-2-
教室の席に着く。
席順は、黒板にマグネットで貼りつけられた紙に書かれてあった。単純な名前の順で、男女交互の列になっているだけだ。
それなのに、俺の右側にうるる、左側にエリカが並ぶという、何者かによる陰謀すら感じられるような配置となっていた。
「ダイナ、隣の席なの~! あたし、すっごく嬉しいよ~! ほら、心臓がバクバクしてるの~!」
またしても俺の手を取ろうとしてくるが、相手は動きのトロいうるるなので容赦なく回避してやった。
「わたくしも隣ね。ま、あんたが教科書を忘れたりしたら見せてあげるから、感謝しなさいよね! あっ、むしろわたくしが忘れて見せてもらうというシチュエーションも……」
エリカは腕を組み、なんだか偉そうな態度を取っている。
後半はボソボソとつぶやいて尻すぼみになっていたが、なにを言ってるんだかな、こいつは。
そりゃあ、幼馴染みと八年ぶりくらいとなる再会を果たしたのだから、嬉しいという気持ちは確かにある。
ふたりとは仲よしだったし、お互いに幼かったとはいえ好きだったのも事実。
なにかと苦労しそうではあっても、高校生活としては最高のスタートを切ったと言っていいはずだ。
だが……なんとも言えず、体中がこそばゆい。
端的に表現すれば、恥ずかしいのだ。
とても可愛らしく成長したふたりからは、ほのかに甘い香りも漂ってくる。
体つきだって丸みを帯び、実に女性らしくなった。
うるるはぽっちゃりタイプだから、本当に丸くて柔らかそうなイメージがある。
エリカは細身で、一部(主に胸の辺り)が残念な気はするものの、それでもかなりの美人に育っている。
そんなふたりに挟まれて、俺は正直、緊張のあまりまともに声も発せない状態になっていた。
うるるもエリカも、俺と離れていた八年もの歳月なんてなかったかのように、幼い頃のままの感覚で話しかけてくれている。
ならば俺のほうだって、当時と同じように接すればいい。
わかってはいても、ついつい異性として意識してしまう。
「あれ~? ダイナ、どうしたの~?」
「椅子に座ってうつむいたまま黙り込むなんて、あんたらしくないんじゃない?」
横から顔をのぞき込んでくる、うるるとエリカ。
吐息がかかるほどの近い距離に、より一層どぎまぎする。
「ち……近いってば、ふたりとも! くっついてくるなよ!」
「え~? べつにいいでしょ~? 昔は一緒にお相撲とかして遊んだりもしたよ~? ダイナ、温かくて気持ちよかったの~!」
「そうね。わたくしもプロレスごっことか、よくやってたわ。懐かしい。今ここで、寝技とかかけちゃおうかしら!」
うるるもエリカも離れるどころか、両側から俺の腕を取って立ち上がらせようとしてくる。
本気で相撲やらプロレスごっこやらをするつもりなのだろうか?
高校生になった今の体でそんなことをしたら、いろいろと問題があるというのに……。
「え~っと……両手に花?」
不意に、新たな声が増える。
ほとんどのクラスメイトは距離を置いて見ている状態だったが、ただひとりだけ、なにも気にせず話しかけられる精神の持ち主がいたようだ。
いや、それも当然と言えるのかもしれない。
なぜならそいつは同じ中学の出身で、俺とは三年間同じクラスだったからだ。
土屋鋸斬。
男子としては少し高めの声を響かせる、微妙になよなよした雰囲気漂うやつでもある。
ぱっと見では顔も女の子っぽくて、たまにドキッとすることすらあった。ノコギリという名前は、まったく似合っていないと言わざるを得ない。
怒ると「僕はノコギリだから、不用意に触れるとケガするよ?」などと言ったりするのだが、迫力ゼロの顔立ちで凄まれたところで全然怖くもなかった。
もっとも、こいつは非常に温和な性格だから、怒ることなんてごくごく稀なのだが。
「ツチノコ、お前もこのクラスだったのか」
土屋鋸斬、略してツチノコ。中学時代からのあだ名だ。
そんなあだ名で呼んでいることからもわかるとおり、俺とこいつは仲のよかった友人同士ということになる。
この高校――竜宮の使い学園は、俺たちの通っていた中学からほど近い場所に存在している。そのため、同じ中学出身の生徒は結構多い。
クラス内にはちらほらと見かけたことのある顔が並んでいるが、そんな中でもツチノコと一緒なのはとくに嬉しく思えた。
「うん。ネッシーが同じクラスでよかったよ。今年もまた、よろしくね!」
にこっ……と。
花のような笑顔をこぼす。
これで男なのだから、困ったものだな。
なお、ネッシーというのは、中学時代に呼ばれていた俺のあだ名だ。
名字が音澄だからネッシー。大きな竜と書いてダイナと読む名前も、そのあだ名になった要因となっているのかもしれない。
「ちょっと、誰よ、この男女は!?」
「ダイナと仲よしこよしすぎるの~。ジェラシっちゃうの~!」
うるるとエリカは眉をつり上げ、敵対心をむき出しにする。
ふたりからの恨みがましい視線を一身に受けても、ツチノコの穏やかな笑みはまったく崩れなかった。
「僕は中学時代の同級生だよ。それで、キミたちふたりは? 随分ネッシーと仲よしみたいだけど……」
「あ~、この子たちは、俺の小学校時代の友達だよ」
うるるとエリカが余計なことを言わないうちに、素早く口を挟んでふたりを紹介する。
「え~? ダイナ、友達ってなによ~? あたしたち、恋人なのに~!」
「そうね。わたくしも恋人よ!」
俺の抵抗は、完全な無駄だったようだ。
「あっ、ほんとに両手に花なんだね、ネッシー」
「いや、違うから! うるるもエリカも、そういうこと言うなよ!」
「いいじゃない、本当のことなんだし」
「うん、本当のことなの~!」
「そっか~。本当のことなんだね~」
「っていうか、ツチノコ! お前も平然と受け入れるんじゃない!」
どうして俺の周りには、こんなメンバーばかりが集まってくるんだか。
中学時代に仲よしだったもうひとりも、かなり変わった女の子だったし。
「どうでもいいけどさ、ネッシー。恋人がふたりもいるなんて、クリオネが知ったら卒倒しちゃうんじゃない?」
ツチノコが眉尻を下げながらそんな指摘をしてくる。
クリオネというのは、俺がつい今しがた考えていた、変わった感じの女の子のあだ名だ。
確かにそれは充分に考えられるが、ここにいない相手については後回し。まずは目の前にいるツチノコに弁明しておかないと。
「恋人って言ったって小学校二年生までの話なんだから、まともにつき合ってたとは言えないって!」
「あ、そうだったんだ」
「ふたりはこの町から引っ越していって、さっき久しぶりに再会したばかりなんだよ!」
「そのわりには、すごく仲よしって感じだよね?」
「うん、仲よしなの~!」
「ええ、仲よしよ!」
うるるとエリカは嬉々として答える。
「仲よしなのは事実だと思うけど。恋人っていうのはちょっと……」
俺だってべつに嫌ではないのだが、やっぱり恥ずかしいし、恋人だということに関しては否定の姿勢を貫き通しておく。
こんな話をしていたら、クラスメイトたちからどんな目で見られるか。
今さら手遅れか……と思いながらも、周囲に目を配ってみると。
「あれ? 誰もいない?」
俺とうるるとエリカとツチノコ、以上四名を除いたクラスメイト全員の姿が、いつの間にやら見えなくなっていた。
といっても、とくに不思議なことではない。
今日は入学式なのだから。
「って、俺たちも早く体育館に向かわないと!」
黒板にも大きく、『自分の席に荷物を置いたら、すぐに入学式の会場である体育館へ向かってください』と書かれてある。
一旦は目にしていたのだが、うるるやエリカとの会話に加えてツチノコまで登場したことによって、完全に失念してしまっていた。
「そうだね。それじゃあ、行こうか。ネッシーの恋人たちと一緒に」
「うん、行くの~! 地の果てでも地獄の底でも~!」
「ええ、行きましょう。流行の波に乗り遅れないように!」
「おい、ツチノコ! 恋人じゃないって言ってるだろ!? うるるは、どこへ行く気だ!? あと、エリカ! もう完全に乗り遅れてるし、流行は関係ないぞ!?」
全員にツッコミを入れつつ素早く席を立ち、俺は友人たちを引き連れて体育館を目指した。
ツチノコが現れてくれたおかげで、うるるとエリカを異性として意識し、上手く喋れなくなるような感覚なんて、あっという間に吹き飛んでいた。
☆☆☆☆☆
入学式は、これといって特筆すべきこともなく、淡々と執り行われた。
まぁ、こういった形式ばった学校行事なんて、生徒にとっては退屈を持て余すだけの時間でしかない。
俺はあくびを噛み殺し、異常に長い校長先生の話を右から左に聞き流す。
入学式では、クラスごとに並べられた椅子に座ることになっていたのだが。
席順はとくに決まっていなかったため、当然のようにうるるとエリカが俺の両脇に陣取り、エリカのさらに隣にツチノコが座る形となった。
入学式の最中、俺の両腕はずっと、うるるとエリカに絡め取られていた。
本当に、両手に花状態ではある。
だとしても、他の生徒やら先生やらにも見られる可能性の高い場所で、こんなことをされているなんて。
一番気になったのは、隣のクラスの列に並んでいるクリオネが、般若のような顔で睨みつけてきていたことだ。
あとで絶対、俺の教室に怒鳴り込んでくるだろうな……。
両腕は温かいのに、背筋は異様に冷たく感じられる。
ともかく、入学式そのものには問題や事件などが起こることもなく、とくに記憶にも残らない形でさくっと終了した。
☆☆☆☆☆
教室に戻ると、高校生活最初のホームルームが始まった。
生徒たちが席に着いて見守る中、ひとりの女性が教卓へと進んでいく。あれが担任の先生のようだ。
教師としては、かなり若く見える。おそらく新米の教師で、初めての担任となるのだろう。
俺たちから見て教卓の向こう側――黒板前のスペースは、文字などが書きやすいように床が一段高くなっている。
そこに上ろうとした先生は……見事に足を引っかけた。そして、
「きゃうんっ!」
思いっきり、床に倒れ込む。
俺の席からではよく見えなかったが、顔面から床に突っ込んだのではなかろうか。
「はううう、痛いですぅ~……」
先生は鼻っ柱を押さえ、涙目になりながらも懸命に起き上がる。
心の底から応援したくなってくる場面だった。
「エビちゃん、頑張れ~!」
一部の生徒からは、そんな声も飛んできている。
「えへへへ、うん、ありがと~! 先生、頑張りますね!」
本当に高校の教師なのか、疑わしくなってくる感じだが。
「えっと……そんなわけで、私があなたたちの担任の、兜海老樹羅です。去年は副担任でしたが、今年は初めての担任になって、とっても緊張しています」
俺たち生徒の注目が完全に集まる中、先生は改めて自己紹介した。
兜海老という名字だからエビちゃんなのか。
さっきそう呼んだ生徒は、お兄さんかお姉さんからこの先生の話を聞いていたのだろう。
「一生懸命、あなたたちと一緒に成長していきたいと思います!」
「胸も成長するといいですね!」
男子生徒からのツッコミで、どっと笑いが起こる。
エビちゃん先生のほうは、両手を胸の前でクロスさせて真っ赤になっている。
「も……もう! 変なことを言わないでください!」
「でも先生、そろそろ成長は止まってませんか?」
「そそそそ、そんなことはありません! まだ成長します! 先生はボインになるんです!」
「いや、それは無理なんじゃ……」
「あと、ボインって言い方、ちょっと……というかかなり古いよ、エビちゃん!」
「はうううう……!」
完全にからかわれている、エビちゃん先生。
新たな高校生活の始まりで、どうなるか不安な部分もあったが、親しみやすそうな先生が担任でよかった。
名字が兜海老というのも、俺にとっては親近感が湧いてくる部分だし。
一般的な認識として、カブトガニという生物がいるのは有名だと思う。
しかし、カブトエビと呼ばれる生物もまた、ちゃんと存在しているのだ。
名前の中にエビと入ってはいるが、エビの仲間ではない。
それを言ったら、カブトガニだってカニの仲間ではないわけだが。
俺は中学時代、生物部に所属していた。
図鑑などを見て生態を調べたりすると、地球上には様々な変わった動物がいることがわかり、なんとも微笑ましい気分に浸れる。
もともとは、うるるやエリカと知り合ったことが原因で、変な生物(と言ったらふたりに失礼だろうか?)に興味を持ったのが始まりだった。
いなくなってしまったふたりは、もしかしたら故郷に戻ったのではないかと思い、大元となっている生息地を知れば会えるかも……などとバカげたことまで考えていたような記憶がある。
小学校でも理科の授業は好きだったが、中学生になってもそれは変わらず、生物部で多種多様な生物に触れる機会を得た。
ただ、俺が本当に知りたかったのは、そこら辺にいる普通の動物の生態などではない。
ずっと不満を抱えながら部活動をしていたんだっけな。
生物部には友人であるツチノコとクリオネもいたし、それなりに楽しかったのは間違いないのだが。
「とととと、とにかく! 今年一年、担任としてよろしくお願いしましゅ!」
最後の最後で言葉を噛んでしまい、またもや教室中に笑い声の種をまいたりしつつ。
エビちゃん先生の担任としての初ホームルームは、とてもほんわかな雰囲気に包まれた中で幕を下ろした。