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ウーパールーパーとエリマキトカゲは今でも元気にしてますか?  作者: 沙φ亜竜
第2章 俺たちの部活、珍生物部発足!
6/16

-3-

「エビちゃん先生、大変ですっ! ツチノコが……じゃなくて、土屋くんがケガをして倒れてますっ! すぐ来てくださいっ!」


 放課後、生物準備室前の廊下に騒がしい声が響く。

 クリオネが準備室のドアをノック、カギの開く音がしたあと、出てきたエビちゃん先生に向かって慌てた口調で訴えかけたのだ。


「ええっ!? わかりました! すぐ行きます!」


 対するエビちゃん先生は素早く反応。

 生物準備室にカギをかけると、クリオネに続いて大急ぎで廊下を走っていった。

 その様子を、俺とうるる、エリカの三人は、階段の陰に隠れてうかがっていた。


 ツチノコがケガをした。

 そんなの、もちろん嘘っぱちだ。

 すぐにバレないように、ツチノコにはここから少し離れた人通りの少ない場所でケガをしたフリをしてもらっている。

 だとしても、時間的余裕はない。


 生徒思いのエビちゃん先生だから、自分のクラスの生徒がケガをしていると聞いて飛び出していったが。

 実際のところ、状況的に担任を呼ぶ必要性なんてない。

 保健室に連れていく、動かせないようなら養護教諭を呼ぶ、それでも対処できない事態だったら救急車を呼ぶ。

 それが普通の対応となるはずだ。


 よくよく考えれば、いかに鈍いエビちゃん先生といえど、その違和感に気づいてしまうことだろう。

 ケガをしたこと自体が嘘だから、どうしてそんなことをしたの? とクリオネたちが問い質される時間はあるかもしれないが、じきに戻ってくるのは確実と言える。


 俺は階段の陰から離れ、迅速な動作で生物準備室のドアの前へと移動した。

 しかし、気がかりなことがある。

 思ったとおり、スライド式のドアを横に引いても、開いてくれる気配はなかった。


「やっぱり、カギがかかってるな……」


 これでは生物準備室に入れない。

 少し考え、生物部の部室となっている生物室ならば、カギはかかっていないはずだと気づく。

 すでに来ていた数人の生物部員から視線を向けられる中、「ちょっと失礼します」とだけ断って生物室に入ってみた。

 生物準備室には、廊下へと出るドアの他に生物室へと通じるドアもある。そちら側ならカギが開いているのではないかと考えたのだが。

 残念ながら、生物室側のドアにもしっかりとカギがかけられていた。


「お騒がせしました」


 頭を下げ、生物室から出る。

 再び生物準備室前の廊下へと戻った俺たち三人。

 カギのかかったドアを見つめながら考える。

 どうしてエビちゃん先生は、急いでいたはずなのにわざわざカギをかけたのだろうか?


 それ以前に、さっきクリオネがノックしたあと、エビちゃん先生はカギを開けて出てきた。

 生物準備室の中にいる状態で、なぜカギをかけていたのだろうか?

 しかも廊下側だけでなく、自らが顧問をしている生物部の部室である生物室側のドアにまで……。


 廊下のほうへと戻りながら考えを巡らせてみるものの、答えは導き出せなかった。


「そんなの、入ってみればわかるわよ」


 エリカが淡々と言ってのける。


「でも、カギがかかってたら入れないだろ?」

「カギなんて、有って無きがごとしよ」


 言って、エリカがドアを横に引く。

 すると、ドアは難なく開いた。


「エ……エリカ、どうやったんだ!?」

「え? 力任せに引いただけよ?」


 どれだけ怪力なんだ、お前は!

 といったツッコミは心の中だけに留めておいた。

 エリカが凄まじい怪力の持ち主だとすれば、余計なことを言ってどつかれた場合の被害も尋常ではないと推測できるからだ。

 この際、カギの件は無視しておくべきだろう。


 力任せに引っ張って開けたのなら、カギが壊れてしまった可能性も充分に考えられるが……。

 今は時間がない。先生への謝罪については後回しだ。

 颯爽と生物準備室に足を踏み入れるエリカを追いかけ、俺とうるるも覚悟を決めて侵入を開始した。



 ☆☆☆☆☆



 生物準備室には、生物特有の奇妙なニオイが充満していた。

 様々な種類の動物をケージなどに入れて飼育している関係で、ニオイも混ざっているらしい。

 普通に考えれば不快なニオイなのかもしれないが、俺としてはそれほど気にならなかった。


 家でも珍生物を飼っている、といった理由からではない。

 そもそも俺は珍生物についての知識を得ることに喜びを感じているが、飼おうとまでは思っていない。

 小学校時代のうるるとエリカの件がトラウマになっているのか、やがては別れが訪れるのを怖れ、珍生物に限らず、動物を飼うこと自体に抵抗感を覚えている。

 それに、うちのお母さんはかなりの綺麗好きだから、動物を飼いたいなんて言っても許してもらえるとは思えない。


 おっと……思考が逸れた。

 そんなことより、今は生物準備室の確認をしないと。


 エリカの妙案というのは、クリオネとツチノコが先生をおびき出しているあいだに、この生物準備室の中を、いわば家捜しすることだった。

 エビちゃん先生はなにか隠している。

 そして、なにやらトカゲとは違った爬虫類のニオイが感じられる。

 そのニオイのもとをほぼ確信しているエリカは、それを使えばエビちゃん先生に顧問を引き受けさせることができる、と語っていた。


 なんというか、明らかな脅迫行為になってしまうのでは?

 とは思ったものの、背に腹は代えられない。ここはエリカの妙案に賭けてみるしかない。

 はたして、そこには一匹の爬虫類がいた。エリカの言ったとおりだ。

 ただ、それは俺の想像を超えるサイズだった。


「これって……」

「ええ、イグアナよ」


 イグアナ。正確には、グリーンイグアナ。

 日本では流通量も多く、ペットショップなどで簡単に手に入る。

 ところが、いざ育てるとなると非常に困難な動物でもある。

 デリケートですぐに死んでしまう、というわけではない。問題となるのはその大きさだ。


 子供のイグアナは手のひらに乗る程度で可愛らしいのだが、大人になると、場合によっては尻尾まで含めて百八十センチほどに成長する。

 見たところ、ここにいるのはそこまで大きくないため、水槽に入れて飼育されている状態のようだが、それでも若干窮屈そうに思える。

 今後も飼育し続けるのであれば、準備室の一角を囲うなどして、イグアナ用の居住区域を作る必要がありそうだ。


「イグアナまで飼ってたのか。でも、これでどうやってエビちゃん先生を脅すんだ?」

「脅すなんて人聞きが悪いわね。交換条件を持ちかけて交渉するだけよ」


 と言われても意味がわからない。


「ダイナって、意外と理解力に乏しいのね」


 エリカがため息まじりにそんな言葉をぶつけてくる。

 若干ムッとしてしまったが、その気持ちを押し殺し、詳しく説明してもらった。


 エビちゃん先生は生物教師。様々な生物を準備室で飼育することは、学校側からも認められている。それは間違いない。

 といっても、比較的飼いやすい小さな生物や虫などに限られているのが実情だ。

 イグアナは子供の頃は小さくとも、成長すれば大きくなるのは、先ほども述べたとおり。

 この生物準備室の面積や設備から考えて、明らかに許容範囲を超えている。


「つまり、エビちゃん先生はこのイグアナを、無許可で勝手に飼育しているのよ」

「無許可なの~! 規則違反なの~! いけない先生なの~!」

「なるほど。バラされたくなかったら、珍生物部の顧問になれ、って脅すわけか」

「だから、脅すとか言わないでよ。あくまでも、お願いだから」


 エリカは不満そうに反論してきたが、脅し以外のなにものでもないだろう。

 まぁ、この際、大事の前の小事には目をつぶることにしよう。


「ちょっと、あなたたち! ここでなにをしてるんですか!?」


 エビちゃん先生がクリオネとツチノコを引き連れて戻ってきたのは、ちょうどこんなタイミングだった。



 ☆☆☆☆☆



 ドアを閉め切った生物準備室で、俺たちは小声でエビちゃん先生を問い詰めた。

 小声なのは、隣の生物室には生物部員たちがいるからだ。

 さっき、俺とエリカはともかく、うるるは結構大きな声で喋っていた気もするが……。

 そのあたりは、聞こえていなかったことを祈るしかない。


「ええ、そうです。先生は無断でイグアナを飼育しています」


 エビちゃん先生は、実物を見られて観念したのか、素直に白状してくれた。


「教材としてとかなら、学校側にも認めてもらえるんじゃないですか?」

「でも、この子は先生のペットなんですよ。飼い始めてから気づいたんですが、うちはペット不可のアパートで……。トカゲくらいのサイズなら問題ないとしても、この大きさになるとさすがにね。個人的なペットですから、学校で飼育するのは認めてもらえないでしょうし……」


 それで先生はやむなく、無断で学校に連れてきて、生物準備室で隠れて飼うことに決めた。

 幸い、ここに入ってくるのはほぼ自分ひとりだけ。

 他の小動物なんかも飼育しているため、少しくらい音を立てたとしてもごまかせる。


「この子を連れてきたのは、去年の夏休み明け頃だったかしら。生物部で飼う、という方法も考えて、部員たちに写真を見せたりもしてみたんですけどね」


 イグアナも含めたいくつかの候補を提示して、この中でどれかを実際に飼ってみましょう、と話を持ちかけたのだが。

 結果、生物部全員で飼育することになったのはフェレットだった。

 写真を見せた中でも、イグアナは全会一致で気持ち悪がられた。絶対にありえない、と言う意見まで出ていたらしい。

 そのせいで、生物部の部員たちに相談することすらできなくなってしまったのだとか。


「みんな! このことは内密にしてください! 珍生物部の顧問の話は引き受けますから! ねっ? お願い! このとおりです!」


 両手を合わせて、俺たちに懇願してくるエビちゃん先生。

 いたいけな新米教師をいじめているみたいで、なんだかすごく罪悪感が……。

 それだけではなく、本当にこれでいいのか、という疑問も湧き上がってくる。学校側の許可を得ずにこのサイズの生物を飼うのは、かなり問題があるように思えたからだ。


 イグアナの飼育には、おなかを冷やさないための温度管理に加え、紫外線の含まれたライトなんかも必要で、結構手間も費用もかかる。

 生物の教師だから、エビちゃん先生だってそのあたりはわかった上で飼育しているはずだ。

 とはいえ、学校の電気を無断で借用している状態なのは間違いない。


 このことを黙っている見返りとして、俺たちの珍生物部の顧問になってもらう。

 それはすなわち、俺たちも共犯、ということになってしまうのではないだろうか?

 俺だけならいい。だが、他のみんなまで巻き込むのは、俺の本意ではない。

 なにせ珍生物部の発足は、俺のワガママでしかないのだから。


「ダイナ」


 不意に、エリカが呼びかけてきた。


「ん?」

「安心していいわ」


 俺の気持ちがすべてわかっているかのように、エリカは微笑む。


「エビちゃん先生。珍生物部の顧問になってくれたら、部活動の一環として、イグアナの飼育を学校側に申請するわ。イグアナは珍生物ってわけではないけど、一般的に見たら特殊な生物になると思うから問題ないはずよ」

「棘薪さん!」


 エビちゃん先生の顔が、ぱーっと明るい笑顔に変わる。

 それにしても、先生が相手でも敬語を使わないのか、エリカは。

 ……きっと、うるるもそうだろうな。


「部室も必要みたいだから、この生物準備室を使わせてもらうことが条件になるわね。そうでないと、わたくしたちが飼育するのも不自然になるし」

「ここがエビちゃん先生だけの憩いの場じゃなくなってしまうことになりますけど……。それでよかったら、先生、是非お願いします!」


 エリカの言葉にかぶせるように、俺のほうからも改めて申し出る。


「エビちゃん先生、お願いなの~! あたしたちのお母さんになってほしいの~!」


 うるるもまた、のほほんとしたいつもの口調ながら、俺たちに同調する。

 もっとも、いまいちよくわかっていなさそうではあったが。

 しかも、やっぱり敬語じゃなかったし。


「お……お母さんじゃなくて、顧問ですから! でも、そうですね。こちらこそ、お願いします。先生のペット、是非みんなでかわいがってあげてくださいね!」


 こうして、顧問をゲットした俺たちの珍生物部は、無事に発足を認められることになった。

 生物準備室は、部室として使うには少々手狭ではあるが、贅沢は言っていられないだろう。

 ただ……。


「どうですか? イグアーナちゃん、すっごく可愛いですよね~? キャ~~~ッ! 今、笑ってくれましたよ~!」


 エビちゃん先生、ペットバカすぎます!

 それと、イグアーナちゃんって名前、そのまんますぎです!

 そんなツッコミが口から飛び出していくのは、どうにか押し留めておいた。先生の機嫌を損ねたら、顧問をやめられてしまうかもしれないし。



 ☆☆☆☆☆



 それ以降、放課後は部室である生物準備室に集まるようになった俺たちなのだが。


「あの……ところで、エリカさん」

「なにかしら? メスカタツムリさん」


 問いかけたクリオネに、エリカがいつもながらのツンと澄ました声で答える。


「どうして貝殻を背負わなくちゃならないのよっ!」


 そのツッコミはどうなのか。

 あと、カタツムリもやっぱり雌雄同体だから、メスカタツムリというのはおかしい。

 どうでもいいが、うるるだけじゃなく、エリカまでそんなことを言い出すとは。


「ちゃんとあだ名のクリオネって呼んでよっ! 本名の天使でもいいけどっ!」

「天使……って呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしくない?」

「うっ! 本名ではあっても、確かに恥ずかしいけど……って、そんなことはどうでもいいのっ!」


 とても騒がしいが、こいつらはこいつらなりに、仲よくやっている……はずだ。

 ともかく、クリオネが質問を続ける。


「エリカさん、イグアナとか大丈夫なのっ? 普通の女の子って、大抵は気味悪がると思うんだけどっ」

「へ~、クリオネさん、あなたは自分が普通じゃないって言いたいわけね」

「ち……違うわよっ! 私は中学時代も生物部だったから平気だけど、エリカさんやうるるさんは、無理とかしてないのかな~って、ちょっと心配になっただけなのっ!」

「ふふっ、余計なお世話ね。わたくしは同族みたいなものだし、なにも問題はないわ」


 おい、こら!


「あたしも~、エリカと仲よくなれたくらいだもん、イグアナとだって仲よくなれるの~!」


 うるるまで!


「同族……? なに言ってるの……?」


 クリオネはキョトンとしている。


「ほら! イグアナはトカゲと同族だから! トカゲならべつに、普通の女の子だって怖いとは思わないだろ?」

「えっ? 怖いとは思わなくても、気持ち悪いと思う人はいそうな……。それに、うるるさん、エリカさんと仲よくなれたらイグアナとも仲よくなれるって……」

「えっと、だから! エリカは小学一年生の頃、クラスの劇でトカゲの着ぐるみを着て踊ったことがあるんだよ!」


 口から出まかせで、どうにかごまかそうとする。


「ふえっ? そうなのっ?」


 納得できていなさそうなクリオネ。

 そりゃあ、そうだよな……。


「細かいことなんて、べつに気にしなくてもいいと思うな。イグアナ、僕は好きだよ。クリオネだって、可愛いと思うよね?」

「うん……だねっ。綺麗な黄緑色で、なかなかチャーミングだよねっ!」


 ツチノコの言葉で、クリオネの意識はイグアナのイグアーナちゃんのほうへと向かう。

 グッジョブだ、ツチノコ!

 しかし……うるるもエリカも、俺以外に正体がバレたらダメだとか言いながら、危うすぎだろ!


 今後は珍生物部として、放課後はうるるやエリカとともに、クリオネとツチノコも一緒にいる時間が長くなるのは必至。

 もしかして俺は、自分で自分の首を絞めるようなことをしてしまったのか?

 後悔先に立たず。


 まぁ、ウダウダ考えていても仕方がない。

 俺たちは日々を楽しく過ごしながら、未来へと続く道を一歩一歩着実に進んでいけばいいんだ。

 ……両腕に幼馴染みが頻繁に絡みついてくるような状態下では、非常に進みづらい道だと言わざるを得ないだろうが。


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