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「海人の弟か…。
そういえば、いるような事を聞いたかもしれない」
美鈴は、佐波裕助の家にいた。昨日のお詫びと報告がてらお土産を持って遊びに来ていたのだ。裕助の家は、純和風の平屋建ての自宅と今はほとんど使われていない武道場があった。敷地内には多くの木々が植えられており小動物たちの癒しの空間となっていた。自宅の造りは全体的にモダンで、板の間のリビングには大きな窓がありそこから差し込む木漏れ日は心地よかった。そんな居心地のよいリビングで二人はソファに腰を掛け昨日の出来事を話していたのだ。
「背が高くて大人っぽい雰囲気の子だったよ。何でもはっきり言ってくれるから、私的にはちょっと参 ったかな。まあでも自分が悪いと思ったことはちゃんと謝ってくれた」
膝をかかえながら美鈴は昨日の事を思い出しながら苦笑いしてしまった。
「へぇ…。美鈴さんが弱気になる相手なんて珍しいな」
裕助は、笑いながら言った。裕助が笑うと、目じりに皺ができて人懐っこい
表情になる。見ている者もついつい笑顔になってしまう。
「まあ、初対面で店に連れて行ってしまうぐらいだから結構強引な所もあるのかな?
美鈴さんも押しに弱いからな」
「それは、言わないで欲しいな…」
裕助の言葉に美鈴はめげる。そんな美鈴をみて裕助は笑ってそれ以上は何も言わなかった。何も言わないといえば、裕助は高野海人の事をどんな人物であるか何も言わなかった。聞けば答えてくれるとは分かっていたが美鈴もあえて聞くことはしなかった。裕助の仕事関係には立ち入らないでいた。
「そういえば最近、怜や夜理ちゃんに会った?」
美鈴は、突然に話を変えた。
裕助は少し間を置いてから首を振る。
「いや、『WI』にも行ってないし会ってないよ」
WIとは『世界情報機構』という秘密組織の事であった。美鈴は、その組織に5年ほど所属していたのだ。美鈴のいた部署は、特殊能力を持つ人間が集められた所で、世間には表だって公表されないような裏の仕事をしていた。裕助は『WI』からの依頼も時々受けており、その時に美鈴と出会ったのだ。怜は美鈴と同じ部署の先輩で、夜理は後輩であった。
「どうした? 急に」
「ううん。元気かなって思っただけ。
辞めて1年半経っただけなのに、何だか遠い昔のように思えて…」
裕助は小さく笑った。
「平和すぎてかえって落ち着かないか?」
「そんな事ないよ」
美鈴も小さく笑った。
「分かっているとは思うが…」
美鈴は、裕助の言葉を途中で止めた。
「分かっている。もう『WI』と関わりをもたないし能力も極力使わない」
裕助は、うなずく。
それから立ち上がると、表情が暗くなってしまった美鈴の頭を軽くなでた。
「飯、食っていくんだろう。 手伝ってくれないか」
穏やかな笑みを向けられ、美鈴も小さく笑うと頷いた。