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この手をつかみたくて  作者: えみっち
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 翌日の昼過ぎ、陸から美鈴にメールがきた。仕事が終わってから会わないかとの誘いであった。特に用事もなかったのでOKの返事をすると陸からすぐに返信が来て新宿の駅前で会うことになった。


仕事を終えた後、美鈴は早めに駅へと向かった。待ち合わせの時間は7時。

約束の10分前には着いたので陸はまだ来ていなかった。駅前には、美鈴の他に待ち合わせをしている人達が何人も立っていた。暫くすると待ち合わせの相手が来て、一人二人と去っていく。そしてまた新たに人が来て立つ。そんな繰り返しを見ながら待っていたのだが、いい加減美鈴はため息をついてしまった。

時刻はあれから30分以上過ぎていたのだが陸はまだやって来ない。そして、連絡も何もなかった。


「もしかして一人? よかったら一緒に飲みに行かない?」


突然の声に美鈴が驚いて振り返ると二人組の学生らしい男性がそこに立っていた。


「カラオケでもいいし、どう?」


美鈴は、首を振った。


「ごめんなさい。いいです」

「そう?」


二人組の男性は、残念そうに行ってしまったが、何か居心地が悪くて場所を少し変えた。そして、陸の携帯に電話をかけたのだが繋がらなかった。メールをしても返事も返ってこないのだ。


(参ったな。すっぽかされたのかな…)


さすがにネガティブな考えが浮かんでしまう。携帯にもう一度電話をかけたのだが、やはり繋がらなかった。美鈴は、ため息をつくともう少しだけ待つことにした。


しかし、暫くしてやって来たのは先程の二人組の男性であった。


「ねぇ、君。もしかして彼氏待っているの? ずっと待たされているんじゃないの?」


心配そうに美鈴の顔を覗き込みながら大きな声で尋ねてくる。実際にそうだったとしてもそんな事を大きな声で言って欲しくもなかったし、大きなお世話であった。しかしすぐに、この二人は酒が入っていることに気が付いた。


「友達を待っているだけなので大丈夫です」

「どれくらいで来るの?」


男性の質問に困惑しながらも適当に誤魔化して答えたのだが、二人は美鈴の前から去ろうとはしない。


「じゃあさ、もし相手の都合悪くなって時間が空いたら遊ぼうよ。

 たぶん俺らこの辺で遊んでいると思うから連絡してくれれば迎えに行くよ」

「え…?」


男性は、戸惑う美鈴に自分の携帯番号を書いた紙を渡そうとしたが美鈴は慌てて断った。


「いいです」

「もらってくれるだけでいいから」


男性は、酒の勢いでかしつこく紙を目の前に差し出してきた。迷惑を通り越して何か怖くなり後ずさりしたときだった。美鈴の後ろから突然手が伸びてきて紙を掴んだ。


「そりゃ、どうも」


美鈴が、驚いて振り返るとそこには陸がいた。

陸は、男性を睨みつけると美鈴の腕をつかんだ。


「行こう」


そう言うと大股で歩きだしたのだ。

美鈴は引っ張られるようにして陸の少し後を小走りで歩く。暫くして陸は足を止めた。


「遅くなって、ごめん」


陸は、美鈴をちらりとだけ見ると違う方向をむいてしまった。

不機嫌らしく何か美鈴の方が悪いことをしたような気分であったし気まずかった。


「…私の方こそ…ありがとう。

 でも、何かあったの? 携帯も繋がらなかった」


陸は、渋い顔した。


「兼松に捕まってた。おまけに携帯、兄キにぶっ壊された」


「… … …」


美鈴は、どう答えてよいのか分からなかった。兄弟喧嘩をしたのであろうか。

そして、兼松とは一体誰だろう。


「帰っちまってるかと思たよ」

「帰っちまおうかと思ったよ」


美鈴も大人げなく少し口を尖らして言った。


「だよな。俺なら帰っちまってたもんな」


陸は、ため息をつくとポケットに手を突っ込む。


「何か食おうぜ。腹減った」

「…食べるのはいいんだけど、出てきて大丈夫だったの?

 明日だって、学校があるんじゃないの?」


時計を見ながら心配そうに言う美鈴の言葉に陸はため息をつき前を向いた。


「別に大丈夫だよ。学校、行ってないし」

「え…」

「美鈴が気にする事じゃないよ、行こうぜ」


再び陸は歩き出した。


正直、陸にはどう接したらいいのか分からず戸惑ってしまう。確かに美鈴が気にすることはないのだが、何かほっとけなくて気になるのだ。外見は大人なのだが時々見せる子供っぽいところや態度を見ていると自分を守っているようにも自分を主張しているようにも感じられた。

美鈴は、小さくため息をつくと一緒に歩き出した。


 二人は、ファミリーレストランで食事をしたのだが、陸は何も話さないので居づらく食事を終えると早々に店から出て来た。どこへ行くでもなく駅に向かう途中、黙っていた陸が突然に言った。


「そういえば、俺が来たとき男にからまれていただろう」


陸の言葉に、美鈴の表情が曇る。


「あーいうのって相手するとしつこくしてくんだよ。無視すりゃ来ないよ」


陸の言葉に美鈴は「うん」と唸っただけで何も言えなかった。分かっていた事なのだが、はっきりと他人に指摘されるとやはり凹んでしまう。美鈴の様子を見ていた陸が、横で小さく笑った。


「すぐに顔にでるのな」


美鈴は自分の顔が赤くなっていくのが分かった。


「だから男が構いたくなるんだよ。

 俺が知っている年上の女って、お姉さんぶってるヤツが多いけど美鈴は違うよな。

 まあ、見た目から違うけど」


陸の言葉は、正直へこたれてしまいそうであった。ここで陸の言うような大人の女性の対応が出来たら、スルーできたのかもしれないが、そんな大人ではなかった。


「そういやあ携帯のアドレス、もう一度教えてくれる?データーは無事だと思うんだけど分かんないから さ…」


そこまで言ってから陸は言葉を止めた。

美鈴の目には、いつの間にか涙がたまっていた。

美鈴は陸が自分を見ている事に気が付くと慌てて顔を背けたが、陸は口をへの字にすると小さくため息をつき美鈴の腕を引く。


「ちょっと来て」


そう言うと、近くのベンチへ行き手を離すと陸は座った。そして、立ったままでいる美鈴を見上げた。仕方なく美鈴も横に座った。陸は、前を向いたまましばらく黙っていた。


「…あのさ、こないだ言ったと思うけど俺言いたいこと言っちまうんだよ。

 傷つけたなら …謝る」


陸は、前を向いたまま言葉を続けた。


「あと、遅れたのは出掛けに兄キと喧嘩しちまって…キレた兄キに携帯壊されたんだよ。

 マジ焦ってさ」


美鈴は、陸の方を向いた。陸は前を向いたままだった。


「まあ、確かに学校にも行ってないし、何もしてないから兄キから見れば腹立つよな。

 だけどタイミング悪すぎだって」


陸は、足を組むとベンチに寄り掛かった。そんな陸の言葉に美鈴の気持ちも落ち着いてきた。やはりきちんと言ってくれなければ理由も相手の考えている事も分からない。


「…学校で何かあったの?」


聞いていいものかちょっとためらったが尋ねてみた。

陸は美鈴を見て、それから再び前を向いた。


「別に、何も」


視線が少し下がる。


「何もないから、行ってもつまらないんだよ」


言葉の(から何か他に理由があるような気がした。


「…勉強以外に何かやりたいことはないの?」

「さあ…」


陸の言葉に美鈴は小さく唸った。


「じゃあ今は足を止めて休憩中ってトコなのかな」


美鈴の言葉に陸は笑った。

 

「そんな可愛いもんじゃないだろう。他のヤツから見ればただのサボりだよ。

 順応力がないってとこかもね」


冷めたように陸は言う。


「でもそれは他の人の意見であって陸の理由じゃないんでしょ」

「少なからず間違ってはいないよ」


美鈴は言葉を止めて陸を見る。陸は前を向いたままだったが、ぽつりと言う。


「美鈴は学校に行った方がいいとか言わないんだな」

「いいのかなんて分からないよ。実際に陸は「いい」とは思わなかったから行かなくなったんでしょ」


陸は鼻で笑うと「まあね」と言った。


「今はちょっと休んで、その後ちゃんと考えたらいいんじゃないかな。高校だって 単位制の学校で単位 とる方法もあるみたいだし、道はいろいろあるんじゃないかな」

「……」

「選ぶのは陸だし、陸の人生だから」


陸は、美鈴を見つめた。


「なんか重い事言ってくれるな」

「そっか。余計な事言ってごめん」

 

しかし、美鈴の言葉を気にした様子はなかった。


「美鈴って前会った時も思ったんだけど、子供っぽい面とまた全然違った面を持っていて面白いな」

「そう?」


思ってもいない事を言われて何やら顔が赤くなる。

陸は小さく笑ったのだが、ふとまた表情が戻ると尋ねてきたのだった。


「そういやあ、佐波って人に、俺たちにもう会うなとか言われなかった?」


陸の言葉に美鈴は疑問に思ったが、すぐにその理由に思い当った。美鈴が答える前に陸が続ける。


「俺んち『やくざ』だからさ。

 この間は、言わなかったけど兄キが組長してんだよ。店でいかにもって奴等連れてたろ」

「…そうだね」


短い美鈴の返事に陸は美鈴を見る。


「もしかして、聞いてた?」

「裕助から聞いてはいないけど、そんな感じかもしれないとは思ったよ」

「そっか…」


陸は小さく頷いただけだったがそんな陸を見ていて、ふと反対に陸の言葉が気になった。


「…もしかして陸のほうがお兄さんに会うなって言われたの?」


美鈴の問いに少し間が置かれたが、陸は「いや」と首を振った。もしかすると、その事が原因で兄と喧嘩をしたのではないだろうか。尋ねようかと口にしかけた時ふと人の視線を感じて美鈴は振り返った。しかし、誰も自分たちを見ている者はいなかった。


「どうしたの?」

「…ううん」


美鈴は視線を戻すと陸を見た。


「陸、私そろそろ帰らないといけないんだ」

「まだ9時半だろう。 何?門限でもあるの?」


陸の言葉に美鈴は、苦笑いしてしまった。


「門限ではないんだけど、行かないといけない所が出来てしまって」

「今日じゃないと、駄目なの?」

「できれば、今日がいいかな」


美鈴の言葉に陸は頷いた。


「分かった、じゃあ駅まで俺も行く」


陸は立ち上がると美鈴を見た。


「ありがとう」


小さく頷くと美鈴が立ち上がるのを待って陸は歩き出す。


「そういえば、陸の両親は一緒に住んでいるの?」


美鈴は、気になっていた事を聞いてみた。

陸の話の中で兄は度々出てくるのだが、両親の話しは出てこないので気になっていたのだ。


「いないよ」

「え……?」


サラリと言った言葉に美鈴は陸を見た。


「二人とも死んでいない。兄キと二人。っても組のヤツらが家にはいるけどね」 

「そうなんだ…」


それ以上言葉が出てこなかった。

陸と海人は、13歳離れていると言っていたが、若くして海人は父親の跡を継いだのであろうか。色々考えていると陸は、美鈴の方に話をふってきた。


「美鈴は、姉妹いんの?」

「あ…、兄がいる」


美鈴は戸惑いながら答える。


「家族で住んでるの?」

「ううん。兄と」


普通の質問なのだが、美鈴には答えずらかった。 


「へぇ…、兄キうるさくない?」

「そんな事ないよ」


陸は、あまりしゃべろうとしない美鈴を訝しげな顔で見た。


「そういえば佐波さんの事保護者って言ってたし何か訳ありなの?」

「うんまあ、そんな所」


陸はうなずくとそれ以上は聞いてこなかったので美鈴はホッとした。

その後、たわいのない話をしているうちに駅に着いた。


「陸、ありがとう。じゃあ」


お礼を言って足早に改札の方へ行こうとする美鈴を陸は止めた。


「アドレス、教えてもらってない」

「あ…番号」


美鈴は鞄の中からメモ用紙を出すと書きはじめた。横で陸がぼそぼそと言う。


「なあ。俺、また連絡するぜ」

「え…?」


陸の言った意味が分からず、美鈴は陸を見た。


「俺、あんま他人に興味ないんだよ。人に合わせるの苦手だしさ。女、泣かせても怒らせても何とも思わ ないし面倒くさいと思っちまうんだよ」

「でも、陸いつも謝ってくれてたよ」

「だよな。…それに家の事他のヤツに自分から話すのも初めてだったし正直、自分でも驚いている」


美鈴は素直に自分の気持ちを話してくれる陸に何か嬉しくなってきた。


「ありがとう。それは光栄なことだね」


美鈴が笑って言うのを見て、陸は照れたようだった。


「何か美鈴といると調子が狂う」

「ははは。それは私も同じ。陸は、今まで接したことのないタイプだから」


美鈴の言葉に陸は小さく口元だけで笑う。


「たぶん美鈴の周りは、優しいヤツが多いんだろうな」


確かに陸の言う通りで美鈴の知り合いには、心配してくれたり世話を焼いてくれる優しい人間が多かった。


「どうしてそう思うの?」

「美鈴を見てりゃあ分かるよ」

「そう?」


陸の言葉に、美鈴は分からない顔をした。

陸は美鈴の手からアドレスを書いた紙を取った。


「んじゃ」


陸は、紙を軽く持ち上げるとさっさと行ってしまった。


(何だか、とても振り回されているような気がする…)


美鈴は、肩をすくめると改札口へと歩き出した。


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