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陸とバーへ行った晩であった。日付をまたいだ1時過ぎに突然携帯がなった。
12時過ぎに海人に送ってもらい帰宅した美鈴はベットで本を読みながらうとうとしていた。着信の相手を見ると「相模」と出ている。美鈴は飛び起きると電話をとった。
「もしもし」
美鈴の声は緊張していた。少し間が空いてから相手の声が聞こえた。
『話しがある。出てこれるか』
低い落ち着いた声。
「どこにいるの?」
『お前のマンションの前だ』
「…分かった」
急いで着替えコートを羽織り外へ出ると外はひんやりとしていて寒い。もう冬も近いのだ。美鈴が住んでいるワンルームマンションの前にBMWが一台止まっていた。マンションの入り口で足を止めると運転席のドアが開き男が出て来た。スラリとした体つきでシャツにジャケットを羽織っており顔も服装もクールな男であった。
「朗…」
美鈴は、男の名を口にした。
相模朗。 俊が、組織に入ったばかりの時に知り合った殺し屋だ。まだ力も身体も安定していなかった俊が突然に美鈴へと変化してしまい助けてもらってからの縁で、美鈴と俊が同一人物であり特殊な能力を持っている事を知っている人物の一人だった。
「久し振りだな」
相模は、自分を真っ直ぐに見つめている美鈴に言った。
「そうだね…」
それだけ言うと相模の次の言葉を待った。相模が自分に連絡をしてくるときは、あまりよくない話を持ってくるときが殆どなのだ。
「お前、高野海人と知り合いのようだな」
予想外の言葉に美鈴の目が丸くなる。
「つくづくお前の人間関係には呆れるな。あいつがどんな人間か分かって付き合っているんだろうな」
相模の言葉に美鈴の表情が渋くなった。
「やくざの組長だとは聞いた」
「関東連合高野組のボスだ。そこらのやくざとは違う」
さすがに美鈴も言葉をなくしてしまった。関東連合といえば、その名の通り関東を取り仕切っている組であった。ここ数年の間、組を大きくしてきた事で警察からも警戒されている組だ。
「余計な揉め事に巻き込まれたくなかったら、ヤツとこれ以上関わりを持つなよ。
そして近づくな」
「揉め事って、何か起きるというの?」
美鈴の問いかけに相模はため息をついた。
「普通に考えても『やくざ』の組長に近づく事自体問題だと思うが?
それでなくとも、 お前は厄介ごとに首を突っ込むのが好きだからな。
…まあ、とにかくそういう事だ」
相模は、それだけ言うと背を向けると車に乗り込み行ってしまった。
車が走り去った先を見つめたまま美鈴は相模の登場理由を考えていた。
高野海人の事を知っているようであったが仕事で調べたのであろうか。相模の仕事は殺し屋だ。まさか海人の命を狙ってのことか…。
考えても分かる事ではなかった。
それより……
「人の心配より、自分の心配をしろか」
美鈴は、小さくため息をついてマンションの中へと入って行った。