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この手をつかみたくて  作者: えみっち
8/13

8

*** 注意 ***


未成年者の飲酒シーンが出てきます(お酒は、二十歳から)



 夜理と会った晩、陸から電話がかかって来た。裕助の家で約束した、海人が演奏しに来る日を教えてくれた。


『で、来週の金曜日に来るってさ。 空いてるなら行こう』

「ん…と、何時くらいから始まるの?」

『何回か弾くと思うけど、最初はだいたい8時頃かな』

「分かった。じゃあ、その前にお店に行けばいいかな」


美鈴の言葉に少し間が空いて返事が返ってくる。


『待ち合わせして行こうぜ。 今度は、遅れないよ』

「分かった。 じゃあ、この間の場所でいい?」

『OK! 7時半頃にしよう』

「了解。 じゃあ」


美鈴は、携帯を切りながら、いつの間にか陸ともすっかり友達になっている自分に笑ってしまった。




「美鈴、こっち」


陸は、待ち合わせの場所で手を上げた。大人っぽいモノトーンの服装で大学生ぐらいに見える。おまけに、周りの女の子達が振り返るくらい恰好が良い。美鈴はといえば、いつものパンツスタイルからさすがに今日はワンピースを着て来たのだ。とりあえずワンピースならどんな場所でも大丈夫だろうと迷っての選択であった。


「今日は、遅れなかったろ」


陸は、笑って美鈴の方へ歩いてきた。そんな陸の顔を見ると美鈴も笑顔になる。


「そうだね。 でも心配はしてなかったよ」


二人は並んで店へ向かって歩き出す。


「まあ、美鈴なら遅れても待っててくれそうだしね」


陸の言葉に、さすがに美鈴も今日は返す。


「そんな事ないよ。 今日、遅れてたら一人でお店に行ってたよ」

「へぇ…、そんな事したら海人に連れて行かれちまうぜ。 あいつ、女好きだから」


さすがに美鈴は渋い顔をする。 陸はそんな美鈴を見て笑った。


「海人さんは、私なんか相手にしないよ。周りに素敵な女性がたくさんいるんだろうし」


陸は、美鈴の顔を見る。


「もしかして、海人の事好きなの?」


陸の言葉に美鈴は笑って首を振った。


「そんな事ないよ。 ただ海人さんから見れば、私なんて子供に見えるんだろうなって思っただけ」

「ふーん」


陸は、また前を向く。


「そういえば今日の陸、大人っぽいね。 高校生には見えないよ」

「そりゃあ、店に行って飲むのにガキっぽい恰好なんてしないよ」

「…外でも飲むんだ」

「たばこも薬もやらないけど、飲むんだよ」


俊も未成年で飲酒をしていたので強くは言えなかったが、さすがに外で飲むという事はしなかった。


「また顔に出てるぜ。 口で言わなくても全部出るから分かりやすいよな」


陸の言葉に美鈴は、渋い顔をしてしまった。


「陸は、同い年の子ともお店に行ったりするの?」


ついつい余計な事だと思いつつも聞いてしまったが、陸は特に気にした様子もなく答えてくれた。


「店にはたまに一人で行くくらいだよ。俺、つるまないし。それに海人の店は女の客が多いんだよ。

ウェイターや海人目当てだったりしてさ。誘ってくる女もいるし」

「誘ってくるの?」

「まあね。 積極的にフェロモン出していたりとかさ」

「フェロモン…」


あまりにも自分とは縁遠い話しで、美鈴にとってはドラマか小説の世界のように感じられた。


「まあ、そういう客ばかりじゃないけどね」


陸の言葉に美鈴は、安心したように頷いた。


「そうだよね。 じゃないと私行けないよ。 正直、バーに飲みになんて行ったことないから、

 どんな格好して行ったらいいのか迷ったくらいだし」

「ああ、だからワンピース着て来たの? 美鈴、似合うよなそうゆうの。スタイルいいんだから、

 もっとスカートとかはけばいいのに」


美鈴は、驚いて陸を見た。


「裕助さんも言うだろう」

「ううん。そんな事言われたことないよ。 陸に初めて言われた」

「マジで? ジーンズはいてたって分かるぜっ、つーかジーンズの方が分かるのか」

「……」

「おちょくってないぜ」


美鈴が黙っているので、また怒っているのかと思ったらしく言う。


「うん。 ありがとう」

 

美鈴は何と答えたらいいのか分からず、何とかお礼だけ言った。

そんな美鈴を陸は、何か疑わしげに見た。


「もしかして美鈴、男と付き合ったことないの?」


陸の突然の言葉に思わず顔がひきつってしまい足が止まってしまった。


「何でそんな話になるの?」


だんだんと顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。


「いや、あんまりにも免疫ない反応ばかり返ってくるからさ。普通に思う事だろ」


確かに今まで同じ年ごろの男性と普通の恋愛をした記憶はなかった。心ときめくような思い出もないし、そんな乙女心が自分にあるのかも疑問であった。それ以前に、そんな余裕が自分にはなかったのかもしれない。普通に思うことなのかもしれないが陸の言葉はいつもストレートで戸惑う。何と答えたらよいのか迷い、つい冷たい言葉を返してしまった。


「じゃあ私、普通とは違うんだよ」


美鈴の言葉と表情に陸は黙った。美鈴も自分で言ったことに気まずく視線を下げた。


「行こう、演奏始まっちゃうし」


その場の空気を誤魔化すように言うと、美鈴は歩き出す。

その横を陸も歩き出したが言った。


「今、一線張ったろ」


美鈴は、足を止めて陸を真剣に見た。


「陸、私言えない事もある。 陸が思うように皆と違う所もあるかもしれない。

 その事で陸が嫌な思いをするなら会うのはもう止めよう」


陸は、美鈴をじっと見返しハッキリと言った。


「嫌だね」


美鈴は、驚いたまま陸を見つめた。


「俺は気に入ったヤツにはしつこいんだよ。もし美鈴が嫌なら、はっきりと言った方がいいよ」


陸は、そう言うと生意気そうな笑みを美鈴に向けると歩き出す。

美鈴は唖然として動けないでいた。 


「演奏始まっちまうよ」


陸が、振り返って言う。


「うん…」


美鈴は何かわからないまま陸を追った。




 二人が店に着いた時、店内は結構な賑わいをみせていた。入って来た二人を見つけると、マスターが直ぐに声を掛けてくれた。


「いらっしゃい。 来るって聞いてたからカウンター席を取っておいたよ」

「サンキュ。 兄キは、もう来てんの?」


陸は、マスターに頭を下げている美鈴に座るように促すと時計を見ながら聞いた。


「いや、まだ来てないよ。少し遅れるようなことを言ってたな」

「ふーん。 まあいいや。 何か飲みながら待ってようぜ」


陸は、周りを見回している美鈴に声を掛けた。


「うん、そうだね」

「俺、梅酒の日本酒割がいいや。美鈴は?」

「私はサワーをお願いします」


少し緊張した面持ちで注文する美鈴にマスターは笑顔で頷いた。


店の中は、お洒落なインテリアが多く思っていた通り女性客が多く明るい雰囲気であった。ウェイターもイケメン揃いで陸が言っていた事も頷けた。以前来た時には気が付かなかったグランドピアノも、今日は出番が待ち遠しいといった感じに照明を浴びている。


「今日は海人が来るから、特に女の客が多いんだよ」


美鈴の考えていることが分かってか、陸が教えてくれた。陸の前に置かれているグラスは、すでに半分以上空いている。


「いつもは、ここまで多くないんだ」

「まあ、それでも6,7割ってトコかな」

「へぇ…。 皆、こういう所で飲んでいるんだね」


美鈴のつぶやきに陸は笑う。


「美鈴ぐらいだよ。 裕助さんみたいな人と一緒に飲んでいるヤツは」

「そうかもしれないけど、気を使わないし楽じゃない」


陸は、再び笑うとグラスを空けた。

その時、店内に黄色い声が上がった。海人が奥から出てきたのだ。一言二言、マスターに声を掛けるとカウンター席にいる二人に気が付いて歩いてくる。


「やあ、久し振りだね。 来てくれて嬉しいよ」


海人の大人の魅力一杯の笑みに、美鈴は気恥ずかしくなり赤くなった。


「あ…はい。 お久しぶりです」


海人は、美鈴のそんな様子に微笑んでから横で不機嫌そうにしている陸を見た。


「彼女を困らせていないよな、陸」

「してねぇよ。 それより早く行けば? 皆、待ってるぜ」


陸は、嫌な顔で兄に言う。 海人は、ため息をつくとマスターを見た。

マスターは、小さく笑っただけだった。


「冷たいヤツだな、ったく」


そう言うと二人から離れてピアノの方へと行く。女性たちは、海人を目で追い嬉しそうに演奏を待っている。海人が、椅子に腰を下ろすと店内は静かになった。照明が落とされピアノが照らしだされる。海人は、小さく深呼吸をすると鍵盤に手をおいた。美鈴には、何の曲であるのか分からなかったが、静かだが熱い思いが伝わってくる曲であった。BGMとしてではなく客の誰もが言葉を止めて静かに聞き入っていた。陸も演奏中はしゃべる事もなかったがポツリと一言だけ言った。


「兄キ、本当はピアニストになりたかったんだよ」


それだけ言うと、陸は黙ってグラスを傾ける。

両親が二人とも亡くなり幼い弟がいた海人には、職業を選ぶという選択肢はなかったのかもしれない。

それを陸は幼いながらも見て知っていたのだろう。


「夢は叶えられなかったとしても、今は素敵なピアニストだと思うな」


美鈴の言葉に陸は黙って頷いた。


海人の演奏は10分程で終わった。客の女性たちは熱い思いを込めた拍手を送り、海人が席の横を通ると呼び止めては話を楽しんでいた。海人もにこやかに女性と話をしている。そんな姿を見ていると海人がやくざの組長だということを忘れてしまいそうでになる。女性たちは、海人との会話を楽しみ甘い恋の夢を見ている。海人は、ピアノと客に囲まれ静かな情熱を持ったピアニストにと変る。なにか夢のような空間であった。


「美鈴」


陸の声にハッとして美鈴は前を向いた。


「どうしたの?ぼーっとして」

「ううん。何でもない」


店の中の照明はいつの間にか明るくなっており演奏前の騒めきが戻っていた。海人はまだ店の中で女性客と話をしていた。美鈴が海人を見ている事に気が付くと陸は海人をちらりと見てから言った。


「そういやぁ、兄キが帰り車で送るってさ」


陸の言葉に美鈴は慌てて首を振った。


「いいよ。電車がある時間までに帰ればいいんだし海人さん忙しいから」


美鈴の言葉に陸は笑う。


「海人は、送りたいんだよ」


陸の言葉に美鈴は複雑な顔をした。


「私には、そんな女性扱いしてくれなくてもいいんだけどな。何だか気恥ずかしいし」


思わず出てしまった言葉に、陸はおかしそうに笑った。


「美鈴って、見かけによらず女って意識薄いよな。普通そういうのって喜ぶんじゃないの? 

 スポーツカーで送ってくれるんだぜ」

「へえ…すごいね。似合いそう」

「そこに、食いつくんだ」


陸はあきれ顔で笑う。

そんな陸を横目で見ながら美鈴は尋ねた。


「何だかんだ私のこと言うけど、陸だってよく分からないよね。 

 店来る前にも私の事気に入ったヤツって言ってたけど、何を気に入ったの?」


陸は、笑いを止めると急に話を変えた美鈴を見る。


「色々だけど、俺に気に入られるのそんな不思議なの?前も聞いてたよね」

「う…ん、正直不思議だから」


真剣に答える美鈴に陸は、再び笑いだす。美鈴といえば訳分からず顔を渋くさせている。

そんな二人を海人は微笑ましく見ていた。

 

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