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ウーパールーパーとエリマキトカゲは今でも元気にしてますか?  作者: 沙φ亜竜
第2章 俺たちの部活、珍生物部発足!
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-2-

 顧問についても、すでに考えてある。

 俺たちのクラスの担任、エビちゃん先生こと兜海老先生にお願いするつもりだ。

 エビちゃん先生は生物の教師だから、まさにうってつけ。他の選択肢はないと言ってもいい。

 担任で話しやすい立場でもあるし、あの頼りない感じの新米教師であれば難なく懐柔できるに違いない。


 ひとつだけ問題があるとすれば、エビちゃん先生が生物部の顧問をしていることくらいだろうか。

 といっても、顧問の掛け持ちは許されている。ただ、似たような部の顧問を掛け持ちする、という点で考えると、若干の不安が生じてくる。


 まぁ、まずは話してみるしかない。

 昼休み。俺たちは素早く昼食を食べ終え、職員室へと向かった。


 なお、竜宮の使い学園には給食の制度はない。

 昼食時には、弁当などを持参するか学食を利用するか、もしくは購買でパンやおにぎりなんかを買ってくることになる。

 俺たちは事前に話し合い、登校途中にあるコンビニで菓子パン類を用意しておいた。


 エビちゃん先生だって昼食を取るだろうが、早めに行動すれば見つけることは容易なはずだ。

 職員室にいるなら、食べながらでもいいから話を聞いてもらえればいい。

 もしそこにいなかったら、学校内のどこかにいる先生を必死に探し回ることになってしまうが……。


「失礼します」


 ともかく、俺は控えめに声を響かせると、珍生物部の部員となる予定の四人を引き連れ、職員室へと踏み込んだ。

 中に入ってすぐ、エビちゃん先生の姿がないことは確認できた。

 それでも足は止めない。エビちゃん先生の隣の席に教師がいたからだ。

 数学教師の仲村先生。中年の男性教諭で、クリオネのクラスの担任でもある。


「あの、仲村先生。エビちゃん先生……兜海老先生がどこに行ったか、知りませんか?」

「ん? 兜海老先生なら、昼休みや放課後はほとんど、生物準備室にいると思うが」

「あっ、そうなんですか。ありがとうございます。では、失礼します」


 頭を下げ、職員室をあとにする。

 エビちゃん先生の行方についての情報は、いとも簡単に得られた。

 生物教師だから、職員室にいなければ、あとは生物準備室くらいしかない。

 考えてみれば実にわかりやすい結論だった。


 昼休みになってすぐ向かったとするならば、生物準備室などという微妙な場所で昼食を取ることになると思うし、それはちょっとどうだろう、との感想を浮かべてしまう。

 とはいえ、エビちゃん先生は生物教師だ。あの先生にとっては、生物準備室こそが憩いの場となっているのかもしれない。


 生物準備室には、実際にたくさんの生物が存在していると聞く。

 飼育しやすく世話もほとんど必要ないような、小動物とか虫とか小型の爬虫類とか、そういったものに限られてはいるみたいだが。

 生物教師の役目として、それらの小動物たちの世話なんかも必要なのだろう。

 もしかしたら、


「小動物とか虫とかに囲まれて食事するのって最高……♪」


 と、生物を飼育しているケージなどをうっとりとした顔で眺めながら弁当を食べ進める、一風変わった趣味を持った先生だという可能性もある。

 それはそれで構うまい。珍生物が好きな俺としては、むしろ好感度アップにつながるくらいだ。


「あら? あなたたち、どうしたの?」


 生物準備室が見えてきた辺りで、不意に声をかけられた。

 それはエビちゃん先生だった。

 どうやらちょうど、生物準備室から出てきたところのようだ。

 動物たちを見ながらの食事は終わってしまったのか。残念。……これは俺の勝手な想像でしかないが。


「えっと、エビちゃん先生。少しお話があります」


 気を取り直して、この場を訪れた目的の達成を目指す。


「あら、なんですか?」


 先生はそのまま廊下で話を聞くつもりらしい。

 ゆっくり腰を落ち着けて聞いてもらわなければならない話でもないのだから、なにも問題はない。

 俺は珍生物部を発足したいという旨を伝え、「顧問を引き受けてくれませんか?」とエビちゃん先生にお願いしてみた。

 結果は――、


「ダメです」


 あっさり撃沈。

 だからといって、はいそうですか、と引き下がる気なんてさらさらない。


「そこをなんとか! とっても生徒思いのエビちゃん先生だからこそ、こうして頼みに来てるんです!」

「そうですよっ! エビちゃん先生はすごくいい先生だって、うちのクラスでも評判なんですからっ!」


 クリオネも加勢してくれた。

 他の三人も手を胸の前で組んで拝むような格好で後押ししてくれる。

 そんな俺たちの様子を見て、エビちゃん先生の心も揺れているようではあった。

 にもかかわらず、頑として首を縦に振らない。


「あなたたちの誠意は伝わってきましたけど……。生物部じゃダメなの? 別の部を作るとなると、部室も探さないといけないし、なにかと大変になってくると思いますよ?」

「それでも、自分たちの部として立ち上げたいんです!」


 俺は必死に思いの丈を叫ぶ。

 中学時代には生物部で不満を抱えていた。この学園の生物部に入ったとしても、同じようになってしまうのは目に見えている。


「エビちゃん先生は、面倒だからそんなふうに言ってるんじゃないですかっ?」


 このままでは埒が明かない。

 そう考えたのか、クリオネが作戦変更とばかりに挑発的な意見をぶつけ始める。


「べつに、面倒とか、そういうわけでは……」


 エビちゃん先生の勢いが弱まる。

 もうひと押しだろうか?

 ここはクリオネの作戦に乗って畳みかけるのが吉だな。


「先生、お願いします! 部室が心配でしたら、人数も少ないことですし、生物準備室の片隅とかでもいいですから!」

「そ……それは絶対にダメです!」


 俺の提案を、エビちゃん先生は不自然なほど慌てて否定してくる。

 一瞬、なぜそこまで……と思ったが。


 さっきも考えていたとおり、エビちゃん先生にとって、生物準備室は憩いの場となっているに違いない。

 この学園では、生物は選択授業でしかないため、生物教師はエビちゃん先生だけしかいない。

 生物準備室に入るのはエビちゃん先生ただひとり、と言っても過言ではないのだ。


 隣には生物室もあり、教室ではなくそこで授業をする場合もあるわけだが、なぜか準備室には誰も立ち入らせない、という噂を聞いたこともある。

 エビちゃん先生は、担任を持ったのは今年からではあるものの、去年もこの学園で生物の教師をしていた。

 副担任だったとはいえ可愛くて目立つこともあり、人気者の先生だったため、そういった話も広く伝わったのだと考えられる。


 ひとりきりで静かに過ごせる、落ち着ける場所。自分だけの憩いの場。

 そんな領域を侵してほしくない。だからこそ、ここまで激しく抵抗しているのだろう。


 ならば、諦めるか?

 否。

 俺の珍生物部発足にかける情熱は、この程度で消し去られるほど弱々しいものではない。


 こうなったら、最後の手段だ。

 俺は素早く行動に出る。


「エビちゃん先生! お願いします!」


 膝を曲げてその場に屈み込み、両手を床につく。

 すわなち、土下座。


「ちょ……っ!?」


 先生の困惑する顔は見えないが、動揺は声からだけでも充分に伝わってきた。


「なにとぞ! この俺の切なる願いを、叶えてください! 神様仏様、美人のエビちゃん先生様!」


 大げさすぎるくらいの言葉を添え、必死の懇願を繰り返す。


「や……やめなさい、音澄くん! って、土屋くんたちまで!」


 俺に続き、ツチノコとクリオネも同じように土下座を披露する。

 生徒の往来の少ない生物室付近の廊下ではあっても、これは効果絶大だった。

 焦りまくるエビちゃん先生。

 このまま押し通せば、先生に顧問をやってもらえる。

 俺はそう確信していたのだが。


「三人とも、立ってください! どんなにお願いされても、先生は認めませんから!」


 なんと強情な。

 俺たちがここまでして頼み込んでも、なお折れないなんて。

 与しやすい先生だと思っていたが、全然そんなことはなかったようだ。


「生物部は人数もそれなりに多いですし、先輩たちだって可愛がってくれると思いますよ? 悪いことは言わないから、生物部にしておきなさい。先生が生物部の顧問をしてるのは、あなたたちも知ってますよね?」


 努めて優しい口調に切り替え、エビちゃん先生は俺たちを諭してくる。


「生物部の活動の中で、珍生物を扱うチームを作れるようにしますから。それで手を打ってくれない? 部活動申請の期限まで、あまり日にちもないですし」


 エビちゃん先生は、心から俺たちのためと思って、こう言ってくれている。

 それは痛いほどに感じられた。

 だが、俺だって強い決意を持って頼みに来たのだ。ここで頷くわけにはいかない。


 俺が珍しい生物に興味を持ったのは、うるるとエリカが引っ越してしまったあとだった。

 ウーパールーパーとエリマキトカゲの化身であると言っていたふたり。彼女たちの行く先を特定するヒントになるかもしれないと考え、それらの生物について調べてみたのが始まりだ。

 今ではその二種類の生物のみならず、珍生物全般に興味が広がっている。


 うるるとエリカに再会できたのだから、もうそれらの生物について調べる必要性は失われているのだが。

 たとえそうであっても、このふたりがまた、俺の前から消えてしまわないとは限らない。

 ふたりとのつながりを保つため。

 いざとなったときに対抗しうる手段を得るため。

 俺は珍生物部を発足しなければならないのだ。


 それならば、生物部の中で活動しても構わないのでは、と思われるかもしれない。

 しかし、俺の気分的に納得できなかった。

 たとえ生物部の中で活動できるようになったとしても、好き勝手な行動ができるわけではないだろう。

 秋には生物部全体として研究発表をするイベントがあるみたいだし、それに向けての活動に時間を取られる可能性も高い。


 今年は珍生物に関する研究をしましょう! と提案する手もないではない。

 だとしても、他の部員たちが乗ってくれるとも限らない。むしろ、一年生である俺たちの案など、却下されるのが当然だと思ったほうがいい。


 珍生物……主にウーパールーパーとエリマキトカゲの生態を仔細に調査し、理解する。

 それは、うるるとエリカについて理解することと同義。

 俺が珍生物部の発足を決めた一番の理由はそこにある。

 生物部の一員となってしまっては、本来の目的が達成できなくなってしまうのだ。


 そんな活動をしていると知られないために、本人たちは引き込まないでおこう。そう考え、うるるとエリカには入部をお願いしなかった、というフシもあったのだが。

 ふたりはもう、珍生物部への入部を決めている。

 よくよく思い直してみれば、それはそれで悪い展開ではない。ふたりとのつながりを深める上では、そのほうが好都合とも言える。


 どちらにしても、顧問が見つけられないようでは、そういった調査をする場すら獲得できずに終わってしまう。

 苛立ちを感じ始める俺の内心に気づく様子など微塵もなく、


「先生、そろそろ行かないと。あなたたち、よ~く考え直して、生物部に入ることを検討してみてくださいね?」


 エビちゃん先生はそう言い残すと、俺たちの前から去っていった。



 ☆☆☆☆☆



 どうしよう。

 他の先生にも頼んでみるか?

 いや、まだ入学したばかりの俺たちの頼みを、そうそう聞いてくれる先生がいるとも思えない。

 話を持ちかけられるとしたら、クリオネのクラスの担任である仲村先生くらいか……。


 俺はそんなふうに考えていたのだが。

 ずっと沈黙を貫いていたエリカが、ここで口を開く。


「匂うわ……」

「ああ……エビちゃん先生って、確かにいい香りがするよね」


 花の香りに少し柑橘系のフルーツの香りが混ざったような、とても爽やかな空気が漂っている。

 先生が去ったあとの残り香を嗅いでいるだけでも、なんだか清々しい気分になるくらいだ。

 若い先生だから、身だしなみに気を遣い、強すぎない香水なんかを使っているのだと考えられる。

 ただ、そんな俺の答えは完全な的外れだった。


「そうじゃなくて。微かに感じたのよ。爬虫類っぽいニオイを」


 エリカの言葉に首をかしげる。


「生物準備室でトカゲとかも飼ってる、ってことだろ?」

「違うのよ。トカゲじゃない……。これはおそらく、もっと別の生き物よ」


 俺にはそんなニオイなんて感じられなかったが、エリマキトカゲであるエリカにはわかるのだろう。

 細かい種類まで判別できるくらい、ニオイに違いがあるものなのか、俺にはよくわからないが。


「でも、トカゲ以外の爬虫類がいたとしても、べつにおかしくはないよな?」

「そういうことじゃなくて……」


 なぜか釈然としない様子のエリカ。

 と、そこで。

 別方面からの疑問がクリオネによって投げかけられる。


「そんなニオイなんて、よくわかるよねっ。エリカさんってさ、嗅覚が鋭いのっ?」

「わたくし、爬虫類に関してはちょっとうるさいのよ」

「そしてあたしは、両生類にはうるさいの~!」


 平然と答えるエリカに、うるるまで嬉しそうに乗っかってきた。

 エリカ自身が爬虫類で、うるる自身が両生類なのだから、まぁ、それは当然なのかもしれない。

 質問をぶつけたクリオネと、その横にたたずんでいるツチノコには、まったく理解できていないようだったが。


「わたくしに妙案があるの。放課後、試してみるわよ!」


 エリカの案、しかも自ら妙案と表現していることに、一抹の不安を感じながらも。

 他の手段を提示できない俺たちには、素直にその妙案を実行するしか道は残されていなかった。


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