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この手をつかみたくて  作者: えみっち
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朝舞怜から連絡があったのは、それから数日後であった。

美鈴は、もう二度と来ることはないと思っていた世界情報機構・WIへと来ていた。特殊な機関の為、一般人の入場は出来ないのだが、今日は美鈴の上司であった部長の計らいもあり特別に入る事が出来た。正確に言うと加納俊の上司であった。


このWIに所属していたのは、加納俊であった。

美鈴は、15歳の時に突然の体の変異によって特殊な能力を持つようになった。最初の頃は、不安定な力で自由に使えることもなかったのだが、徐々にと安定していき使いこなせるようにとなったのだが、美鈴の体に起こった変異はそれだけではなかった。力の発現とともに、体も変異して男の体にと変わってしまったのだ。この変化も、最初の頃はどうすることもできなかったのだが、力の安定とともに自分の意思で自由に元の女の美鈴の姿にと戻ることもできるようになった。しかし、不思議な事に能力が使えるのは、男の体の時、加納俊の時だけであった。このよなこともあり、美鈴は家を出てWIの研究開発部長であった加納正造博士のもとに養子という形でWIに入って来たのだった。加納俊と早瀬美鈴が同一人物であるということは、俊が所属していた部署だけしか知らされていなかった。俊は、ここに来てから20歳で離れるまで、世間では表立って公表されることのない特殊な仕事をして来たのだ。



 俊が所属していた特殊能力情報部のチーフであった桐生翔に連れられてきたのは10畳ほどの広さの倉庫であった。怜は、ここに着いてから急な仕事が入り、代わりに桐生が案内してくれた。


「怜から相談を受けて、丁度いい機会だと思ってな」


桐生は、幾つも並んでいる棚のひとつから段ボール箱を取り出すと床に下ろした。中には洋書や筆記用具などの細々としたものが入っていた。


「ほとんどの物が回収されてしまって残っている物はこれだけなんだが、美鈴に見てもらいたくてとって おいたんだよ」


桐生が取り出した段ボールの中身は、加納博士の遺品であった。


博士が、亡くなったのは2年前の事であった。

博士と俊は養父と養子の間柄であったが、一緒に生活を送るなどの親子らしい事はなかった。俊は未成年者専用の寮で生活を送っていたし、博士とは仕事の部署も建物も違いほとんど会うことはなかった。しかし、会えばいつも穏やかな表情で話しかけてくれた。最初の頃は、俊も自分の置かれた環境や境遇についていけず反発していたのだが、ずっと自分を見守ってくれていた博士に少しずつ心を開くことができるようになったのだった。


そんな博士の死を知らされたのは、突然の事であった。

いつも通り仕事を終えて、自分の部署に戻ってきた時に告げられた。死因は不明とされていたが、組織と何らかの関係があることは俊にも分かった。しかし、知ることもその遺体に会うことさえも叶わなかった。いなくなってしまったという実感は、何もなかった。


博士が亡くなって二年、WIを離れて一年半が経ち、今やっと事実として受け止められるように感じた。段ボールの中身の持ち主は、もういないのだ。


「俺は行かないといけないんで、藤原に後で来させるよ」

「うん、分かった」


美鈴は、桐生が倉庫から出ていくのを見送った。まさかこういう形で夜理と会うことになるとは思わなかったが、本当にいい機会だったのかもしれない。博士の事は、自分の中で考えないようにと奥底に閉まっていたのだ。


箱の中の物をみつめたまま、美鈴は走馬灯のように駆け抜けていく思い出に浸っていた。


「早瀬さん…」


突然の声に美鈴は、ハッとして振り返った。そこには、藤原夜理が立っていた。


「あ…夜理ちゃん」

「すみません。 驚かせてしまって。どうですか? 終わりましたか?」


夜理は、丁寧な言葉使いで尋ねてきた。まだ18歳であるのだが大人っぽい顔立ちをしており、色も白く黒い長い髪は綺麗であった。


「あ…ごめんなさい。 まだ、何もしてない…かな」


美鈴は、立ち上がり夜理の方を見ると小さく笑った。

美鈴の何か寂しそうな笑みに、夜理は困った顔をした。


「もう少し後で来ましょうか?」


気遣いをする夜理に美鈴は慌てて首を振った。


「あ…大丈夫。 すぐに終わらせるから。 それとも、何か用事があった?」

「いえ…。 怜さんから、手伝いをしてくるように言われたんです」

「そっか、じゃあよかったら一緒に見てくれると助かるかな。実は、一人だと何か触ることができなくて 困っていたから」


美鈴が苦笑いして言うと、夜理は頷いて美鈴の横へと来てくれた。


「私でよかったらお手伝いします」


夜理の言葉に美鈴は優しい笑みを浮かべた。


「ありがとう。 お願いします」

「…いえ」


照れたように夜理は頷いた。


二人は並んで中の物をひとつずつ出していく。段ボール箱に入っていた本のほとんどは専門書らしく、何が書かれているのかまったく分からなかった。夜理も一冊ずつ見てくれたのだが、夜理にも分からないらしかった。


「私、加納博士に会ったのは一・二度だけだったんですがとても優しい方でした」


片づけをしていた手を止めて夜理はポツリと話してくれた。


「加納さんの事も言ってて…」

「…俊のこと?」

「はい。 とても優しい子だから私と仲良くなれるよって、言ってくれたんです」


夜理の言葉は、不意打ちで思わず涙が溢れてくる。

美鈴は、慌ててハンカチを取り出すと目元をぬぐった。


「博士が言うように、加納さんも早瀬さんも優しい人なのに、ここに入った頃の私は すごくひねくれて て皆に迷惑ばかりかけてしまって、本当にすみませんでした」


夜理の言葉に美鈴は首を振った。


「そんな事ないよ。私だってここに来た時は自分の事で一杯一杯だったから、人の事考える余裕なんて  まったくなかったし怜や翔にとても迷惑かけたと思うよ。 それより、博士が言うように仲良くなれた らいいなって思ってる。それから私の事、美鈴でいいよ。俊の事は、俊でいいし」

「……」


夜理は、何も言ってくれない。勢いで言ってしまったのだが、慣れ慣れしかったのだろうか。

沈黙が恥ずかしくなり美鈴は頬をかく。


「あ…、夜理ちゃんがよかったらだけど」


「私…」


夜理は、視線を下げたまま言う。頬をかく手を止めて美鈴は夜理を見た。


「私、友達が一人もいないような人間なんです。いいんですか?

 親さえも私の事疎ましく思って捨てたのに」


特殊な能力を持っている人間は、少なからず心に傷を負っていた。人は自分と違うものをなかなか受け入れることができない。美鈴も自分で自分を傷つけていた一人であった。同じ能力者だからではなく傷の舐めあいでもなく純粋に思ったのだ。


「私は、夜理ちゃんと友達になりたいんだ。それだけじゃ、駄目かな」


夜理は下を向いたまま唇をかんでいた。


「どうかな」


美鈴の言葉に、夜理は小さく頷いた。


「よかった! じゃあ、これからよろしくね」


美鈴の嬉しそうな言葉に再び小さく頷いた。

その時、夜理が持っていた本が落ち中から小さな紙が舞った。夜理はその紙を拾い上げてから、美鈴の方を慌てて見た。


「早せっ…」


夜理は、そこまで言ってから言葉を止めた。


「…美鈴さん、これ」


夜理は、そう言うと美鈴に紙を渡した。

それは、写真であった。古い色褪せた写真。お人形を抱きしめて嬉しそうに笑っている女の子。

それは、自分だ。 裏には、手書きの文字で『美鈴、二歳』と書かれてあった。色褪せた写真。でも博士の思いは色褪せたりなんかしない。


「加納博士は、優しい人ですね。 いつも美鈴さんたちの事思っていてくれて…」


夜理の言葉に美鈴は頷いた。


「うん、とても優しい人なんだ。

今も、きっと夜理ちゃんと友達になれるように助けてくれたんだね」


美鈴の笑顔を見て、夜理も美鈴に笑ってくれたのだった。

大輪のゆりの花だと思った。



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