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入学式の翌日から授業が始まった。
そうすると、休み時間のたびにクリオネがやってくるようになった。
教室移動がない場合に限られるものの、俺の席を中心として、うるるとエリカとツチノコもまじえた五人でのバカ騒ぎが展開される。
チャイムが鳴っても自分の教室に戻らず、クリオネが先生に怒られることもしばしば。
そのたびに俺とツチノコは苦笑をこぼし、うるるとエリカは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
クラスメイトからはいつしか、『音澄のハーレム』などと呼ばれるようになっていた。
ハーレムって……。ツチノコだっているというのに……。
むしろ、ツチノコも女の子側の立ち位置で見られているのか?
確かにぱっと見、女子とみまごうほどの可愛らしい顔立ちをしていて、男子の制服を着ているのが不思議なくらいではあるのだが……。
それはともかく。
朝のホームルームでエビちゃん先生から配られたプリントを、俺はじっくりと穴が開くほどの勢いで見つめていた。
時間は昼休み。
プリントに書かれているのは、部活動一覧だった。
俺たちの通う竜宮の使い学園は、部活動への所属が強制となっている。
一週間以内にどこの部に入るか記述した書類を提出する必要があるため、生徒は放課後になったらこぞって部活動見学へと繰り出していくのが普通だ。
ただ……俺はどうしても納得できないでいた。
この高校にも、生物部はある。
だが、中学時代に生物部だった俺は、ずっと不満を抱えながら活動を続けていた。
俺の興味が珍しい奇妙な生物――珍生物に対してしか存在していない、というのがその理由だ。
生物部には入らない。中学時代の二の舞にはなりたくない。
だからといって、他に入りたい部があるわけでもない。
ならばどうするのか。
答えはひとつしかない。
この学園では、部活動に関しての生徒たちの自主性を重んじているらしく、新しい部を自ら立ち上げるための規則も定められている。
三人以上、部員になる生徒がいるのなら、たとえ一年生のみであったとしても問題なし。あとは顧問を引き受けてくれる教師を見つけることができればいい。
俺は新たな部、珍生物部を作ろうと目論んでいたのだ。
部員として必要な人数は、先にも述べたとおり三人以上となっている。
これは、中学時代も生物部で一緒だったツチノコとクリオネに話せば、簡単に達成できるだろう。
ツチノコは昨日本人が言っていたように俺の味方だから、間違いなく引き受けてくれるはずだ。
クリオネだって、わざわざ隣のクラスから休み時間のたびに遊びに来るくらいだし、快く部員になってくれるのはまず間違いない。
そう考え、俺は友人ふたりに珍生物部発足案を提示してみたのだが……。
「へぇ~、珍生物部か。ネッシーは僕たちと会う前から、変わった生き物が好きだったみたいだもんね。ウーパールーパーとかエリマキトカゲとか」
「あ……ああ、そうだな」
一瞬どもってしまったのは、うるるとエリカの正体がバレたのかと思ったからだ。
屈託のない笑顔のツチノコを見て、そうじゃないことはすぐにわかったが。
「ネッシーがやるって言うなら、僕はどこまでだってついていくよ」(にこっ)
このように、ツチノコのほうは案の定、即答で俺の提案に乗っかってくれた。
相変わらず男とは思えない、聖母のような笑顔を輝かせながら。
一方、クリオネはというと……。
「わ……私は協力できないかなっ!」
「えっ?」
思わず聞き返してしまう。
なにせ、相手はクリオネなのだ。
ふたつ返事でイエスと答えてくれるものだと信じて疑わなかったというのに。
「クリオネ、他に入りたい部があったんだ。やっぱり、生物部?」
「え……っと、まだ決めてはいないんだけど……」
なにやら歯切れが悪い。いつも元気百パーセントのクリオネらしくないな。
胸の辺りに薄めの本のようなものを抱えながら、くねくねと身をよじったりしているのも、(失礼ながら)激しく気色悪いし。
「ネッシーとクラスが離れて部活まで違うなんて、クリオネはそれでいいの?」
「ツチノコも珍生物部に入ってくれるなら、ツチノコとだって離れちゃうんだぞ?」
「わ……わかってるよっ! でも、その……」
もごもごと口の中でなにか言ってはいるが、まともな声として聞こえてはこない。
「ネッシーはどうなのっ!? 私と離れるのって、べつに嫌じゃないのっ!?」
「えっ? そりゃあ、嫌だよ」
俺が答えると、クリオネはパーッと明るい笑顔に変わる。
「中学からの友達と同じ高校に入ったんだから、せっかくだしなるべく一緒に高校生活を送りたいとは思うけど。ただ、他にやりたいことがあるのなら、俺が無理を言うわけにもいかないだろ」
だから、クリオネは自分のしたいことをすればいい。
そんな意味を込めた言葉を続けると、クリオネの顔は一瞬にして曇る。
「………………」
頬を膨らませるそんな仕草はとても子供っぽくて、いつものクリオネらしさが充分に出ていたのだが。
いったい、なにが不満なのやら。
「いいじゃない。そんな子、放っておけば」
「そうなの~! 他にやりたいことがあるなら、そっちの部にさっさと行っちゃえばいいの~!」
ここまで黙っていたうるるとエリカが、満を持して口を挟んでくる。
べつに、中学時代の友人三人の会話を邪魔しないように遠慮していた、というわけではないと思うが。
なにも言ってこないことから、俺が発足しようとしている珍生物部にはまったく興味を持っていないのだろう、との考えに至っていた。
だから俺は、うるるとエリカのふたりには、部員になってほしいとお願いしなかった。
だが、それは完全に間違った判断だったようだ。
「わたくし、珍生物部に入るわよ!」
「あたしも~! 珍生物部に入るの~! 当たり前なの~!」
ふたりはそう言って、俺の腕に絡みついてきた。
そもそも、うるるとエリカは自分自身が珍生物ということになる。
うるるの発言にあったとおり、当たり前と言ってもいい展開だったのかもしれない。
「これで四人になったから、人数の規定はクリアね」
「クリアなの~! こんなメスナメクジなんかいなくても、あっさりクリアなの~!」
うるるはクリオネを指差しながら、邪気たっぷりに言い放つ。
「ク……クリオネはナメクジとは違うわよっ!」
そのツッコミもどうなのか。
あと、ナメクジも雌雄同体だから、メスナメクジというのはおかしい。
ともあれ、人数の問題がなくなったのは事実だ。
と、そこで。
「はいはいはいっ! 私もっ! やっぱり私も珍生物部の部員になるっ!」
クリオネが右手を高々と掲げ、華麗なる手のひら返しを見せる。
「え? でも、他にやりたいことがあるなら、無理しなくても……」
「無理じゃないよっ! やりたいことなんてないしっ! 是が非でも珍生物部に入りたいっ! むしろ入らなきゃならないのっ!」
俺が指摘するも、クリオネの勢いは止まらないどころか、ますます強まっていく。
「いいでしょっ!? いいよねっっ!? いいって言いなさいっっっ!」
「ま……まぁ、そりゃあ、入ってくれるなら、俺としてもありがたいけど」
最初からお願いしていたわけだし、すでに規定人数はクリアしているにしても部員が多いに越したことはない。
「にゃふふっ! よし、決定っ! 異論は受けつけないからねっ!」
「べつに異論なんてないよ」
クリオネの行動には、いまいち納得のいかない部分があったものの。
当初の予定どおり協力してもらえることになったのだから、素直に頷いておくべきだろう。
「にへへへっ! これからも一緒だよっ! よろしくねっ!」
「うん、よろしく、クリオネ」
なんにしても、結果オーライだ。
そう考えていた、そのとき。
クリオネの腕のあいだから、ずっと抱えていた本が滑り落ちる。
「本、落ちたぞ。……ん?」
素早く手を伸ばし、拾ってあげようとして、目を止める。
その本は、雑誌かなにかだろうか、とあるページが開かれていた。
そこに書かれていたのは……。
「占い?」
見開き二ページ分、丸々ひとつの星座に関する占いが書かれてあるようだ。
占い専門の雑誌、といったところか。
クリオネの星座である水瓶座について記載されたページ。一部分の記述には、赤いペンで手書きの線が引かれている。
『今月の恋愛運アップの秘訣は、相手に素っ気なくすること。なにか頼まれたとしても、絶対に一度は拒絶してみましょう。引いた分、反動で寄ってくる結果が待っている……かも?』
…………なるほど。
「にゃ……にゃははははっ! え~っと、これはたまたま見てたってだけで~……!」
恥ずかしそうに雑誌を広い、胸に抱え直すクリオネ。
俺は、
「占い好きなんて、クリオネはやっぱり子供っぽいな!」
と言って、頭を撫でてやった。
「えへへへへ……」
クリオネは笑顔ながら、複雑そうな表情だった。
今の俺にはこれくらいしかしてやれないが、その点については我慢してもらうしかない。
「結局、このメス猫も一緒になってしまうのね」
「でも~、それはそれで楽しいと思うの~! あたしとダイナとのラブラブぶりを、たっぷり見せつけちゃうの~!」
「ラ……ラブラブなんて、させないからっ! キシャーーーーッ!」
クリオネもすっかり、いつもどおりになったかな?
こうして、珍生物部の部員(予定)は、俺を含めて五人となった。
さて、あとは顧問だな。