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ウーパールーパーとエリマキトカゲは今でも元気にしてますか?  作者: 沙φ亜竜
第5章 明かされた過去と避けられない運命、そして……
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 闇に覆い尽くされ、周囲は黒く深く暗い。

 ともすれば、全方位から迫ってくる闇に飲み込まれてしまいそうなほどに。

 しかし、そこまで暗いにもかかわらず、視界の中心に捉えている姿だけは見える。

 幼馴染みふたりの姿が、しっかりと視認できる。

 まるで、この世界にふたりしか存在していないかのように。


 不思議な感覚に包まれる。

 似たような感覚は、遠い過去にも経験があった気がする。


『成長してない』


 うるるとエリカはそう言っていた。

 なるほど、そうか。


 俺は思い出した。

 小学校二年生だった当時のことを。


 あのとき、俺は交通事故に遭い、数日間だが入院した。

 そのあいだに、うるるとエリカは引っ越してしまった。

 たまたま時期が重なってしまい、ごたごたしていたことなどで、挨拶もなく去っていくしかなかった。

 ずっとそんなふうに考えていた。

 だが、違ったのだ。


 交通事故に遭ったそもそもの原因、そこからしてうるるとエリカが関わっていた。

 といっても、うるるとエリカのせいで事故に遭ったわけではない。

 俺が勝手な行動を取った結果だった。


 ふたりについて、知らないことが多すぎる。

 今日の俺と同様に、当時の俺もまた疑問を浮かべていた。

 俺はよく、うるるとエリカを自分の家に呼んで遊んでいた。だから、お母さんもふたりのことを記憶していた。

 一方、近くに住んでいるはずなのに、ふたりは俺を家に招いてくれなかった。


 小学校の授業が終わると、途中までは一緒に帰るものの、うるるとエリカは俺とは別の道へと向かう。

 それを、追いかけたのだ。

 今回と同じように。


「ええ、そうよ。わたくしたち、当時は同じ町内に住んでいたわ。次元が違うから、すぐに見つかる場所ではなかったんだけど」

「適当に細い路地とかに入ってダイナをまいたりするの、結構楽しかったの~!」


 何度も追跡しては失敗し、そんなことを繰り返していた当時の俺。

 懲りずに続けていることで、気は緩んでいったと考えられる。

 今日もきっと、うるるとエリカの家は見つけられない。


 べつにそれでもいいや。

 こうやって隠れてついていくのも、スパイになったみたいで楽しいし。

 察するに、そんな気持ちだったのだろう。


 ぼーっと追いかけ、やがて見失い、「あ~あ、またダメだったな」とため息まじりに帰宅する。

 その日もまた、そうなるはずだった。

 しかし、いくら住宅地の中といっても、危険がないとは限らない。

 ある程度のスピードを出した車が通り抜けていくことだってあるのだから。


 小学校二年生だった当時の俺は――、

 うるるとエリカの追跡を断念した直後――、

 車に、はねられた。

 はね飛ばされた。


 まだ小さかった俺の体は、初めて風を捉えた小鳥のように不器用に宙を舞った。

 そして次の瞬間には、打ち捨てられた雑巾のごとく地べたに転がっていた。

 どんな惨状だったか、俺には想像することもできない。

 いや、想像したくもなかった。


 流れ出る大量の血にまみれ、見るも無残な状態だったかもしれない。

 意外と傷もなく、見た目上は綺麗な状態だったかもしれない。

 どちらだったとしても、大して変わりはないだろう。

 俺の命のともし火は、そこで途絶えようとしていたのだから。


「正確には、死ぬまでには至らないけど、植物人間になるくらいの傷だった、って感じね」


 エリカが補足を加える。

 なぜだか、エリカが。

 とすると、俺が事故に遭ったときの状況を、エリカは知っていたことになる。


「知っていたというか、感じていた、ってところだけどね。わたくしはすぐに駆けつけたわ」

「もちろん、あたしも一緒だったの~!」


 そこでふたりは、とある使命を果たした。

 俺の命を守る。

 それがふたりの存在意義。

 友達としてそばにいた幼馴染みふたりは、俺を守護する役目を持った、いわば守護霊だったのだ。


「わたくしは、ダイナのお父さんが昔飼っていたエリマキトカゲなのよ」

「そんでね、あたしはダイナのお母さんが飼ってたウーパールーパーなの~!」


 ふたりは普段と変わらない口調で、自らの正体について口にし始める。

 この場には、クリオネとツチノコもいるというのに。

 両者とも、目を丸くしている。

 それも当然だろう。クラスメイトの女の子が、ウーパールーパーとエリマキトカゲだったなんて。

 現実として受け入れることができているかどうか、かなり怪しい。


 そんなクリオネとツチノコのことなど気にも留めず、幼馴染みふたりの過去語りは進んでいく。

 一九八○年代、テレビCMの影響で大ブームとなったウーパールーパーとエリマキトカゲ。

 その可愛らしさに惹かれ、多くの人がペットとして飼い始めた。

 まだお互いに出会ってもいなかった俺のお父さんとお母さんも、ご多分に漏れず手を出していた。


 お母さんが飼っていたウーパールーパーと、お父さんが飼っていたエリマキトカゲは、二匹とも幸せに暮らし、満たされたまま天寿をまっとうした。

 そのことを心から感謝したうるるとエリカは、それぞれの飼い主の守護霊的な存在となった。


 しばらくして、ふたりが結婚して子供が生まれると、うるるとエリカは子供のほうを守護するようになった。

 それが、俺だ。

 より弱々しいものを守ろうとする本能でもあるのだろうか。

 ともかく、俺の守護霊となったうるるとエリカは、ずっと静かに見守っていたのだが。

 俺が小学校に上がる際、ふたりは「同じ学校に入学して、人間としてそばにいたい」と考え、お願いしたのだという。


「お願いって……誰に? 神様でもいるのか?」


 質問の答えが返ってくるより早く、空気の中から湧き出てくるかのように、黒い服を身にまとった男性らしき姿が目の前に現れた。

「我が名はジョンバルディーニ」


 黒い男が、静かに名乗る。

 現れたときに黒い服を着ていると表現したが、じっくり見つめてみると肌も含めて全身が真っ黒で、すべてが影で形成されていると言ってもいいほどだった。


「今お前が言及したとおり、我は邪神である」

「邪神!?」


 神様でもいるのか?

 冗談めかしてそんな意見をぶつけたのは確かだが、よもや邪神だったとは。

 邪神となると、神様とはまた別。むしろ対極のイメージになってしまうと思うのだが。


 ただ、目の前にいる男性は、吸い込まれるように深く真っ黒い空気に包まれていて、言われてみれば禍々しさすら感じられる容貌をしている。

 その点を考慮すれば、邪神だということについては素直に頷けなくもない。

 あまりにも想像を超えた状況で、判断力も麻痺してしまったのか、俺はぼやけた頭でそんなことを考えていた。


「我のことは、気軽にジョンと呼んでくれたまえ」

「いきなり神っぽさが消えたぞ!?」


 ジョンバルディーニ――ジョンが続けた発言に、思わずツッコミを入れる。

 それによって、脳を覆っていたモヤのようなものが一瞬にして取り払われた気がした。


「我はこの世のすべてを創りたもうた創造神、カムラパムラネルメグラの活動を手伝っている助手ということになる」


 助手……。

 それもまた、神やら邪神やらとは思えない響きだ。


「創造神のことも、気軽にメグと呼ぶのを許可しよう」

「そっちも神っぽくなくなった!」


 ツッコミを入れるのは条件反射的なものだ。相手が邪神であろうとなんだろうと関係ない。


 ジョンの話によれば、創造神カムラパムラネルメグラ――通称メグは遥か昔、俺たちの住む地球を含めた宇宙全体を創造した。

 少しずつ時間をかけ、宇宙全体に目を配り、美しい姿を崩さないように大切に育てていた。

 自分はその手伝いをしている身なのだと、ジョンは誇らしげに主張する。


 しかしあるとき、ジョンはちょっとした気紛れで、辺境にある惑星に手を加えてみたらしい。

 生命を誕生させたのだ。それが地球だった。

 メグはきっと喜んでくれる。そう思っての行動だった。


 だがその結果、大激怒されてしまう。

 創造神の助手だったジョンに『邪神』の肩書きが付与されたのは、このことが原因だった。生命を誕生させるという、大きな罪を犯したからだ。


「生命を誕生させたことが、罪……」

「メグの創り出した美しい自然形態を壊してしまう存在なのだから、紛れもなく罪であろう? 当時の我は、そこまで気が回らなかったわけだが」


 一度発生させたものを消し去ることは、いかに神と言えども不可能。

 メグは仕方なく、ジョンに地球に存在する生命全体の監視を命じた。


 時は流れ、ここからうるるとエリカの話へと移り変わっていく。

 ジョンは長いあいだ、すべての生命をひたすら見守り続けるという任務をこなし続けていた。

 そんな中、とあるふたつの生命体が、邪神であるジョンにこんなお願いをしてきた。


『自分たちを大切に育ててくれた人間にお礼がしたい。ずっとそばにいて、守ってあげたい』


 願ったのは、うるるとエリカだ。

 ジョンは迷った。

 彼女たちの思いは実に純粋で澄んだものだった。熱い切望の念を向けられ、心が揺らいだ。

 とはいえ、勝手なことをすると、またメグに怒られてしまう。

 解決策を見い出すのは容易だった。メグに相談してみればいいだけのことなのだから。


 メグの反応は、「ふ~ん。面白そうだし、やってみれば?」といったものだった。

 随分と投げやりにも思えるが、宇宙全体が大きくなりすぎて管理に大わらわだった状況を考えれば、答えてもらえただけでも感謝すべきだろう、とジョンは語る。

 ともかく、メグの許しは得た。

 うるるとエリカは、こうして俺の両親を守護する立場になった。


 その後、俺がこの世に生を受けると、ふたりの守護の対象は俺のほうへと移っていった。

 俺と同じ学校に入学して、人間としてそばにいたい。

 うるるとエリカが再びジョンにお願いしたのは、それから数年経ったあとのことだった。

 このときもまた、メグからの許可を受け、ふたりの願いは叶えられた。

 ただし、条件がふたつほど与えられた。


 ひとつ目の条件は、俺以外には正体を知られないこと。

 そしてふたつ目の条件は、うるるとエリカの居住地は、俺を含めた誰にも知られてはいけない、というものだった。

 人間になって俺と会話などをしながら過ごせる代わりに、いつでもそばにいられる状態ではなくなる。

 心の天秤にかけた上で、うるるとエリカはその条件を受け入れ、人間の姿となって俺の目の前に現れた。

 ふたりは俺と同じ小学校に通い、毎日楽しく生活していた。


 そんなある日、あの交通事故が起こってしまう。

 死ぬまでには至らないものの、何年ものあいだ植物人間状態で生きることを余儀なくされる。

 その先に待っている過酷な俺の運命が、ジョンによってふたりに伝えられた。


 うるるとエリカは泣いて頼んだ。俺を助けたいと。

 もともとは俺の親を、ある時期からは俺を、ただ守りたいという一心でこの世界に存在していたのに、事故から守ることができなかった。

 悔やんでも、時間は戻せない。

 だったら、自分たちが代わりに犠牲になるから助けてあげてほしい。

 ふたりは必死に懇願した。


 メグと相談する余裕はなかった。それだけ、俺の容態は悪かったのだろう。

 ジョンは独断で決定した。願いを叶えてやろうと。

 うるるとエリカをこの世に存在させていた力を俺のほうへと向け、事故で負った傷を癒したのだ。


 無傷にすることまではできなかった。

 いや、そこまではしなかった。

 もしそうしていたら、ふたりに与えていた力のすべてを使い切ってしまい、その時点でうるるとエリカはこの世界から消滅していた。言い訳をするようにジョンは語る。

 結果として、俺には数日間の入院が必要な傷が残った。


 同時に、記憶も改ざんされた。

 うるるやエリカがそばにいたことを忘れてしまわなかったのは、本人たちが望んだからだ。

 楽しかった思い出がなくなってしまうのは耐えられない。

 そんな願いも、ジョンは叶えてあげていた。


 その代償として、うるるとエリカは、人間の姿で俺の前に現れることができなくなった。

 といっても、消えてしまったわけではない。少し離れた空の上から眺めることだけは許された。

 メグも鬼ではない。独断でふたりの望みを叶えたジョンを罰したりはしなかった。

 以後、静かに俺の成長を見守る日々が続いていった。


 そして俺が高校に進学したところで、うるるとエリカはまたしてもジョンにお願いをする。

 交通事故に遭った俺は、本来ならば植物人間状態となるはずだった。

 そこから何年も眠り続け、目覚めるのはちょうど、年齢的に高校一年生となる今頃、という運命だった。

 俺が正常にもとの運命軌道に戻れるかどうか心配だから、高校入学からしばらくのあいだ、人間としてそばにいて見届けたい、と。


 ジョンは呆れながらも、許可を与えることにした。

 ふたりの気持ちの純粋さは、ずっと観察していた中でよくわかっていたからだ。

 もちろん、以前にもあった条件はそのまま残されていた。

 すなわち、俺以外に正体を知られてはならず、居住地は俺にも知られてはならなかった。

 その条件のもと、うるるとエリカはクラスメイトとして、俺の前に戻ってきた。


 ふたりの様子は、ジョンが常時監視していた。

 うるるとエリカが、たまになにもない場所をじっと見つめたりしていたのは、そこにジョンが潜んでいたからだったらしい。


「それなのに、わたくしたちを追いかけて、ここまで来るなんてね……。なるべくバレないように、昔と違って少し離れた場所を住み処にしていたのに……」

「見つかっちゃったの~! 諦めて帰ってくれるように、いろいろと頑張ったのに、無駄になっちゃったの~!」


 ふたりは俺たちが尾行していることに気づいていた。

 だからまっすぐ帰らず、寄り道をしていた。遅くなったから今日は諦めよう、と思わせるために。


 公園でキスしていたのも、その一環だ。

 ふたりがそういう仲だと知ったら、邪魔をしては悪いと思って帰ってくれるに違いない、と考えたのだとか。

 ただ、どちらも上手くいかず、俺たちはこの丘までついてきてしまった。


 あとはもう、脅かして帰らせるしかない。

 木の枝にぶら下がっていた布切れは、その目的のためのものだった。

 やけに回りくどい方法を取っているように思えたが、直接的な干渉は認めらておらず、そうするしかなかったのだという。


「だからね、ダイナ……」


 やけに寂しげな口調で、エリカが告げる。


「これでお別れよ」


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