13
俊が裕助の家に行ったのは、次の日の夜だった。
10時も過ぎた頃、俊は一升瓶を持って裕助の家へと訪れた。
「ちぃわ。酒飲みに来たよ」
俊はそれだけ言うといつも通りリビングへと入って行く。丁度リビングには陸がいて俊を見ると気まずそうに小さく頭を下げて部屋から出て行こうとした。
「陸。 俊だよ」
裕助は陸を呼び止めた。裕助の言葉に陸は足を止めると再び俊を見た。少し疲れた表情をしていたが変わった様子はなかった。俊に向けられた視線は美鈴に向けられるものとは違い鋭く表情は少し固かった。
「加納俊だよ。前に一度会ったね」
俊は真っ直ぐに陸を見つめて穏やかな調子で言った。
「美鈴の…お兄さんですよね」
俊は頷いた。
「よろしく」
俊が笑うと優しい空気が辺りに広がるようであった。陸はそんな俊に見とれていたが、ハッと我に返ると視線を下げた。
「美鈴…元気にしてますか?」
「うん、元気だよ」
俊の言葉は、何か陸をホッとさせた。ただそれだけの言葉なのにいつものおっとりとした美鈴が想像できた。陸の表情が少し緩まるのを見て俊は穏やかな調子で尋ねた。
「今日は、裕助と飲もうと思ってきたんだけど、陸くんも一緒にどう?」
俊はリビングの机の上に一升瓶を置きながら裕助を見た。
「酒しかないけど」
「一応あるだろうが」
裕助は、笑いながらグラスを出すとソファに座ろうとしている俊から陸を見た。
「陸も座れよ。気を遣う事ないよ」
裕助の言葉に流されるように陸は頷いた。
「俊さんって、ホント感じのいい人だね」
襲撃事件以来、久し振りに陸と美鈴は会って食事をしていたのだが、陸の口から出てくる話といえば俊の事ばかりで正直、美鈴も驚いてしまった。
「そういやぁ、裕助さんと親友って聞いたとき、歳もタイプも違うから何かピンとこなかったんだけど話 してて、つーか飲んでて分かった。2人ともスゴイ酒飲みなのな。飲んでも顔色まったく変わらないし笑っ ちゃったよ」
その後も、俊は何度か裕助の家に飲みに行っていたのだ。
楽しそうに二人の話をしていた陸だが、最後に珍しく自分の話をしだした。
「そういや、今通信で高校課程やってるんだ」
陸の言葉に美鈴は自分の事のように嬉しくなり目を輝かせた。
「本当っ? そしたら大学受けるの?」
陸は苦笑いした。
「いや、勉強はいいよ。やるなら違う事みつける。車の免許も取りたいけど取るにはまだ 一年あるしバイトしながら考えるつもり」
「そっか」
裕助の家に居候して暫く経つが、陸がアルバイトを始めたのは知っていた。 裕助からも家の事も器用にこなしてくれて助かると話を聞いていたのだ。
海人とはまだ会う事はないらしいが、兼松とは何度か会っている話を裕助には聞いていた。
気持ちも少しずつ落ち着いてきて色々な事が考えられるようになってきている事に安心した。
「出よっか」
陸は立ち上がった。
「駅のイルミネーションきれいだから、ちょっと見て行かない?」
「うん、いいよ」
美鈴の返事を聞くと陸は伝票を持ち先にレジで勘定を済ませてしまった。店を出てから自分の会計分を陸に渡そうとする美鈴に陸は首を振った。
「いいよ。おごる」
「嬉しいけど、またの時でいいよ。バイト代まだ入ってないんでしょ?
入った時には美味しい物ご馳走になるから」
美鈴の言葉に陸は顔を渋くした。
「前は美鈴がおごってくれたじゃん。
俺がいいって言ってんだし素直にお礼言ってくれた方が嬉しいと思わない?」
「う…ん、そうだけど、お姉さん的にはな…」
ぼやく美鈴に陸は可笑しそうに笑ったが、その言葉を無視して歩き出す。美鈴も仕方なく財布にお金をしまいながら後を追った。
陸は美鈴といると気を張る必要もなく素の自分でいられるので気が楽であった。今まで他人から期待されたり、求められることで鬱陶しく感じることもあったが美鈴にはそんな感情も起きなかった。 それは美鈴が考えを押し付けてくるような事をしない事もあったが素直に陸の事を分かろうとして、気にかけていることが態度や話し方で分かったからだ。
それは、裕助や俊からも感じることであったが二人にはまだ陸自身が気を使っていたのだ。
駅に着くと派手すぎない明かりが、駅の周りを縁取っており街路樹も静かな輝きを灯していた。
自分達の他にもイルミネーションを見に来ているカップル達がおり、楽しそうに会話をしている。陸の横に立っている美鈴も嬉しそうに笑みを浮かべて辺りを見ていた。ふと陸は自分達がどんな風に見えるのか気になった。他人から見ると自分達もカップルに見えるのだろうか。それとも友達?そう考えると今イルミネーションを見ているカップルもただの友人なのかもしれない。そんな考えをしていると、男性が女性に何か言い女性の手を取ると自分のポケットに入れた。女性の少し恥ずかしそうな、しかし嬉しそうな笑顔が見えた。
(やっぱ、カップルか)
陸は視線を隣に戻した時、体を縮こませて寒そうにしている美鈴に気が付いた。
今日は確かに寒かった。じっとしていると芯から凍えてしまいそうである。
「帰ろうか」
美鈴は陸の方を向いた。
「もういいの?」
伺うように自分の顔を覗き込む美鈴に陸は笑った。
「だって寒そうだぜ」
陸の言葉にさすがにばつが悪そうに頷いた。
「うん、まあ、確かに今日は寒い…」
「別に無理しなくていいよ。見たければまた来ればいいし」
美鈴は頷くと笑った。
「そうだね。ありがとう」
陸の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
美鈴の言葉はいつも不思議と素直に心に入ってくる。そして癒してくれた。
歩き出す二人。
ふと陸は、寒そうにコートの中に引っ込めている美鈴の手を掴んでいた。
思っていた以上に美鈴の手は冷たくて小さい。美鈴は、驚いたように陸の顔を見上げた。
「あ…、寒そうだったから」
何か間の抜けたセリフが陸の口から出てきてしまった。
美鈴は、嫌がるでもなく驚くでもなく笑ったのだった。
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
するりと陸の手から小さな手が抜けていく。陸は「そう」と短く返事を返すとポケットに手を突っ込んだ。自分の手から抜けていった手の寂しさを誤魔化すように。
淡々とした語りのお話になってしまいました。
きっと読んでいてわかったと思いますが、本編は別にありこのお話は陸と美鈴の出会いと二人の周りの人たちの説明の為に後から作ったお話です。
本編は、美鈴と俊が主人公で情報部員をしていた時のお話がほとんどだったのですが、途中から登場してきた「高野陸」という少年に私が惚れ込んでしまい陸をメインキャラクターとしてその後、何話もお話を書いてしまいました。それを載せたくてのこの「話」だったのですが、話の進め方が難しくて反省点ばかりです。次回のお話で少しでも魅力がアップできれば嬉しいです。
ありがとうございました。




