11
裕助が海人に連絡を入れたのは、12時も過ぎる頃だった。
『今日は、美鈴ちゃんに迷惑をかけてすまなかったな。
彼女は今、お前の所にいるんだろう。どうしてる?』
海人は心配そうに尋ねてきた。
「ああ。帰って来てから微熱があったんで、薬を飲ませて寝かせた」
『そうか』
「それより、まさか陸の方に来るとは予想外だったみたいだな」
裕助の言葉に、海人の声は低くなる。
『ああ。そうだな。
だがそれ以前に、襲撃してくるとは思っていなかったんで油断していたよ。坂口組も最近になって規模 も縮小して大人しくしていたんで潰すまではしなかったんだが、完全に叩いておくべきだった。本当に すまなかった』
「確かにお前らしくない判断だったな」
『…返す言葉がないな』
海人の言葉に裕助はそれ以上は言わなかった。
「…それより、陸はどうしている? かなりショックを受けていたみたいだが」
海人の苦笑いが受話器口から聞こえた。
『そうだな。自分自身に怒っているってトコかな。美鈴ちゃんのことを随分と好意的に思っているみたい だし、守ってやることも出来なかったからな』
「そうか…」
確かにそんな様子であった。
『しかし、お前の知り合いってだけに普通の子とは違うと思っていたが、兼松も驚いていたぞ。何をして いる子なんだ』
海人の問いかけに、今度は裕助が苦笑いしてしまった。
「何でもないよ。見た通りの普通の子だよ」
『…まあ、そうだと思っておく』
少し間を置いてから、海人は再び話し出した。
『で、彼女の事なんだが…』
「美鈴さんならお前の方が落ち着くまで、俺の方で見てるから大丈夫だ」
『彼女に両親はいないと聞いたが、お兄さんがいるんだろう』
「ああ、そうだな。そっちも俺から説明しておくから大丈夫だよ」
『謎が多い子だね、美鈴ちゃんは』
裕助は何も答えなかった。
「じゃあ、何かあったらすぐに連絡をしてくれ」
『ああ、分かった。すぐに決着をつけるよ』
そう言うと海人の電話は切れた。
「暫く、裕助ンちか…」
俊は、ソファの上で裕助の入れたコーヒーのマグカップを持ちながら胡坐をかいた。
「落ち着くまでそう時間はかからないだろうし、腕を怪我したんだからその方が楽だろう」
「まあそうなんだけど、そうそう俺の相手してもうらう訳にはいかないだろう」
裕助は笑う。
「別にベッタリって訳じゃないし、俊でいてくれるなら少しは心配も減るよ」
「少しかよ」
俊は、苦笑いした。しかし、すぐに真顔になると尋ねた。
「昨日、海人さんに連絡したんだろう。陸、どうしてるって?」
「ああ、大人しくしているらしいよ。電話でもしてやるといいかもな」
俊は、頷いた。
裕助は、飲んでいたマグカップを置くと立ち上がった。
「俺は、ちょっと出掛けてくるが俊は大人しくしてろよ。それでなくとも、俊になった事で傷口が少し開 いたんだろ」
「大丈夫だよ」
あてにならない返事に裕助は肩をすくめた。
裕助が、出掛けてから俊は携帯を出すと美鈴にと姿を変え陸に電話をかけた。
携帯からはすぐに陸の声が聞こえた。
『もしもし、美鈴? 傷どう?』
陸の問いかけに、思わず小さく笑ってしまった。
「大丈夫だよ。痛み止め飲んでいるから痛みもないし、大人しくしてるし」
『うん、そうした方がいいよ』
いつもと違い、しおらしく言う陸に何か心が痛む。
しかし、何を言ったらいいのか分からず言葉を止めていると、陸が話し出した。
『あのさ…』
「うん」
『俺、兄キの事、嫌いじゃないしスゲェって思ってるんだけどさ…』
「うん」
『やくざって人から敬遠されるだろ』
「…そうだね」
素直に答えると、電話の奥で陸の小さく笑う声が聞こえた。
『俺、中学ン時彼女がいたんだけど、すげー明るくて笑ってばかりいるヤツだったんだ』
「うん」
『でもさ、俺と付き合いだしてから笑うことが少なくなって、そのうち会っても目も合わせなくなったん だよ。おかしいと思って聞いても何も答えてくれなくて、そのうち泣き出してさ』
「うん…」
『その後別れちまったんだけど、俺の家がやくざだから陰でいろいろ噂されたり、他の女から嫌がらせさ れてたみたいでさ、そんな事俺全然知りもしないで守ってやることも出来なくて、辛い思いさせちまっ たんだよ』
「うん」
『別に、俺から言わなくてもそういう噂ってあっという間に広まって周りは俺をそういう目で見るんだ よ』
「……」
『でもさ、兄キがやくざの組長しているからって俺に何か力がある訳でもないし、そんな事口にして脅す ような事したくないし、俺は俺で何もできないんだよ』
「……」
『昨日だってそうだった』
「え…」
『俺は、何もできなかった。結局なにも変わってないし、ガキのまんまで笑っちまうよ』
美鈴は、黙る。
『わりぃ。グチっちまった。
俺、美鈴に格好悪いトコばっか見せちまってるかもしんない。笑っちまうな』
陸が今まで歩んできた道の苦さを感じる。陸は、自分なりに変わろうともがいていたのだ。
しかし、周囲の目は変わろうとしている陸ではなく兄の『やくざ』というものに目が向けられてしまい陸を見てくれない。
「何もできなかったなんて事ないよ。 格好悪いなんて思わない」
陸の心に少しでも届けばと思い必死に言った。
陸が、小さく笑うのが奥で聞こえる。
『そんなマジで言わなくていいよ』
「何で?本当にそう思っているよ」
再び陸は、笑っているようだった。美鈴はもどかしい気持ちで一杯だった。人より特別な力を持っていたとしてもこんな時には何も役に立たない。
ただ、ただ、この思いが少しでも陸に伝えられればと思った。




