い放った言葉は心臓を貫いた。

 あと、五年もすれば騙される奴が続出だな。

 「……おまえ、あんまりそんなことを他の男に言うなよ。」

 「…あなただけだよ?」

 「わかってねぇだろ?」

 大きな背中に寄りかかっていた樹里は膝の上に寝そべり、不思議そうに耕助の顔を見上げていた。


 「スキー学習?」

 「あれ? 土方さんはしませんでしたか?」

 無事、展示会を終えて週に一度のランチミーティングでなぜだか樹里の話題になってしまい、永倉の言葉に考え込んだ耕助をよそに北海道出身の社員たちがうなずいていた。

 「北海道って、すごいね。」

 「これが苫小牧とか、道東になるとスケート授業になるんですよ。」

 「そりゃ、ウィンタースポーツが強いわけですね。」

 「で、思い出しましたか?」

 「ああ、そういや、あったな。」

 「けっこう準備が大変ですよ。」

 「…だろうな。いや〜、今月はキツイな。博多に住んでいたから、冬の準備なんて全然ないも同然だったからな。」

 「ガンバってください。」

 水無の励ましに耕助は深いため息で答えた。

 「そんなに厳しいんですか?」

 「スキーはレンタルでもよかったと思いますけど。」

 「いや、買うのは別にいいよ。…それより俺、スキーが全然ダメなんだわ。」

 「土方さん、スポーツが苦手なんですか?」

 「人並みだよ。高校時代はラグビー部に入っていたけど。」

 「かっこいいですね。土方さんって、背も大きいから何かスポーツをしていたんだろうと思ってましたけど、ラグビーをされていたんですね。だから、スーツがよく似合うわけですね。」

 「別に、強くもなんともない学校だから、遊んでいたようなものだったけどな。そうか、樹里は滑ったこともないはずだろうな…」

 「が、ガンバってください。」

 「水無さん、頑張ればっかり言っても、土方さんが困るだろう?」

 「いや、ありがとうな。なんとかするさ。」

 耕助は胸の高鳴りを抑えつつ、水無に微笑んだ。

 帰宅後、樹里が引くぐらいに耕助は機嫌がよかったが、理由はわからずじまいだった。


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